日本企業が円安メリットを享受するための「生産拠点の国内回帰」に踏み切れないワケ

長らく「不景気」と言われてきた日本だが、いま、かつてないピンチに陥っている。円安が急ピッチで進んでおり、度重なる物価上昇が家計に大打撃を与えている。石油・ガスなどのエネルギーや、小麦をはじめとする食料品の多くを輸入に頼る日本にとって、円安によって輸入価格が上がれば、物価高騰は避けられない。

 とはいえ、円安はデメリットばかりではない。輸出企業にとっては、価値の高い外貨で商品を売ることができれば、収益は増える。マーケットバンク代表の岡山憲史さんが言う。

「円安は、輸出企業が多い日本経済全体から見れば、長期的にはプラスに働きます。むしろ円高の方が、日本全体にとってはマイナス。2011年に1ドル=75円台まで円高が進んだときは、日本を代表する輸出企業であるトヨタ自動車が初めて赤字となり、日本経済がパニックに陥りました」

 確かに、海外売上高比率の高い自動車や電気機器、機械など、日本が世界に誇る製造業は、円安の局面こそ有利だ。だが、そのメリットはまだ目立っていないのが実情だ。世界経済に詳しい、リーガルコンサルティング行政書士事務所代表の浅井聡さんが言う。

「1995年の円高不況の折、多くの企業がコスト削減のため、製造業においてもっとも大切な、部品づくりの拠点を人件費の安い中国に移したのです。そのため、日本国内での産業の空洞化を招いてしまった。そのツケが、いまになって回ってきているのです」

 日本企業が円安に強い構造になるためには、生産拠点の国内回帰しかない。かつて中国などに展開したビジネスを日本国内に戻すべきときかもしれない。

「オーディオ機器やカーナビなどを製造する電機メーカーのJVCケンウッドは今年、国内向けカーナビの生産をすべて国内に戻しました。こうした流れが広がって内需が拡大すれば、日本経済は大きく回復するでしょう」(岡山さん)

 多くの企業がそれをしない要因は、なんといっても少子高齢化による働き手の不足。次に、電力事情の不安だと、浅井さんは指摘する。

 電力不足によってひとたび節電協力要請や計画停電などがあれば、大幅に生産が滞る。賃金を上げる余裕もないほどの不況の中、コストをかけて拠点を国内に戻して損するリスクがある以上、国内回帰に踏み切れる企業は少ないのだ。

 では、企業ではなく、消費者の方はどうか。外国人観光客から見れば「安い日本」での買い物はお得だ。10月11日には入国者数の上限を撤廃するなど水際対策が緩和され、コロナ禍前のような「爆買い」復活が期待される。

 外国人観光客によるインバウンド消費で日本に入ってくるお金は、日銀の為替介入などよりよほど期待できるとみる専門家もいる。アセットマネジメントOneのシニアエコノミスト、村上尚己さんが言う。

「コロナ禍前の訪日外国人客の数は、年間3000万人ほど。この半数が戻るだけでも、GDP(国内総生産)を0.5%押し上げる効果が期待できるといわれています」

 だが、本格的なインバウンド回復には、かつて「爆買い」で日本を騒がせた中国人観光客の存在が不可欠だ。中国ではいまも出国制限がある。

 さらに、景気回復を遅らせている日本の“国民総マスク”の風潮が、諸外国からの入国の足かせになっているとも。明治大学政治経済学部教授の飯田泰之さんが言う。

「もはやマスクをつけないのが当たり前の欧米人にとっては、屋外でも全員がマスクを着用している異様な光景は“日本ではいまもマスクをつけなければならないほどの状況です”“よそ者は日本に来ないでください”と言っているような印象を与えかねません。この空気を変えない限り、大幅な回復は難しいのではないでしょうか」

「1ドル=180円」の最悪のシナリオ

 インバウンドで景気が回復、輸出企業の製造拠点が国内回帰して内需が拡大──もし今後、そんな理想の社会が訪れたら、昭和後期に世界から「ニッポン株式会社」といわれた、華々しい時代が戻ってくるかもしれないと、浅井さんは言う。

 だが、それには大きなハードルがあるようだ。

「もう一度、世界最先端の技術や製品で世界を席巻するためにはまず、アメリカから見た日本の人件費が、中国以上に安くなる必要がある。高度経済成長期は、いまよりもずっと円安だったのです。当時の為替レートは1ドル=180~230円。このレンジにまで円安が進めば、アメリカの企業が生産拠点を日本に移転することも充分に考えられます」(浅井さん・以下同)

 もっとも、そうなると、アメリカ並みの物価高と円安のダブルパンチは避けられない。

 もし、あと2年間、世界的に8%のインフレが続いて、1ドル=180円まで円安が進むと、現在1斤100円の食パンなら、2026年には1斤210円になる計算だ。

「そこでもし、日本の膨大な借金に目をつけられて日本国債が格下げでもされて、トルコのような年率40%超のハイパーインフレと円安に見舞われたら、食パン1斤528円にまで跳ね上がる可能性まで考えられます」

「1ドル=180円の未来」はあくまでも最悪のシナリオであり、現実的な未来予想図ではない。

 だが万が一にも、それほどの物価上昇が起きれば、ガソリンや電気、食料品といった生活必需品以外の支出は極限まで抑えられる。

「国民が生活で手一杯になってしまうと、旅行や外食、美容など、国内のサービスにお金を使わなくなり、輸出企業はうるおっても、国内企業はダメージを受けます。そうなれば、賃金を上げるのはますます難しくなる。結果的に悪循環に陥る可能性も高まります」(飯田さん)

「ジャパンブランド」は消え失せた。いまの「ただ、安いだけの日本」は、かつての華やかな姿を取り戻す手立てすら失ってしまったのかもしれない。

※女性セブン2022年11月3日号

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