日本初の「じょさんし大学」に受講者殺到

妊娠から出産、育児までをサポートする助産師らのスキルアップを目的にした全国初の「じょさんし大学」が大阪府箕面市で開校し、大勢の受講生らでにぎわっている。

病院やクリニック、助産院に勤める助産師を対象にしているが、「成長したい」「視野を広げたい」「刺激がほしい」などと看護師や保健師ら医療関係者も受講している。少子化が進むなか、安心して出産に臨める環境づくりや子育て環境の充実が指摘されているが、関係者は「核家族化などで孤立する女性が増えるなかで、助産師のパワーアップを図るのは重要だ」と意気込んでいる。(高橋義春)

役割に共感「もっとスキルアップを…」

木のぬくもりが漂う講義室で、「はな助産院」(大阪市都島区)の梁梨香(やんりひゃん)院長(43)が「母乳育児の支援」と題して講義を行っていた。

日本では約9割の妊婦が「母乳で育てたい」と希望している一方で、出産後に母乳による育児ができているのは約5割にとどまっているという。こうした現状や母乳育児の成功に必要なポイントなどを梁院長が説明し、昨年9月から受講している第2期生35人が熱心にメモを取っていた。

講義中には、「吸啜(きゅうてつ)困難」(乳児が母親の乳首をすすらない)や「乳腺炎(にゅうせんえん)」(乳腺が詰まって炎症を起こす)などのケアについての意見交換なども行われ、受講生らが互いの知識や考えを語り合って情報交換していた。

東京都内の総合病院に勤める助産師、橋本敬子(たかこ)さん(34)=埼玉県川越市=は「母親と赤ちゃんが本来持っている力を引き出す手伝いをするのが助産師の役割という話に共感しました。これから前向きに働く原動力になりました」と話し、堺市立総合医療センターの助産師、西村真紀さん(35)=奈良県桜井市=は「助産師としての方向性を見いだすきっかけになり、自分が得意とするケアに輝きを見つけました。もっとスキルアップしたい」と意気込んだ。

じょさんし大学は昨年4月、ベテラン助産師が中心になって子育てに悩む女性たちを支援する「みのおママの学校」が開校した。約半年間を1クールにした計12講座で、助産院院長、産婦人科医ら幅広い講師陣が「信頼される助産師とは」「助産師を職業ランキング1位にするためには」などと題した講義を行うほか、グループワークの「助産師の寺子屋」や合宿なども実施している。

全国から申し込み「アイデア生み出す“泉”」

このほか、ケニア共和国でシングルマザーの女性たちの自立支援などに取り組む社会福祉運動家、菊本照子さん(71)による特別授業もあり、世界の現状を学ぶこともカリキュラムに盛り込まれている。

代表を務める助産師歴20年の谷口陽子さん(43)は「第2期の受講者は20~30歳代。現状に満足できず、新しい知識や考え方が欲しくて参加した助産師がほとんど」と説明する。講師の梁さんも「受講者らの熱心さが伝わってきて、講義にも力が入りました」と笑顔を見せた。

昨年4~9月に行われた第1期生を含めて、これまでに計約70人が受講したが、谷口さんによると定員約30人を上回る申し込みが全国から集まっているという。

京大医学部付属病院の助産師、出野爽香(でのさやか)さん(27)は、1期生として受講した後に、JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊員として西アフリカのベナン共和国に派遣され、保護センターなどで母親学級の推進活動に励んでいる。「じょさんし大学は、新たなパワーとアイデアが生まれてくる“泉”のような空間でした」と振り返る。

受講生は助産師だけでなく、看護師や保健師ら医療関係者も受講しており、大阪府豊中市内の病院に勤務している看護師、福馬昌未(まさみ)さん(30)は「妊娠期から伴走者のように切れ目なく支援を続けることや、女性の人生で大きな転機となる次期に最も力を発揮できる職業の本質などを学びました。助産師になる決意が強くなりました」と語る。

リアルにつながって“成長の場”に

厚生労働省によると、全国の助産師(潜在助産師はのぞく)は約3万8千人(平成27年末現在)。1人の女性が一生の間に出産する子供は1・44人(28年確定値)と少子化が進むなかで、分娩(ぶんべん)件数に対する十分な助産師を確保するための事業を推進したために、助産師は増加傾向にあるという。

少子化が進んだ要因の一つとして、出産・育児に不安を感じて子供をつくるのをためらう女性が増えていることが挙げられているが、実際に産後に鬱病(うつびょう)になる女性は年間10万人にもおよぶとされている。

こうした現状について、谷口さんは「核家族化などによって、妊娠や子育てで孤立している女性が増えていることも一因。だからこそ、助産師の存在は貴重で、パワーアップを図っていくための取り組みが重要だと感じています」と訴える。

助産師という職業についても、「産婆(さんば)さん」のような理想の助産師像と、医療における助産師とは大きな隔たりがあり、3年目を迎えた頃になると「このままでいいのか」と悩むことは少なくないという。医療機関はいわゆる外部から閉ざされた職種で、悩みを相談できる相手も少なく、緊張と強い責任感のなかで忙殺されているのが実情だ。

それだけに、じょさんし大学の存在は、悩みを持った助産師たちが情報交換をして、「助産師観」を語り合う場にもなっている。リアルに助産師たちがつながることで、お互いの“成長の場”になることが期待されている。

谷口さんは「出産はもちろん、子供の思春期にも等身大で楽しく関われる“先輩ママ”となる助産師をどんどん増やしていきたい」と意気込み、今春には東京と福岡でも開校する予定だ。

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