日本産ウイスキー、超高値でも在庫払底の危機

ニューヨークのロウアー・イーストサイドにあるバー「コッパー&オーク」では最近、ソーシャルメディアで自慢するためだけに1杯100ドル(約1万円)の日本産ウイスキーを注文する客がいる。

 オーナーのフラビエン・デソブリン氏は希少なウイスキーを「カウボーイのように」がぶ飲みする客に頭を悩ませている。残り少ない在庫を本物の愛好家に取っておくため、そうした客の注文を断ることも多い。

 日本産ウイスキーが世界的に認められるようになったのは、国際的な賞の常連になった10年ほど前のことだ。「響」と「山崎」を製造するサントリーなど日本のメーカーには急増する需要を満たすだけの十分な在庫がない。ウイスキーは瓶詰して販売する前に数年間、樽の中で熟成させなければならないからだ。

 サンフランシスコの日本料理店「PABU」が所属するレストラングループのアルコール飲料の売上高は年間4000万ドル超で、仕入れ先との交渉では武器になる。「それでも最高級品を1本手に入れるのに30分は商談しなければならない」とPABUのヘッドバーテンダー、レイムンド・デルガド氏は語る。

 例えば山崎を1本買うためには、サントリーの別の蒸留酒を数ケース購入すると約束せざるを得ない。サントリーは2014年に米酒造大手ビームを買収し、現在は「ジム・ビーム」や「メーカーズ・マーク」も生産している。

 苦労するだけの価値はある。デルガド氏は最近、希少なマルスウイスキーの「駒ヶ岳」27年物を1本入手。1杯2オンス(約60ミリリットル)を529ドルで提供している。驚くほどの高値だが、気にしない人もいる。「昇進したり、共同経営者になったりすると、お祝いしたくなる」そうで、売り切れるという。

 かつて良質な日本産ウイスキーは必ずしも入手が難しいわけでも、高価でもなかった。ウイスキーのディーラー、デービッド・ウェインライト氏は1990年代のロンドンでは、年代物の日本産ウイスキーを約100ドル(今の為替レートで換算)で買ってくれる人を見つけられなかった。同氏が商業的価値がないと言ったそのウイスキーは今なら4000ドル以上する。

 高級ウイスキーの値段は途方もない水準に達している。1月に台北で行われたオークションでは山崎の50年物に43万ドル近い値が付いた。最近では香港のオークションで、1本1本に異なるトランプ柄が描かれた「羽生」の54本セットが約91万7000ドルで売れた。

 香港のウイスキーバー「ミズナラ・ザ・ライブラリー」は危機に直面している。2012年発売の「山崎ミズナラ」があと1本の3分の2しか残っていないからだ。ゼネラルマネージャーのエンドウ・マサヒコ氏によると、オーナーが新たに1本見つけて、売り手と価格交渉をしているところだという。ただ希少ウイスキーの市場はデリケートで、売り手の居場所も交渉している価格帯も明らかにしなかった。

 山崎ミズナラの残り3分の2はシングルが約460ドルで提供されているが、品切れにならないようにスタッフが陳列棚の2列目に隠している。

 供給量が少なく価格が高いのは日本産ウイスキーだけではない。しかし、希少バーボンとして知られる「パピー・バン・ウィンクル」など他の人気ブランドとは違って、日本産ウイスキーの希少性は意図的につくり出されたものではない。どちらかと言えば、日本のウイスキーメーカーが2010年代初期にこれほど急激に需要が伸びるとは予想しておらず、増産が間に合わなかった。

 サントリーは昨年、供給が追い付かないことを理由に「響17年」を含む2種類の人気ウイスキーの販売停止を発表した。2003年公開の映画「ロスト・イン・トランスレーション」では、ビル・マーレイ演じる主役が響17年のテレビコマーシャルに出演する設定だった。サントリーの広報担当者によると、同社は既に増産に取り組んでいるが、熟成期間が長いため、いつになったら供給が需要に追いつくか判断するのは難しいという。サントリーは2013年以降、ウイスキー増産に3億ドル以上を投じているという。

 一方、価格高騰で日本産ウイスキー以外の選択肢を検討する人も出てきた。香港のウイスキーバー「バトラー」では、「山崎12年」が1杯約30ドルで提供されている。バーテンダーのイナガキ・ユウタ氏は自身が日本から香港に渡った2014年には1本で30ドルだったと話す。イナガキ氏によると、歌手ビヨンセの2016年の曲に山崎が登場したことは、山崎が高級品になったことを示す象徴的な出来事だった。

 バトラーの常連客である看護師のチャーリー・コックさん(32)にとって、高い日本産ウイスキーは「いつもの一杯」ではなくなった。「今はスコッチのほうがいい」

 ニューヨークのコッパー&オークは米国で日本産ウイスキーの品ぞろえが最も豊富なバーの一つで、オーナーのデソブリン氏は納入業者と親しい関係にある。それでも1年間に買える人気のウイスキーはほんのわずかだ。

 幸運にも、デソブリン氏は価格高騰前にオークションで日本産ウイスキーを買いだめしていたおかげで、ほとんどの品を引き続き提供できている。

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