日豪EPA大筋合意 東北の銘柄牛産地、広がる危機感

 日本とオーストラリアが牛肉関税の段階的引き下げで大筋合意したのをめぐり、東北の銘柄牛産地には7日、安い牛肉の大量流入による価格下落への不安が広がった。今回の経済連携協定(EPA)合意は難航する環太平洋連携協定(TPP)交渉を前進させる可能性があり、市場開放の流れが一気に加速するとの危機感も漂う。
 山形県米沢市で約80頭の米沢牛を肥育する農家伊藤精司さん(64)は「消費者ニーズは質や味よりも価格の安さにある。和牛と似た品種がオーストラリアで生産されており、安価な霜降り牛肉がたくさん輸入されれば影響は免れない」と懸念する。
 「高級ブランドが確立された前沢牛は国内価格が安定しているが、今後の推移が心配だ」と話すのは、岩手県奥州市前沢区で前沢牛55頭を飼育する佐藤孝一さん(60)。「『さし』が入っている豪州産牛肉もあり、国産との競合は避けられない」と指摘した。
 「仙台牛」などを生産する宮城県登米市のみやぎ登米農協肉牛部会長の佐々木清信さん(66)は「等級の高い牛でも価格は間違いなく下がる」と断言。「価格が回復しつつあったのに、このままでは後継者難に拍車を掛けかねない」と顔を曇らせた。
 宮城県内の畜産農家は東日本大震災以降の価格低迷に加え、福島第1原発事故に伴う飼料用稲わらの汚染や風評被害などに苦しめられてきた。
 県農協中央会は「関税引き下げは復興への足かせになる。日豪EPAがTPPの門戸を開くことにつながる事態は防がなければならない」(営農農政部)と警戒する。
 TPPへの波及について東北大大学院農学研究科の冬木勝仁准教授(農業経済学)は「日本は日豪の二国間合意を、TPP交渉で米国側の妥協を引き出す材料にしたいとの狙いがある。関税撤廃を主張する米国の思惑は不透明だが、次回の閣僚級会合がヤマ場になる」との見方を示した。
◎飲食店・流通・小売り関係者/一部歓迎、様子見も
 東北の飲食店や食肉流通などの関係者は、牛肉関税引き下げを前向きに受け止めつつ、今後の見通しには慎重だ。
 ハンバーグレストランなど6店を運営するオールスパイス(仙台市)は、ギフト用冷凍ハンバーグでオーストラリア産牛肉を使う。角田秀晴社長は「消費税率の引き上げでは価格を上げるしかなかった。オーストラリア産の価格が下がれば、より安く商品を提供できる」と歓迎した。
 仙台市内の食肉卸会社の担当者も「いろんな食材の価格が上がる傾向にある中、一部でも安くなるのは非常にいいことだ」と話した。ただ、豪州や米国の牛肉は天候不順や為替の影響で仕入れ価格が大きく変動する。別の業者は「外食産業でオーストラリア産牛肉の使用が増えたり、価格が下がったりするかどうかは読めない」と冷静だ。
 みやぎ生協は、輸入牛肉ではニュージーランド産の扱いが最も多く、オーストラリア産は少ない。河野雪子店舗商品本部長は「今後、オーストラリア産を増やすことはないと思う」と国内生産者への配慮をにじませた。
 仙台名物の牛タンへの影響はどうか。専門店でつくる仙台牛たん振興会は「内臓扱いの牛タンは関税が12.8%で、今回の合意とは関係がないのではないか」と話している。

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