日銀が成長分野へ資金供給 追加緩和策回避の奇手か

日銀が2010年4月末の金融政策決定会合で打ち出した成長基盤強化のための金融機関支援制度に、困惑が広がっている。成長分野へ融資する銀行を資金供給面で支援しようというものだが、こうした制度は海外の中央銀行でも例がない。夏の参院選を前にして「政府の追加緩和圧力をかわすのが狙い」(市場関係者)との見方が大勢だ。
「これから民間金融機関と意見交換し、アイデアを練っていく」。白川方明総裁は4月30日の決定会会合後の会見でこう繰り返した。新制度の内容について具体的言及は避けたが、「技術革新につながる研究開発や科学技術振興、環境・エネルギー分野」を対象にする考えで、制度設計では日銀が 98~99年に貸し渋り対策として実施した「臨時貸出制度」を参考にする見通し。
審議委員2人が追加緩和に反対
環境分野などに融資した金融機関に対し、貸出残高の増加分の一部または全額を、日銀が低利で資金供給する仕組みが有力とみられる。
中身が煮詰まっていない段階で日銀が発表に踏み切った背景には、夏の参院選が近づくにつれ、政府から日銀への圧力が高まりかねない、最近の政界の空気に対する危機感がある。民主党の有志議員約100人でつくる「デフレから脱却し景気回復を目指す議員連盟」が4月、思い切った金融緩和策の実行とインフレ目標の導入を参院選マニフェスト(政権公約)に盛り込むよう党に求めたほか、菅直人副総理兼財務相もインフレ目標について「魅力的な政策」と言明した。与党の一部には日銀に国債買い取り増を求める声もくすぶり、包囲網はじわじわと狭まる気配もあった。
こうした政治状況は、与党が日銀に緩和圧力をかけ、日銀がこれに抵抗し、野党は日銀の独立性を盾に政府を批判する――という自民党時代によく見られた構図を思い浮かべると興味深い。野党だった民主党が政権につき、しかも「政治主導」の名の下に、「官僚を締め付ける延長上で、自民党以上に日銀にも強く出ている面がある」(自民党金融関係議員)というわけだ。
実際に、今回の新制度の評価はどうだろう。二番底懸念が後退する中、日銀がこれ以上の追加緩和を行う根拠は薄い一方、デフレが続いている中で、「デフレファイター」としての日銀の役割を重視する声も強い。日銀内も一枚岩ではなく、景気の持ち直しを認める一方で新型オペ拡大を決めた3月の金融政策決定会合では、審議委員2人が追加緩和に反対。市場関係者からも「政府に迎合し、中央銀行の信認を傷つけた」との批判が上がった。
「中央銀行のオーソドックスな業務ではない」
日銀は「これ以上の追加緩和や国債買い取りは避けたい。でも、何もしない訳にはいかない」(アナリスト)という苦しい立場に置かれている。そこでひねり出した「奇手」が、6月に成長戦略をまとめる政府と歩調を合わせ今回の新制度というわけだ。日銀幹部は「これで夏ごろまでは政府の圧力をかわせるだろう」と読む。
だが、「個別産業への資金配分には踏み込まない」(白川総裁)といいながら、新制度はある程度、分野を絞った産業政策的な意味合いを持たざるをえず、「中央銀行のオーソドックスな業務ではない」(同)のは明らか。
実際、新聞各紙の論調は、読売、毎日が記事や社説で批判的に取り上げた一方、朝日新聞はなぜか一般記事では新制度にほとんど触れず、社説で「積極的な姿勢は評価したい」と持ち上げるなど評価が割れた。日経は、記事では「中央銀行の役割逸脱も」と懸念を示しながら、社説では、民間の金融機関の後押し、民間資金の呼び水の役割に徹するなどと釘を刺しながらも、デフレ脱却への日銀の役割を強調するなど、やや歯切れが悪かった。
それだけ、今回の日銀の一手は、評価が難しいということなのかもしれない。

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