映画「原子力戦争」

晩秋の夕刻、都内の高級ホテル。喧騒に包まれたロビーで談笑する人たちの中には、メディアでおなじみの顔もチラホラ。そこに、ゆっくりとした足取りで、笑みをたたえながら物腰柔らかな白髪交じりの男性が現れた。いつもテレビ画面で見る険しい表情と、いま目の前にある顔がなかなか結びつかない。追い打ちをかけるように「今日はありがとう。何でも聞いてください」と一言。さらに恐縮してしまう。
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 東京電力福島第1原発を抱える街を舞台にした映画「原子力戦争」の原作者で、映画の構成にも深く関わった。30年以上前に製作されたが、隠蔽された原子炉の事故にまつわるサスペンスとあって、今春にCS局が放送するはずだったのが半年近く延期された。「竜馬暗殺」「浪人街」などで知られる故黒木和雄監督作品だけに厚みのあるエンターテインメントなのだが、日本映画でも屈指の“問題作”とされ、このほどようやくDVD化された。
 「当時より今のほうが、はるかにリアリティーがあるのが面白い。当時はね、映画評論家の人たちはみんな、一映画作品として評論した。今ならそうじゃない。『あの福島原発に挑んだ』とね」
 事故を暴こうとする新聞記者(佐藤慶)が原発推進派の学者に証拠を持って“直当たり”する場面がある。学者は「チャイナ・アクシデントなんて言葉を軽々しく使ってほしくないね」と重大事故につながる可能性を一蹴する。それが、まさか現代になって、原発が爆発する重大事故が現実に起こるとは…。「僕はこの作品でいろいろと問題提起をした。それは今も同じですよ」
 万が一の事態を想定するのを避けるのは、日本人の民族性なのか。そう問うと、俄然口調が厳しくなった。
 「この前、南相馬市長に会った。市長が、原発の事故が起きる前に避難訓練したいと県に言ったら、それはウチの管轄じゃないから国に言えと言われ、そこで国土交通省に避難訓練したいといったら『するな』と言う。禁止ですよ。する必要ないならまだしも。避難訓練にはカネがかかりますよね。出すのが嫌だったんでしょう」
 「トップに下は従わざるを得ない。読売(巨人軍)もオリンパスも同じ。あんな馬鹿なことをなんでやるんだ。部下は全部知ってますよ。でもノーと言えない。やっぱり日本の民族性かもしれませんね。その、日本の体質が今度の原子力事故に出てしまった」
 映画では、主演のチンピラ(原田芳雄)が第1原発に突入し、警備員に制止される。このシーンは演技ではなく、現実のやり取りだ。「不法侵入ですよ!」と警告する警備員とのせめぎ合いはスリリングで、公開当時に物議をかもした伝説のシーンでもある。
 「アイデアは僕。とにかく原田さんに突入させよう、どこまで行けるか、と。僕はね、ひそかに、原田さんが逮捕されると面白いと思っていた。でも、そこまではいきませんでしたねぇ」と話し、フッと笑った。
 「原子力戦争」は、同時にDVD化がなった映画「あらかじめ失われた恋人たちよ」とも因縁がある。東京12チャンネル(現テレビ東京)のディレクターとして在籍中に、会社の反対を押し切って撮った。現時点で唯一の監督作だが、斬新すぎて興行的にはうまくいかなかった。
 「『あらかじめ-』を作って、映画の面白みが分かったので、すぐに次をやりたかった。ところが借金をいっぱい抱えちゃった。それで、僕は借金を返すために原稿を書き始めた」
 精力的に執筆活動を始め、月刊誌に「原子力戦争」の連載を始めたが、「連載を止めるか会社を辞めるかどっちか選択しろというので、会社を辞めました」。
 「黒木さんが生きていらっしゃらないのが、残念ですね」と言う。しかし映画人としての志は今も燃えている。「ええ、映画を作りたいと思っているんですよ」。3・11で変わった日本を、この人はどう映し出すのか。
(ペン・萩原和也  カメラ・宮川浩和)
 ■たはら・そういちろう 1934年4月15日、滋賀県彦根市生まれ、77歳。早稲田大学卒業後の60年、岩波映画製作所入社。64年、東京12チャンネル開局とともに入社。77年にフリー。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早大特命教授として大学院で講義をするほか、「大隈塾」塾頭も務める。『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめテレビ・ラジオの出演多数。『日本の戦争』『田原総一朗自選集(全5巻)』『絶対こうなる!日本経済』など著書は200冊を数える。
 「あらかじめ失われた恋人たちよ」「原子力戦争」はともに7日、キングレコードから発売・レンタル開始。各4179円。

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