2022~23年の消費トレンドを読むうえで最も重要なキーワードは何でしょうか。私は、「タイパ(タイムパフォーマンスの略)」だと断言します。
もともとはZ世代が使っていた用語・考え方ですが、すでに世代を超えた共通ワードになってきました。
小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ株式会社代表の岩崎剛幸が、さまざまなタイパ関連の商品・サービスとその背景を分析していきます。
「タイパ」重視の背景とは?(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)
映画を早送りで観る人たち
22年4月に『映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形~』(光文社新書)が出版されました。著者は、ライターであり編集者でもある稲田豊史さんです。示唆に富んだその内容にとても共感し、私は何度か稲田さんにお会いしてお話を聞かせていただきました。
「2時間の映画を1時間で観たい」「つまらないと感じたら後はずっと1.5倍速」「観る前にネタバレサイトをチェック」など、コンテンツ視聴を短時間で済まそうとする流れが、特にZ世代を中心に広がっているという話でした。このように、そもそもは倍速視聴・10秒飛ばしする人が追求しているのが時間コスパで、時間当たりのコストパフォーマンス=時間対効果のことを指していました。これを若者たちは「タイパ」または「タムパ」と呼んでいるのです。
稲田さんが同書で指摘したことで、タイパの概念は世の中に一気に広がりました。「自分にもあてはまる」「まわりにもそういう人が確かにいる」と共感する人が多かったからです。
かくいう私も稲田さんと話をしてから、倍速視聴や10秒飛ばしをするようになり、タイパを日々実感するようになりました。
NETFLIXの倍速機能(出所:NETFLIX公式Webサイト)
NETFLIXの10秒送り・戻し機能(出所:NETFLIX公式Webサイト)
ではなぜ、今の若者たちはタイパ重視なのでしょうか。稲田さんは「外的要因と内的要因がある」と指摘します。
「外的要因のひとつは、供給作品数が多すぎること。もうひとつはセリフで全てを説明する映像作品が増えたことです。内的要因は、タイパを求める人が増えたこと。これらが相まってタイパ重視が加速したのです」(稲田氏)
供給作品数が多く、観るべきコンテンツが激増しているというのはみなさんも実感していることでしょう。
1980年代はコンテンツを楽しむといえば、映画館、テレビ(特に地上波)、ラジオ、CD、レンタルビデオと本ぐらいしかありませんでした。
現在では、レンタルビデオやCDショップは減少したものの、映画館、テレビ(地上波、BS、CSなど)、各種定額制動画配信サービスや無料メディア(YouTube、ABEMA、アマゾンプライム、TVerなど)が出てきました。さらにネット、SNSなど、コンテンツに触れる手段と供給作品数が激増しました。
全てに目を通すことは不可能なほどの量です。しかし、ある程度、内容を知っておかないと仲間から取り残される(?)気がする。だから、倍速視聴やまとめサイトを活用するようになっているのです。
これに加えて、学生は大学の授業に出て、バイトに行って、友人と遊びながらも就活の準備や資格取得などに励んでいます。今の若者たちは「時間がない」のです。80年代を大学生として過ごしていた私たちとは比べものにならないほど、今の若者たちは忙しいのだそうです。
この傾向は、コロナ禍を経て、全世代的に広まっているのではないかと私は感じています。コンテンツ視聴だけでなく、日々の生活やさまざまな消費の場面、あるいは購入する商品や使用するサービスについても、タイパを求める傾向がみられるようになってきています。
私はこれを「タイパ消費」あるいは「倍速消費」と呼びたいと思います。そして、タイパ消費がビジネスにどんな影響をもたらすのかに注目し、これからの消費トレンドを考えています。
「セイコー時間白書2022」という調査があります。セイコーグループが、生活者に時間についての意識や実態を探るために毎年実施しています。
同調査ではコロナ禍以降、「時間の使い方で困っていること」について質問しました。すると、「他人がどのような時間・リズムで生活しているかが分からない」(52.5%)、「時間を自分で効率的に計画し、使うことが難しい」(51.1%)という意見が21年よりも上位にきています。21年比較では、「生活のメリハリがはっきりしなくなった」以外の全ての項目で困っていることのスコアが高くなっています。特に、「時間が足りない」と感じる人が37.8%から48.1%と10ポイント以上増えています。
時間の使い方で困っていることは?(出所「セイコー時間白書2022」)
これは15~60代の男女1200人へのインターネット調査であることを考えると、時間が足りないと感じているのは若者だけではなく、全世代にわたる共通項であることが分かります。
増えるタイパ重視の商品・サービス開発
ファストフードやファストファッションなど、世の中にはタイパ重視の業態はすでに数多く存在しています。しかし、最近では今まで以上に、タイパ消費を意識して、「時間効率」を深堀りした商品やサービス、業態開発が激増していることに気付きます。
コンテンツを手早く視聴したいというニーズに対応するため、「YouTubeショート」といったショート動画のコンテンツ数が異常に増えています。
また、小売業や家事代行サービス、フィットネスなどのサービス業にまでタイパ消費の考え方が広がっています。
商品開発でもタイパが重視されています。冷凍食品や「Yakult1000」の爆発的ヒット、また時短につながる家電製品など、食品関係のタイパ商品も増えています。
キッコーマンの堀切功章会長CEOも日経産業新聞のインタビューで次のように発言しています。
「消費者が価値を見いだすのは、おいしさに加えてタイムパフォーマンスだ。健康・簡便・時短がキーワードになる。『うちのごはん』シリーズはフライパンなどで短時間におかずができるコンセプトで展開しており、消費者のさまざまな要望に応えられるように商品数を増やしている」(出所:「キッコーマン会長、『タイパ』で克つ 時短商品に力」日経産業新聞22年12月19日)
「うちのごはん ふっくらチキン香味ねぎだれ」(出所:キッコーマン公式Webサイト)
「電子レンジでの簡単3ステップ調理で、香味ねぎダレふっくらチキンが作れます」といった点が「うちのごはん」シリーズの売りです。ねぎ、生姜、にんにく、玉ねぎの具材が入っているので、用意するのは鶏もも肉1枚でいいというタイパ商品です。今は夫婦共働きが当たり前となり、食事を作る時間もなかなかとりづらい世の中。それでもおいしい食事を食べたいというイマドキの消費者の心をつかんだ同社のヒットシリーズです。
このように、これからの商品・サービス開発にとってタイパは欠かせないキーワードです。
タイパは目新しい概念ではない
タイパを念頭においた商品やサービス開発が23年以降の企業戦略のカギを握ると私は考えています。しかし、実はタイパは今に始まったものでありません。以前から世の中の変化というのは「タイパを重視する消費者の嗜好の変化に合わせて進化してきた」歴史なのです。特に、流通小売業の業態開発は、タイパ消費を体現したものです。それを「マクネアの小売りの輪」を使って説明しましょう。
1957年、米国のピッツバーグ大学で開催されたシンポジウムの席上で、マルコム・P・マクネア教授は「小売の環の理論(ホイール理論)」を発表しました。それまでの米国の流通、小売業は「良い品を安く」というマスマーケティングの風潮の中で、経費節減による合理化や省力化をすすめてきました。
それにより粗利益率を下げ、価格訴求を原動力に新しい業態と経営システムを発明しながら発展してきたのです。事実、1830年頃に登場したスペシャリティストア(専門店。ただし日本のそれとはやや異なる)以後、1988年頃に登場したカテゴリーキラー、メンバーシップホールセールクラブ(ウェアハウスクラブともいう)、そしてファクトリーアウトレットストアに至るまでの新業態は、常により低粗利で広域商圏を対象にしながら成長を続けてきたといってよいのです。
しかしこのマクネアの小売りの輪に、コンビニ、オンラインストアを加えると、別の視点が出てきます。それは、「新業態は常に消費者のタイパ重視の嗜好に合わせて生まれてきている」という点です。
専門店として一つの商品しか取り扱っていなかった業態から、総合的に品ぞろえして販売する百貨店というスタイルが生まれました。一つ一つを買い回らなければならなかった時代から、ワンストップであらゆる物が買える業態の登場です。まさに百貨店はタイパの良い業態だったのです。
その中で、衣料品と住関連商品に特化させたGMSが誕生しました(米国のGMSは基本的に食品を取り扱わない)。大衆にとって、より安く、必要な物を買える業態としてGMSは一世を風靡(ふうび)しました。その後、ディスカウントストアやホームセンターが生まれ、さらに安く、手軽に日用品が購入できる業態として広がりました。
さらに、米国でリージョナル(広域商圏)型ショッピングセンター開発が進み始めると、カテゴリーキラーと呼ばれる玩具や家具、衣料品、家電、釣り具、カー用品といった単一カテゴリーの大型専門店が増えていきました。消費者の生活が多様化すると共に、専門特化した品ぞろえで、かつ低価格を実現したカテゴリーキラーは非常に利便性が高く、米国ではタイパの良い業態(米国でタイパという表現はないと思いますが)として急成長していきました。
しかし、消費者の好みはさらなるタイパを重視するようになりました。飲み物や菓子など日常的に購入する商品のために、わざわざ何十キロも離れた大型店まで足を運ぶのは面倒ということから、近所のガソリンスタンド併設のコンビニが重宝されるようになりました。
そして2000年代に入るとインターネットの拡大とともに、消費者はよりタイパを求めるようになり、店に行かなくてもモノが買えるオンラインストアを利用するようになっていきました。
このコンビニとオンラインストアという業態は、これまでのように粗利を落として低価格で販売するというやり方を覆し、省力化しつつも高い粗利をあげて、効率的な商売をすることを可能にしました。
つまり、流通小売業側も、タイパ重視の消費者に、より便利な買い物をしてもらおうと試行錯誤した結果、利益率も良く、タイパの良い新業態を開発したというのが、結果的に今のネット全盛時代をもたらしたといえるのです。リアルからオンラインへの移行は、ある意味、タイパのもたらした成果物といってもいいかもしれません。
タイパ疲れも?
小売業の歴史も、商品・サービス開発の軸も、タイパが発想の基になっていることをみなさんも実感していただいたと思います。23年以降もこの流れは続いていくことでしょう。
ただし、私自身は正直いって少し疲れる感じもあります。
タイパは特に「時短」だけを指すものではありませんし、「スピード」「早さ」「手軽さ」だけを求めるものでもありません。長い時間をかけても、その時間に見合うだけの価値があれば、それはタイパが良いということになります。
一方、「追いトップガン」という言葉が生まれたように、人気作品『トップガン』のために映画館に何度も通う人もたくさん存在します。
つまりタイパには、「時間をできるだけ短くすることで得られるタイパ」と「ある程度の時間をかけて得られるタイパ」の2種類があります。
横軸が「目標達成」「目標未達成」、縦軸が「時間をかけない/手っ取り早く」「時間をかける/ゆっくりと」とすると、以下のような4象限マトリクスができます。
現在注目されているタイパは、象限1の「できるだけ早く、無駄をなくして、効率的に、余計な時間や無駄な時間を過ごさずに目標達成する」タイプのタイパです。できるだけ近道したい、手っ取り早く目標に近づきたいのです。
もっとゆっくりとじっくり時間をかけて、時には失敗しながらも自分の目利き力を高めたり、経験値を増やしたほうが後で役に立つ部分は必ずあります。
しかし、それだけ時間をかけて、失敗したり目標達成できなかったとしたら、その失った時間への後悔が半端ないのです。そんな先輩たちを見てきたし、そうした失敗をしたくないというのがタイパを求める根底にはあるようです。
「ハズレを引いて時間を無駄にしたくない、失敗したくない」
Z世代の若者たちは特に、このような合理的な考え方をしています。
良い時代を経験していない世代だからこそ、このような発想が強まっているとも言えます。
ただし、今後は象限3の「ゆっくりと目標に近づいていく」タイプのタイパにも価値を見出してほしいと私は考えています。ゆっくりさ、丁寧さ、スローの価値が高まり、大切なことには時間をかけて目標達成していくプロセスにこそ価値があるということを実感していけば、さまざまな価値観が共存できるようになり、幅が広がると思います。その際に得られる達成感は、また違ったものがあるということに気付く人も多いのではないでしょうか。
タイパはこれからもさまざまに形を変えてはいくものの、必須のキーワードとして消費トレンドを作っていくことでしょう。引き続き研究していくべきテーマです。