打ち合わせや取材などで外出した先で、カフェや飲食店などで仕事することの多い筆者にとって、公衆無線LANサービス(Wi-Fi)は欠かせないサービスです。ところが最近、カフェなどでWi-Fiにつないで仕事をしていると、突然ネットにつながらなくなることことが頻発します。
しばらく待つと、また使えるようになるんですが、場合によっては1時間のうちに数回、合計数十分にもわたって、ネットにつながらないなんてこともあります。以前はそんなことがなかったのに、この数ヶ月で急激に増えたような気がします。
いろいろと調べてみたところ、原因はどうやら「Wi-Fiの普及しすぎ」にあるようです。例えばこの画像は、東京・丸の内にあるスターバックスで午後3時に、Wi-Fi基地局の電波状況を捉えたものです。
あまりに大量の基地局(SSID)が検出され、パッと見ていったいいくつ基地局があるのか数えられないほどです。特に中央の山(6チャンネル)はあまりにたくさんの基地局が重なりすぎて、SSIDが読み取れません。頑張って目視で数えてみたところ、少なくとも30ほどのSSIDを確認することができました。
このような状況になると、Wi-Fiが接続できたり、できなかったりを繰り返し、接続できても速度が低下するといったことになり、せっかく速度を求めてWi-Fiを使っているのに、3Gでのデータ通信の方がマシです。
なぜ、基地局がこんなにたくさんあると、つながりにくくなるのでしょうか?
もともとWi-Fiは、オフィスなどの限られた空間で、使用することを目的に開発された技術です。このため、いくつかの基地局を同時に使用しても、ある程度は自動的に干渉を避けて、通信速度が大きく低下しない仕組みになっています。
ですが、上記の画像のように、狭いエリアにあまりに多くのWi-Fi基地局が設置されると、その仕組みがあっても干渉を回避できず、通信速度が低下したり、場合によっては通信できないという事態になってしまうのです。つまり、今のようにあちこちに大量のWi-Fi基地局が設置されるような状況は、そもそも規格の策定時に想定されておらず、そのような状況ではWi-Fiが十分に機能しない可能性があるのです。
なぜ、こんなに基地局がたくさん増えたのでしょうか?
ひとつにはスマートフォンの急増があります。2011年から2012年にかけて、ケータイ端末がフィーチャーフォンからスマートフォンへと急激に移行しました。2012年3月にはケータイ端末のうちスマートフォンが占める割合が約8割にまで達しました。実際に店頭を見ると、この3~4月にかけてフィーチャーフォンの品揃えが急激に減少しており、2012年1月に発売されたばかりの冬モデルなのに、すでに販売終了となっている機種もあるほどです。
そして、スマートフォンの特徴として、従来のフィーチャーフォンよりもデータ通信のトラフィックが大きいというものがあります。このため、従来のケータイ通信網の帯域がひっ迫してきたことから、各キャリアが公衆無線LANサービスの整備を進めることで、スマートフォンのトラフィックを3G回線からWi-Fiへとスライドさせてきました。いわゆる「Wi-Fiオフロード」と呼ばれる方針です。
Wi-Fiオフロードは、大手キャリアの中でも、iPhoneによってスマートフォン比率が高まっていたソフトバンクが公衆無線LANサービスの普及に積極的でしたが、ドコモとKDDIも追従し、3キャリアとも公衆無線LANサービスの積極的な整備と料金の無償化に至っています。この結果、各キャリアともユーザーの利便性向上のため、積極的にWi-Fi基地局増加にいそしみ、都内の繁華街では隣接する飲食店ごとにWi-Fi基地局が設置され、Wi-Fiの電波が過剰に飛び交うという状況が生まれてしまったのです。
Wi-Fiの基地局は、1機当たりのカバー範囲は通常なら数十メートル程度で、屋内なら壁や柱などに阻まれ、さらにカバー範囲は狭くなります。ところが、都内の飲食店だと、店同士が隣接している上に、オフィスビルに入居しているため周囲のオフィスでもそれぞれWi-Fiを利用しているケースも多いです。このため、前述のスターバックスのように、さまざまなWi-Fi基地局の電波が飛び交い、つながらないと言う事態が生まれるのです。
さらに最近では、3G回線だけでなくLTEやWiMAXなどをモバイルルーターで利用するユーザーも増えました。モバイルルーターは、あたりまえですがWi-Fi基地局ですから、これもWi-Fiの電波混雑の一因になっています。
電波は、限られた資産であり、国民の共有財産です。これを平等かつ国民全体に有効活用するため、総務省が一括して管理し、さらに電波を発信する機器を利用するためには通常は許認可が必要になります。ですが、Wi-Fiは、そういった煩雑な許認可手続きを省くことで利便性を増し、普及させるために誰でも免許なしに利用できるようになっています。
結果、日本でもWi-Fiは広く普及しました。その一方で、Wi-Fi基地局の設置は許認可が不要のため、設置に際して何の歯止めや調整プロセスが存在しないため、キャリアが自社ユーザーのために積極的な設置を行うと、基地局が過剰になるという事態が起きてしまいます。
自由に使えるために普及したが、自由に使えるせいで皆が不便になってしまう。つまり経済学における「共有地の悲劇」と呼ばれる現象そのものです。
もちろん、キャリアや総務省もこの問題をすでに認識しています。総務省では今年の3月に「無線LANビジネス研究会」をスタートさせ、キャリアを初めとする無線LANを利用したビジネスを行っている事業者に対するヒアリングを開始しました。
ただし、現実に目の前で起きている「Wi-Fiがつながらない」という事態を解消するには、もうしばらく時間がかかりそうです。無線LANビジネス研究会では、まずは課題の洗い出しを行うことが当面の目的で、それによって明らかになった課題の解決はさらにその後のことになります。
また現実として、電波過剰を解決するには、混線状態での動作を改善させる新技術をWi-Fiに取り込むという技術的アプローチか、混線しないようにWi-Fi基地局設置時に設置者同士での調整や基地局の共有といった運用的アプローチ、が必要になりますが、いずれにしても数ヶ月の単位で実現できるものではありません。
個人でできる対策としては、できるだけ公衆無線LANサービスの電波が混雑していないところをさがすか、自分自身が不要な電波を出さない、つまり公衆無線LANサービスが使用できる環境ではモバイルルーターを使わないといったことくらいです。
どうしても、モバイルルーターを使わざる得ない場合は、モバイルルーターの基地局機能のチャンネルを、できるだけ空いているところに固定しておくことをオススメします。具体的には、公衆無線LANサービスの基地局は1、6、11の3つになっていることが多いため、その間の3、4、8、9に固定しておきます。ただ、これでも完全に電波干渉は防ぐことはできません。
これでもどうしてもつながらない場合はどうしたらいいのか? その場合は、もう諦めてしまって、ネットがなくてもできる仕事をするか、いっそのこと読書の時間にあててみるのがいいんじゃないでしょうか。