「自分は年金だけで暮らせる自信があるんですよね」
筆者が知人にそう話したのは、くだんの老後資金2000万円問題が紛糾する数年前のことだ。その根拠は、日本年金機構「ねんきんネット」で確認した、将来受け取れる年金見込額が、今の生活費と比べそれほど大きな差がなかったからだ。
算出された額は20代のアルバイト収入と同程度
ねんきんネットでは、これまでの加入記録を元に、今の仕事のまま60歳まで働き、年金保険料を納付したと仮定した場合に受け取れる年金見込み額を計算できる。筆者の場合はすでに会社員を卒業しているので払い込んだ厚生年金保険料は確定しており、これ以上は増えない。だから、ねんきんネットの数字はほぼ確定値なのだ(ただし、マクロ経済スライドなどで若干の変動はある)。
その数字は、くしくも筆者が20代にアルバイトで稼いでいた生活費と同程度で、10万円ちょっとというところ。学生時代の収入に戻るのかあ、と思ったわけだ。
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当時はアルバイト収入の12万円でアパート暮らしをしていた。家賃を除いた生活費は7万円で、ない袖は振れないのでそれでやるしかない。安い店を探し、安い食材を使い回し、時には人の情けにすがって生きてきた。昭和も令和も、大学生は似たようなものだろう。
その後就職して、手取りが14万円くらいまで増えたので、増えた分をそのまま積み立てにした。当時は30歳になるまでに1000万円貯めたいと思っていたため、給料が上がった分は支出ではなく積み立てに回した、というのは、前回記事「30歳までに1000万貯めた人が語る『貯蓄5鉄則』」に書いたとおりだ。
そのため、現在も食費などの生活費自体は当時とあまり変わっていない。逆にデフレのおかげで当時よりずっと安く買える店も増えた。フリマアプリやお金がわりのポイントもある。で、この先も「年金があれば、何とかなるんじゃないか」と思ったのだ。
2019年の年金額モデルは、世帯で受け取れる金額が約22万円(夫の厚生年金含む)。ここから税金・社会保険料などを差し引くと、手取り額は20万円を切る。世の中には筆者のような節約好きではない方が大半で、現在の生活費と比較すれば「それは無理だ」と思うだろう。
とはいえ、誰でもいつかは年金暮らしに入る。その時に備えて今から何をすればいいか、支出を少しでも減らす手助けになる考え方についてお伝えしたい。
老後の支出は今より下がる
公的年金だけで暮らせるかの大前提として、現役時代の支出と年金暮らしの支出はイコールの額ではない。子どもにかかる出費は教育費を含め不要になるし、会社勤めを辞めれば飲みに行く回数も減るし、ビジネススーツや靴の購入もいらなくなるだろう。
総務省の家計調査のデータ(2018年)で比較すると、50代の勤労世帯の月額支出は平均35万円ほどかかっているが、無職の高齢者夫婦は65~69歳で約26万円、70~74歳で約25万円。75歳以上は約22万円と下がっていく。自然と小さくなっていくことは間違いない。
しかし、細かく見ていくと、食費は案外減らない。年代によっては交際費や教養娯楽費は現役時代より増えているほどだ。油断すると赤字は膨らんでしまう。しかし、「節約」を意識すればするほど情けない気分になり、続かない人は多い。使いたいお金を我慢するのは逆効果だ。そうではなく、無理なく支出を減らすために、次の5つを減らすことを意識してみてはいかがだろう。
1.弱点を減らす
誰にもお金の弱点がある。つい使ってしまう場所や状況、対象はないだろうか。誘われると絶対に飲みに行ってしまう人、ネット通販のプレミアムセールになると買い物せずにはいられない人、魅力的なダイエット器具のCMを見ると試さずにはいられない人……。「どうしてもスルーできない」消費は、あなたの弱点ともいえる。
自分の弱点がわかっているなら対策を考えよう。飲みに行かない曜日を決める、ネット通販のセールの日はあえてスマホを見ない、ダイエット器具のCMが始まったらチャンネルを変えるなど。もちろん、いきなりすべての排除はできない。しかし、これが自分の弱点だと認識するだけで、お金を払う前に一歩引いて考える間が生まれるのではないか。
2.ルーチンを減らす
とくに買うものはないのだが、毎日何となくコンビニやスーパーに寄っている人は多いだろう。そして一度店に入ると、何だかんだお金を使ってしまう。主体的に「これを買おう」という行動ではなく、まさにルーチン化している消費行動だ。別に大した買い物もしていないのにお金がない、と嘆く人ほど、この無意識の消費が多いともいえる。
一度、財布の中のレシートやクレジットカードの明細を眺めてほしい。何を買ったかではなく、自分がよくお金を使う店がどこかを知るためだ。リアルの店舗で“ついつい買い”をしている人もいれば、ネットでの買い物が多い人もいるだろう。
対策として一番いいのは、物理的にそこに近づかないことだ。もし、週に5日コンビニで300円使っているなら、20日で6000円にもなる。1日減らして週4日に変えるだけで1200円が浮くのだ。帰り道にいつものコンビニがあるなら、別のルートで帰ってみるのもありだ。
ネットでの買い物も、目的があって買う場合だけでなく、おススメされるアイテムを眺めているうちにコレはいいなと感じてくる「受け身買い」も多いだろう。とくに夜は脳も疲れているので、買いのハードルが下がりがちだ。どうしても気になるモノはカートに入れるだけにして、本当に購入するかは翌朝すっきりした頭で判断しよう。
「もったいない」精神、「オトクの罠」に注意せよ!
3.「もったいない買い」を減らす
筆者は「オトクの罠」という言葉をよく使う。オトクですよと言われて、しなくていいムダ遣いをしてしまうことを指す言葉だ。
あと5000円買うと送料無料になるのにもったいない、生ビールが半額になるクーポンがあるのに使わないのはもったいない、もうすぐ期限切れのポイントをむざむざ失効させるのはもったいない――。
「もったいない」精神は美徳のはずだが、こと事業者側が提供するサービスや特典に関して言えば、その先にはトラップが待っている。トクする権利がこの手にあるというのに、それを無視できる気持ちの強さはなかなか持てないものだ。つい、必要ではないものを無理矢理買ってしまったり、出かける必要がなかった飲食店で散財してしまったりする。
これを防ぐには、「誰がトクする?」と考えることで冷静になれる。優遇サービスはわれわれ消費者のためではなく、事業者の利益のためだ。必要なものをオトクに買うのは正しいが、割引を使うために必要のない買い物をすれば、その利益は店側に落ちる。
「もったいない」をかきたてる好例があったので紹介しておこう。先日、ある定額サービスのアプリをダウンロードしたら、入会特典で1万円分のポイントが付与された。しかし、有効期限が3日程度しかない。だが、それを使うとその時点から定額サービスが開始になってしまうため、考えたあげく放置した。
毎日のように「有効期限まで残りわずか」「今日の23:59まで」と通知が来たが無視。すると、いざ期限が切れた翌日に「おめでとうございます! 特別に1万円分のポイントをプレゼントします」という新しい通知が届いたのだ。そんなものなのだ。
4.モノを減らす
年齢を重ねるごとに、人はいろんなことがおっくうになってくる。モノを片付けるのも大変だし、捨てる捨てないのジャッジをするのも一苦労だ。「捨てる」指南本が続々出るのは、モノを捨てるのが実に難しいからだ。頭も体も動くうちにモノを減らしておかないとゴミ屋敷を笑えない日が来るかもしれない。
モノを減らすとお金も貯まるようになる。すっきりした状態を保ちたくなるので、買い物に慎重になる。洋服の数が減れば、手持ちのアイテムが把握しやすくなり似たような服を買わずに済む。部屋がすっきりすれば掃除もラクだし、探しものの時間も減らせるだろう。最もいいのは、「家を片付けなければ」というストレスから解放されることだ。
モノが減れば、収納ケースや整理ダンスも処分できる。荷物が減れば、将来はもっとコンパクトな住居に住み替えられるかもしれない。
モノを買うのが好きという人は多い。しかし今どきは捨てるほうがお金がかかる時代だ。老後になって大物を処分しようとすると費用の負担が重くなる。なるべく現役のうちに、徐々にモノを減らし、コンパクトな暮らしにシフトしていくべきだろう。
公的サービスや補助・助成金をオトクに使う
5.自己負担を減らす
先に、シニアになっても教養娯楽費はあまり減らないと書いた。楽しみにかけるお金は人生の潤いであり、あまり削りたくはない。となれば、レジャーやエンタメにお金をかけない方法を知っておくのがいいだろう。
そのためには公的サービスの利用が欠かせない。東京都の場合は、自治体が保有するコンサートなどには住民割引が使えることが多い。数百円で楽しめるプラネタリウム施設もある。自治体の広報誌はオトク情報の宝庫だ。ぜひ隅々まで読んでほしい。
また、家のリフォームに利用できる公的な補助・助成金もありがたい。耐震や防犯、省エネなどの改修に公的なお金が活用できるのだ。老後も安心して住み続けられる家を維持するためにぜひこうした助成金を活用し、手持ちの貯蓄はなるべく残しておこう。
われわれが将来受け取る年金は決して十分ではないが、それでも死ぬまで受け取れるありがたいお金だ。その中で暮らすには、お金を払う優先順位をつけなくてはいけない。しかし、現実は「つい習慣で、なんとなく」「断れなくて」「今買うとオトクだから」などの優先順位が高くないもののせいで目減りしていく。
それで「お金が足りない」と嘆いているとしたら、実にもったいない。“お金がない”が口癖の人にないのは、使っているという意識なのだ。使わなくてよかったお金をそぎ落とした時、本当に年金だけで足りないのかがきっと見えてくる。