「働き方改革」が国を滅ぼす(1/2)
快適に働けるに越したことはないが、安倍総理がしたり顔で進める働き方改革には、顔を曇らせる人が多い。そりゃそうだ。仕事量はそのままに残業を減らせば、だれかにしわ寄せが。人一倍の努力も拒まれればスキルも身につかない。その先には亡国の悲劇が……。
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「改革には痛みが伴う」とは、小泉純一郎元総理にかぎらず、古今東西の指導者が言い続けてきた。むろん、4月1日から順次施行されていく働き方改革関連法についても、これを政権の目玉政策の一つに掲げてきた安倍晋三総理は、同様に認識しているのではないだろうか。だが、問題はどんな痛みなのか、である。
ご承知の通り、各企業はすでに残業時間の削減に取り組んでおり、周囲に何社かの大手企業がある飲食店の店主は、
「これまで夜食を食べに来てくれていた人たちが、仕事が早く終わって家に帰るので、商売にならない」
と嘆くのである。もっとも、早く帰宅するようになった人たちは、生活に余裕が生まれたかというと、聞こえてくるのは、
「始発で出勤する日が増えたので、むしろ体力的にキツイです」(情報系企業に勤める30代男性)
「仕事をする場所が会社から家に移っただけ。家に仕事を持ち込まざるをえなくなって、リラックスできる場所がなくなった」(大手メーカー勤務の40代男性)
といった声である。どうやら“痛み”は、すでに厄介な広がりを見せているようだが、そこは少しずつ検証するとして、ここで、くだんの法の骨子を簡単に説明しておく。
まずは残業時間の規制である。これまでは事実上の青天井だったが、原則月45時間、年360時間までとし、最長でも月100時間未満、2~6カ月平均で月80時間などと、上限を設けた。そして守らないと、企業側に6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられるのだ。
正社員と非正規社員の間での、同一労働同一賃金の実現も謳われた。年次有給休暇も、最低でも5日以上取得させることが企業に義務づけられる。達成できなければ、企業は従業員1人当たり、最大30万円の罰金を支払わなければならない。さらには努力義務だが、退社から翌日の出社まで一定時間の勤務間インターバルを設けるとされている。
ただし、残業時間や同一賃金については、中小企業には1年間の準備期間が与えられている。
当の厚労省ですら…
だが、日本人の労働に壮大な無駄があったのであれば、そんな数字も達成できようが、これまでも、すべき仕事がなければ、だれも残業などする必要がなかったのだ。現に、仕事自体が減ったという話はトンと聞かない。だから、早く帰宅しても家で仕事をせざるをえないのだろう。
民主党政権時代の事業仕分けは、大山鳴動してなにも無駄が出なかったが、無駄の烙印を押して強引に削っていたら、国が立ち行かなくなっただろう。だが、いまの働き方改革には、そんな強引さが感じられないか。旗振り役である、厚生労働省の労働基準局労働条件政策課に尋ねた。
「働き方改革推進支援センターという相談窓口を各都道府県に設け、企業の個別相談にも乗っています。実際、残業時間の上限規制や年休5日を実現するためには、仕事の進め方を企業が真剣に変えていく必要があり、そうしないとサービス残業などが横行してしまう。メール、電話、窓口相談のほか、必要に応じて社会保険労務士を派遣するなどしています。また、大企業以上に中小企業が大変なので、準備期間を設け、その間に労働環境を整備してもらえれば、と考えています」
担当官はそう答えるが、統計不正問題もあってアップアップの厚労省自身、改革できているのか。
「国会の審議に対応しなければならない仕事もありますので、定時に帰宅できず、夜間にかかってしまう業務も、どうしても出てきます。ただ、働き方改革の旗振り役の官庁でございますので、以前よりは効率化してはいると思いますが……、働き方改革に準じる働き方を心がけようと努めておりますが……。しかし、労働基準法は公務員には適用されませんので……」
企業には罰則まで科しながら、自らは時間外の業務が「どうしても出て」くると開き直るとは、旗振り役自身、改革に無理があると認めているようなもの。挙句、労基法の対象外だからと逃げを打つのは、障害者雇用の水増しが発覚したときとそっくりだ。
ヤミ出勤にヤミ残業
ともあれ、企業の現場を確かめてみたい。
大手住宅メーカー勤務の30代の営業マンが言う。
「私たちはお客さまの都合で働くしかなく、“残業するな”と言われても、残業しなければ現場が回りません。ですから、これまで月に80時間くらい、酷いときは120時間とか残業していましたが、去年6月に働き方改革関連法案が可決された前後、残業を月40時間に抑えろというお達しがあったんです。人も増やさずに、あまりに無茶な要求で、しかも、40時間を超えたら反省文を書かせるというんです。では現実にどうするかというと、タイムカードの出退勤時間はいじれないから、勤務表の休憩時間をありえない形で増やすしかありません。通常の12時から13時の休憩に加え、20時から23時まで休んだことにしたりするんです」
休日はマシだというが、それも皮肉な意味で、
「“ちゃんと休め”といわれても、お客さんに呼び出されれば行くしかない。幸い、住宅展示場やお客さまのお宅への直行直帰の場合、タイムカードを押す必要もないので、ヤミ出勤にしています。現場の状況に気づけ、という会社へのメッセージとして、ひと月の残業時間を39時間59分と書いて出しています」
そもそも社命に素直に従ったら、会社の信用が失われるだけではないか。
大手IT企業の社員は、
「毎日、“今日は今月○営業日目です。今月あなたは○時間働いたので、1日の残業時間を○時間以内にしましょう”というアラートが、各人のパソコンに表示されます。すぐアラートが出るので、出そうになったらタイムカードを切りに行って、そこからヤミ残業をします。業務量はまったく変わらないので、残業するな、なんて不可能です」
帰れ、休め、という時短ハラスメントで、従業員の仕事を妨害する以外のなにものでもなかろう。有休を取って家で仕事
働き方改革を結果的に後押しした企業や団体の実情はどうか。2013年に女性記者が過労死したNHKだが、
「以来、本当に厳しくなりました。休めるようになった一方で、仕事は手を抜くほか仕方ありません。大手新聞や他局との競争は、あきらめざるをえなくなりました。小さいニュースは無理して追わなくても構わないというのです。また、私たちの仕事は細かく担当分けされていますが、別の担当に重要なレクや会見に出てもらうことも当たり前になった。担当者が責任をもってニュースを報じることができなくなったのです」
と、さる記者。ニュースの質の低下にもつながりかねないが、記者の数が多いNHKはまだましで、
「僕らも残業について厳しくなったので、ヤミ残業でしのぐしかない。殺人事件などをあつかう警視庁の捜査1課担当など、忙しくて朝から晩までハイヤーを使い続けるのですが、昼間に長く寝て休憩をはさんだことにするのです」
と、在京の民放記者は嘆くのだ。
15年、高橋まつりさんの過労自殺で残業規制の流れを作った電通は、アラサーの営業職に聞くと、
「まつりさんの事件以降、残業に関してめちゃくちゃ厳しくなりました。それ以前は不夜城で、何時に行っても人がいて、クライアントと飲みに行ってから仕事をしに会社に戻る人も多かった。それがいまは22時には電気が落ち、翌朝5時まで個別に電気をつけることができません。メールを送ることさえ禁止です。ですから、仕事が終わらなければ、続きの作業はこっそり家で行います。“有休を取れ”といわれるので、仕方なく休んで家で仕事をしたこともあります」