日本にとっての軍事的な脅威が増してきたことは明白だといえよう。では日本はどう対応すればよいのか。その対応策の主張では朝日新聞と日本共産党が奇妙な一致をみせている。簡単にいえば、防衛の措置はとらず、外交にすべて頼れ、と主張するのだ。この主張は世界中のすべての国が保っている自国の防衛という基本態勢の否定にもつながる。
中国は日本固有の領土の尖閣諸島を自国領だと主張して、武装艦艇による日本側の領海への侵入を繰り返す。軍事力での尖閣占拠の姿勢を示す。中国は日本をも射程に納めた各種ミサイルを大増強する。核兵器も強化して、台湾有事に日本の自衛隊が加われば、日本本土に核ミサイルを撃ち込むぞと威嚇する動画を中国全土で流す。そもそも中国は他国との紛争を自国に有利に解決するためには軍事力を使うことをためらわない。
北朝鮮も頻繁に日本の方向に向けて各種ミサイルを発射する。核兵器の開発も着々と進めている。日本を射程に納めた各種ミサイルも数百基単位を数える。しかも政権の意思を代弁する政党機関紙が「日本のような国は核で海底に沈めることがふさわしい」と威嚇する。
ウクライナをいま軍事侵略するロシアも日本にとっての明らかな軍事脅威と呼べる言動をもとるようになった。ロシア軍は中国軍と合同で、日本周辺の海や空で威嚇的な軍事演習を実施する。日本の官民の特定人物をロシアには入れないと恫喝する。日本のウクライナ支援をロシアへの軍事的な敵対に等しいと脅してくる。
中国と北朝鮮とロシアと、いまや日本にとっての3方面からの軍事的脅威が現実感を強めてきた。だからいまの日本国内では国民の間でも防衛の強化を求める声が急速に強くなった。戦後の歴史でも初めてと呼べるほど、日本の防衛費の増加を求め、外国の軍事脅威を抑える防御策、抑止策をとるべきだとする世論が高まってきた。日本にとっての国防の重要性への認識である。
日本がそんな危機に面したこの時期に、朝日新聞はなお日本にとっての防衛という自衛努力に反対するキャンペーンを続けている。最近では6月9日の朝刊の「日本、3正面の脅威には外交力で」と題する記事が典型的だった。佐藤武嗣氏という編集委員が書いたという記事だった。
日本国民の防衛努力に水をかける主張だった。内容は北朝鮮、中国、ロシアという日本にとっての3大脅威を認めながらも、その脅威への対処は防衛の強化ではなく、外交だけにしろ、というのだ。つまり日本の防衛は強化するな、と主張するのである。
つまるところは日本の防衛を否定するこの記事の結論は明快だった。だがその結論に辿り着くプロセスは理屈が穴ぼこだらけ、支離滅裂でさえあった。
まずこの記事はいまの岸田政権や自民党内の防衛費増額の議論を「勇ましい議論」と決めつける。「勇ましい」というのはいかにも情緒的な表現だ。そもそも日本が周囲の脅威の切迫に対応して自国を守ろうと意識することは、勇ましくもなんともない。むしろ相手に押され、脅かされての受け身の反応なのだ。だがこの朝日新聞の記事はさらに以下のように書いていた。
「中国の軍事力に対する防衛力の見直しは必要だ。しかし岸田首相が国会で『自分の国が軍事力を強化すると、相手はさらに軍事力を強化する。結果として自国の脅威が増すことになる』と説いた。『安全保障のジレンマ』を我々も念頭に置く必要がある」
さて以上の佐藤記者の記述には明らかな欠陥がある。まず「自分の国が軍事力を強化すると、相手はさらに軍事力を強化する」という岸田首相が述べたという言葉も、その大前提は中国、つまり相手が大軍拡をやってきたから、自分の国も仕方なく抑止のため、受け身の形で軍事力を強化する、のだ。だが佐藤記者の引用はいかにも均衡で安定した状態下で日本がまず軍事力を強化する、という意味へと実態をよじ曲げている。日本が防衛力を強化すれば、中国も強化するからやめておけ、というのは日本は防衛面で中国の優位を変えるなと、日本側だけに自粛を求める主張である。
だからこの記事のそもそもの立脚点は日本のためなのか、中国のためなのか、とまで疑わされる。
この記事はさらに以下のようにも述べていた。
「日本の足元を冷静に見つめることも必要だ。経済規模に対する債務残高は2倍超に膨らみ、世界最悪水準だ。防衛費を増やしても単独で中国に対抗できるはずはなく、外交での『抑止』に重きを置くしかない」
この記述は日本政府の財政赤字を指しているのだろう。だがいまの防衛費を2倍に増やしても、その財政状況が大きく破綻することにはならない。また「単独で中国に対抗できない」と断じているが、日本の防衛はいつもアメリカとの共同である。日米同盟の軍事能力を高めるための日本の防衛費の増額なのだ。そのあたりをこの朝日新聞の記事は無視して、事実関係を曲げていく。
「外交での『抑止』」というのも意味不明だ。外交は外交で常に努力がなされている。外交で解決できない軍事の脅威や威嚇は同じ次元の防衛や軍事で抑止するのがどの国でも安全保障の基本である。そもそも「抑止」というのは軍事面で相手に攻撃をさせない措置をとることである。それを「外交での『抑止』」という意味不明の用語を切り札のように使うところにこの記事の偏向がにじんでいる。
この記事は次のようにも書いていた。
「軍事大国のロシアが苦戦を強いられているのは、欧米が結束して制裁などで対抗し、外交に敗北しているからだ」
この記述も事実に反する。ロシアがウクライナで苦戦するのはウクライナ軍の強固な軍事反撃のためである。そのウクライナの反撃を可能にしているのは欧米の制裁などかもしれないが、制裁だけではこれまでのロシアのウクライナ軍事侵略をまったく抑えることができなかったこの現実は明白である。
ウクライナの戦況を左右するのは軍事力同士の対決、軍事闘争の一進一退である。ロシアが外交のために戦場で苦戦する、というのは焦点をそらす、煙幕のような主張である。
そしてこの朝日新聞の記事は、ロシアのウクライナ侵略に対するインドや東南アジア諸国の必ずしも非難ではない複雑な反応を伝え、日本は韓国との関係も改善すべきだ、と述べていた。そのうえで最終部分では以下のように結んでいた。
「ウクライナ危機に乗じ、軍事に急速にアクセルを踏むより、地域の結束を牽引する『外交の力』こそ、この危機から学ぶ、日本の教訓なのではないか」
この最終部分はこの記事全体の支離滅裂さの象徴だった。日本にとっての中国や北朝鮮、ロシアの脅威への対応を論じていたはずが、終わりの部分で論題はウクライナ危機への対処に変わって、「地域の結束」と「外交の力」が最重要だと強調するのだ。日本は自国の防衛はそのままにして、外交を進めろ、というわけだ。
だが軍事面での脅威を外交だけで抑えられるはずがない。全世界の諸国が自国を守るための軍隊を保有しているのは、外交だけでは自国を守れない、と認識しているからだ。
だが朝日新聞は軍事脅威がこれほど明白な日本の現状に対して、防衛は手をつけず、外交だけで対処せよ、と求めるのだ。そしてこの記事の最大の欠陥とも呼べるのはその中国や北朝鮮の軍事脅威を実際に抑え、減らすための「外交力」の対策が具体的になんなのか、まったく示さない点だといえる。
日本のどんな外交で中国や北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの威力を減らすというのか。その具体案にはまったく触れず、ただただ「防衛ではなく外交で」と説くことには、なにか不気味な意図さえも感じてしまう。
日本国内で凶悪犯罪人が人を殺そうとしても、物理的な阻止の措置はとらず、話し合いだけで対応せよ、と求めるに等しいわけだ。
だから朝日新聞のこの種の主張は日本の防衛努力の否定だといえる。その結果、日本が自衛の努力を止めてしまえば、まさに降伏や亡国の道が残るだけだ。だからこの種の主張は外交の名を利用した日本亡国論とも思えてくるのである。
さて朝日新聞の以上のような防衛否定論調をみていて、今回の参議院選挙での日本共産党の主張を読み、あまりに酷似する点が多いのに驚いた。日本共産党の志位和夫委員長が党首として参議院選挙にのぞむ方針や公約を語った。その談話が『産経新聞』6月27日朝刊に載っていた。
記事の見出し、というよりも共産党としての主張の見出しは「軍事一辺倒では平和は守れぬ」となっていた。要は外交で日本の安全や平和は守り、防衛は強化してはならない、という主張だった。朝日新聞と同様なのである。
志位委員長の談話には以下の言葉があった。
「日本が軍拡で構えたら、相手も軍拡を加速させ、軍事対軍事の悪循環に陥る。軍事費2倍の財源は消費税の大増税、社会保障費の大幅削減となり、暮らしが押しつぶされてしまう。外交で東アジアに平和を作る外交ビジョンを大いに訴えて戦いたい」
このあたりも朝日新聞の主張とまったく同じだといえる。日本は防衛を強化してはならない、というのだ。
日本共産党の安全保障や防衛に関する政策発表をその他にもみたが、朝日新聞よりさらに奇妙なのは中国や北朝鮮などの目前に迫った軍事脅威についての指摘がほとんどない点だった。
日本への軍事面での脅威や危機を指摘せずに、その脅威などに備えようとする日本側の動きだけを「軍事一辺倒」とか「危険な大軍拡」として反対するのである。ここににじむ意図もとにかく日本という国を防衛面で弱いままにしておくことへの一貫したあおりのようにみえてくる。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。