東京五輪の運命は? ワクチン開発と懐事情の戦い

来年に延期となった東京五輪に向けた準備が時間との戦いになる中、巨大な2つの力がせめぎ合っている。

 一方では、科学者が新型コロナウイルスの予防ワクチンの開発を急いでいる。医療専門家の間では、夏期五輪のような大規模かつ国際的なイベントを安全に開催するには、ワクチンが欠かせないとの見解が増えている。ワクチンが来夏までに発見され、効果が証明された上で広く入手できるようになるかは、現時点で全く見通せない。

 もう一方では、日本の大会組織委員会が想定外の巨額費用に直面しており、日本経済も厳しい逆風に見舞われている。コロナ危機前に1兆3500億円程度だった予算は、半分以上が税金だ。日本は観光ブームがこれだけの支出を正当化すると当てにしており、ウイルス感染を最小限に抑えるための無観客での五輪開催は望んでいない。

 さらに、日本が追加的に多額の支出を負担して準備しても、五輪は結局開催されないというリスクもかなり現実味を増している。

 日本はすでに、コロナ危機に対応する緊急経済対策を盛り込んだ総額25兆6000億円の補正予算を成立させている。日本の大会組織委員会のあるメンバーは「人々の理解を得るには、コストを最小限に抑える必要があることは分かっている」と明かす。

 日本の主催者はこれまで、2021年夏以降の延期は問題外との考えを示している。つまり、来年7月の開催がなければ、東京五輪そのものがなくなるということだ。また、大幅に規模を縮小した上での開催にも後ろ向きで、ウイルス感染の軽減策ではなく、解決策を見いだすことを期待している。

 安倍晋三首相は先週、国会での質疑応答で、東京五輪は完全な形で実施されるべきで、コロナのパンデミック(世界的大流行)が終息しなければ不可能だとの考えを示した。

 安倍首相は、五輪は「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証し」として開催されるべきだと指摘。そういう状況になければ、五輪開催は極めて難しく、その点において、治療薬やワクチンの開発が非常に重要になるとの考えを示した。

 日本の大会組織委員会の広報担当者は、ワクチンが五輪開催の必要条件になるかについてコメントを控えたが、世界保健機関(WHO)を含む医療・保健当局と緊密に連携していると述べた。

 ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は感染症の専門家10人に取材し、通常通りの五輪開催に必要な条件を聞いた。五輪はおそらく、パンデミックの最中に開催するイベントとしては、地球上で最も困難な課題だ。世界200カ国以上から何万人もの選手や当局者が開会式に出席するために一斉に集い、さらに数万人の観客が会場を埋め尽くす。しかも、誰が入場できるかに制限はなく、大会期間の2週間を密集地で過ごした後、それぞれがまた本国へと戻っていく。

 その答えの鍵を握るのがワクチンだ。

 国際保健法に関するWHOの協力センター責任者、ローレンス・ゴスティン氏は「新型コロナの波は2021年になっても続く可能性が高く、大勢の選手や観客を安全に移動、収容する唯一の安全な方法は、有効かつ広く入手できるワクチンで集団免疫を作ることだ」と話す。

 「ワクチン開発がどうなるかに左右される。なぜなら、ワクチンは完全に脅威を取り除くことができるからだ」。ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの専門家、アメシュ・アダルジャ氏はこう指摘する。

 科学者らの間では、1年~1年半で新型コロナ予防ワクチンの開発・流通を実現するとの見通しは、極めて楽観的だとの見方が支配的だ。新型コロナに関する研究は急ピッチで進んでいるが、これまで最短で開発されたワクチンでも4年を要しており、おたふく風邪向けだった。

 一方、五輪当局者は異なるスタンスをとっている。

 国際オリンピック委員会(IOC)の東京大会調整委員会のジョン・コーツ委員長は先週、オーストラリアン・アソシエーテッド・プレス(AAP)とのインタビューで、ワクチンが開発されれば「素晴らしい」としたが、五輪開催の条件にはならないとの考えを示した。ワクチン開発が間に合わない場合、ウイルス感染を広げずにどう開催できるかについては、詳細を明らかにしなかった。IOCは、コーツ氏はインタビューに応じられないとしている。

 IOCの報道担当室はWSJの書面による質問に対し、4月21日付でウェブサイトに掲載されているFAQ(よくある質問)のページを参照するよう返答したが、このページはワクチンについて具体的に言及していない。IOCはこれと同じページで以前、東京五輪の延期で合意した際、安倍首相が現行の契約に沿って、日本が引き続き追加費用を負担することで同意したと掲載。その後、日本の当局者が、延期に伴う費用負担の合意はなかったとして、経費に関する協議について公表しないよう要請したことで、IOCは安倍首相に関する言及を削除した経緯がある。

 専門家の間では、ワクチンがなくても開催は可能だとの声もあるが、一般的な五輪のイメージとはかけ離れた制約や追加負担を伴うだろうと指摘されている。

 マサチューセッツ総合病院の感染症責任者、ロシェル・ウォレンスキー氏は1つの可能性として、大会の2週間前に全員を日本に入国させ、滞在中は毎日検査を行い、帰国前の2週間は隔離を義務づけるといったことが考えられると述べる。そうなれば事実上、五輪の開催期間と宿泊日数は3倍になる。

 レスリングなど、ウイルス感染のリスクが高い競技を排除する案も出ている。米オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)は、先週公表した国内イベントに関するスポーツ競技運営組織への指針で、ウイルス感染のリスクが高い競技を6つに増やした。これには、日本で人気の高い柔道や空手が含まれている。

 一部の専門家は大会の観戦を禁止する可能性にも言及しており、これは日本にとって、投資回収の点で最も打撃が大きいだろう。組織委員会はチケットの売上高だけで900億円を見込んでおり、これには土産品の販売やホテル宿泊、レストラン利用など、日本経済全般への恩恵は含まれていない。

 ジョンズ・ホプキンス大学のクリス・ベイラー教授(疫学)は「テレビ中継を念頭においたイベントになり、対人距離を確保しつつ(コーチや家族など)少数の関係者のみが観戦を許されるか、または無観客で実施される」と予想。「数万人の観客が見守る国際イベントになる可能性は低い」とみる。

 無観客となれば、3480億円相当の国内スポンサー契約に影響が出る可能性がある。日本の主催者は、来年の五輪への関与継続を巡り、スポンサーとの交渉を始めたとしている。

 日本経済は低迷したまま2019年を終え、現在ではリセッション(景気後退)入りの瀬戸際にある。日銀は4月27日、2020年度(21年3月終了)の国内経済の成長率は3~5%のマイナスになるとの見方を示した。

By Rachel Bachman, Louise Radnofsky and Alastair Gale

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