[東京/パリ 31日 ロイター] – 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、来年7月23日への開催延期という異例の決定が下った東京五輪。招致が決まってからおよそ7年を経た現在も、東京選定のプロセスをめぐってはフランス検察当局による汚職疑惑の捜査が続いている。投票確保の舞台裏でどのような動きがあったのか。ロイターでは招致活動に使われた銀行口座の記録や関係者への取材を通じ、その実情を探った。
<IOC委員へのロビー活動>
ロイターが入手した「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」(招致委)の銀行口座の取引明細証明書には、招致活動の推進やそのための協力依頼に費やした資金の取引が3000件以上記載されており、多くの人々や企業が資金を受け取り、東京招致の実現に奔走した経緯をうかがわせている。
そうした支払いの中で最も多額の資金を受け取っていたのは、電通(4324.T)の元専務で、現在は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(組織委)の理事を務める高橋治之氏(75)だ。招致委の口座記録によると、高橋氏にはおよそ8.9億円が払われている。
高橋氏はロイターとのインタビューで、世界陸連(IAAF)元会長で国際オリンピック委員会(IOC)委員だったラミン・ディアク氏を含むIOC委員に対し、東京五輪招致のためにロビー活動などをしていたと語り、ディアク氏に「当然ながら」手土産を渡したこともあると話した。
ディアク氏は、オリンピックの開催地選定に影響力を持つ実力者だった。同氏は16年のリオ五輪の招致で票を集める見返りに200万ドルの賄賂を受け取ったなどとして、現在でもフランス検察当局の調べを受けている。
高橋氏はインタビューで、招致委員会からの支払いは彼の会社であるコモンズを経由して受け取り、五輪招致を推進するための「飲み食い」、そして招致関連のマーケティングなどの経費に充てたと話した。そして、ディアク氏にはデジタルカメラやセイコーの腕時計を手土産として渡したことを明らかにした。「安いんだよね、セイコーの時計」と同氏は話した。
招致委の役職者によると、招致関係者を招くレセプションやパーティーで「良い時計」が配られていた。同委の口座記録を見ると、セイコーウオッチ社に500万円ほどが支払われている。
IOCのルールでは2020年大会の招致活動が行われていた当時、一定額のギフトを贈ることは認められていた。それについての具体的な金額は明示されていなかった。
高橋氏は、ロイターに対し、招致委から受けた支払いについても、その使い方についても何ら不正なことはなかったと語った。
ディアク氏が東京招致を支援したことについて、高橋氏は自分が電通の役職者としてディアク氏が率いていた世界陸連の支援をした経緯があり、そのためにディアク氏が東京招致に協力したいと感じていたのではないか、と語った。また、招致委員会から受け取った資金の使途については明らかにする義務はないとし、「いつか死ぬ前に、話してやろう」とだけ述べた。
当時、招致委の事務局長を務めていた樋口修資氏によると、高橋氏は民間企業からスポンサー費用を集めた際に、そのコミッション料を受け取っていた、と語った。
ディアク氏の弁護士はロイターに対し、開催都市を決める投票の前日、ディアク氏がアフリカ諸国の五輪関係者らとの会合で東京を支持するつもりだと話していたことを明らかにした。しかし、同氏は誰にも、どう投票すべきかは指示しなかったという。
<捜査続く五輪汚職疑惑>
高橋氏がロビー活動を行ったディアク氏は、息子であるパパマッサタ氏とともに、ロシアの組織的ドーピング隠ぺいに関与した疑いで、フランスで起訴されている。
仏検察は、ディアク父子を東京五輪の招致をめぐる疑惑でも収賄側として捜査している。この事件で贈賄側として同検察が調べているのは、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和前会長(招致委理事長)で、シンガポールのコンサルタントを通じディアク父子に約2.3億円を支払って東京への招致を勝ち取ったとの疑いがかかっている。
竹田氏はJOCとIOCの役職を昨年辞任、疑惑については明確に否定しており、支払った金額は正当な招致活動の費用であったと主張している。また、同氏の弁護士によると、竹田氏は高橋氏に、ディアク氏に対するロビー活動を指示したことはなく、ディアク氏に高橋氏から贈られた土産についても認識していなかったと語った。同弁護士は「竹田氏はそのようなことを一度も承認していない」と述べた。
ディアク氏の弁護士は「東京またはリオ五輪の関係者から(ディアク氏は)全くお金を受け取っていない」と話している。
<森元首相の団体にも資金>
ロイターの取材により、招致委員会は森喜朗元首相が代表理事・会長を務める非営利団体、「一般財団法人嘉納治五郎記念国際スポーツ研究・交流センター」にも約1億4500万円を支払っていることが明らかになった。
招致委が高橋氏、および組織委会長でスポーツ界に強い影響力を持つ森氏の団体に行った資金の支払いは、ロイターが確認した同委のみずほ銀行の口座記録に記載されている。この銀行口座の記録は日本の検察がフランス側に提供した。仏検察の捜査関係者によると、高橋氏や森氏の団体に対する支払いについては、これまで聴取を行っていない。
嘉納治五郎センターのウエブサイトによると、直接的な招致活動を行っていた記録はない。同センター事務局の唯一の職員である大橋民恵氏は、招致活動のために米国のコンサルティング会社1社と個人コンサルタント2人と契約を交わしたことは認めたが、なぜ招致委員会でなく、同センターがコンサルタントを雇ったのかについては聞いていないと述べた。
大橋氏は、ロイターに対し、招致委から支払われた資金については、招致に関わる国際情報を分析することが主な目的だったと答えた。
高橋氏に招致委が支払った資金や森元首相の嘉納治五郎センターによる招致活動などについて、組織委は関知していないとしている。森氏自身はロイターの質問に答えていない。
また、IOCは個別の団体間で支払われた資金やIOC委員への贈答品については認識していないとしている。
招致委によるこれらの資金の支払いについては、日本の月刊誌「FACTA」が最初に報じた。
<IOCは「自らも犠牲者」>
JOCは外部の専門家による調査チームを発足させ、2016年8月に調査報告書を公表、招致委による契約内容や締結過程について国内の法律に違反することはないと結論づけた。 同報告書は高橋氏や嘉納治五郎センターへの支払いについて触れていない。JOCは、招致委とは別組織であり、同センター及び高橋氏に対する支払いについては「当初から承知していない」と答えた。
しかし、企業などの不祥事に関する第三者委員会の調査報告書を評価する「第三者委員会報告書格付け委員会」は同報告書について、調査が不十分である、と指摘している。
五輪招致をめぐる贈収賄疑惑の追及は、ロシア選手ドーピング隠ぺい問題も含め、フランス検察当局が続けている国際スポーツ汚職事件の捜査の一環で、日本政府は全面的な協力を約束している。
しかし、ロイターが閲覧した仏検察の捜査記録によると、昨年6月まで捜査を指揮していたルノー・バン・リュインベック判事は、日本の検察当局からの情報は仏側が求めていた全ての情報ではなかった、と非公式に語っている。同判事、そしてこの事件の現在の担当判事もロイターの質問には答えていない。日本の法務省もロイターの質問に対しコメントを控えている。
IOCは、仏司法当局に全面的に協力し、捜査プロセスの「秘匿性を尊重する必要がある」とする一方、IOC自体が被害者であり、何らかの賠償を求める可能性もあるとしている。
日本政府はロイターの質問に対して「コメントを差し控えさせていただきたい」(西村明宏官房副長官)と回答。日本政府としての説明責任については「招致活動の主体となっていたJOCおよび東京都において説明を行うべきものと考えている」(同)と述べている。東京都のコメントは得られていない。
(取材協力:Daniel Leussink, Sam Nussey, Gabrielle Tetrault-Farber in FRANCE and RUSSIA, Edward J. McAllister in SENEGAL 編集:北松克朗、Peter Hirschberg)私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」