所得水準の開きは「3倍」!?知られざる東京23区の格差
港区「904万円」、足立区「323万円」。実にその差は、3倍に近い――。
これは、総務省発表による2012年の所得水準(正しくは、納税義務者1人あたりの課税対象所得額)のデータの一部である。
読者の中には東京都に住んでいる人も多いと思う。中でも東京23区は、まさに日本の首都・東京の顔とも呼べるエリアだ。このエリアの住民の中には、ある種のステイタスを感じている人も少なくないだろう。
ところが、日本にあまたある自治体の中で「一人勝ち」とも揶揄される東京23区にも、実は大きな「格差」があることをご存じだろうか。その一例が、前述し た港区と足立区の「所得格差」なのである。いささか煽り気味の面も「なきにしも非ず」ではあるが、一極集中が進んでいるはずの東京の内部にすら、大きな格 差が存在していることが、ここに端的に示されている。 我々一般社団法人東京23区研究所は、常日頃から調査・研究、データベースの構築などを通じて、 東京23区に関する情報を提供している。その研究成果をまとめ、この11月に新著『23区格差』(中公新書ラクレ)を上梓した。今回は数ある調査結果の中 から、世間の注目が高いと思われる東京23区の「所得格差」について紹介したい。
自分が住んでいる区の住民は、所得が高いのだろうか、それとも低いのだろうか――。それを知ることは、あなた自身の「暮らし」を意識する上で、1つの目安になるだろう。
ちなみに、冒頭で紹介した所得水準は、前述の『23区格差』でうたった数字だが、現時点での最新データは2013年のものであり、それによると港区は 902万円、足立区は324万円となっている。ほんの少しだけ格差が縮まったものの、大勢に影響はない。また、他の区についても同様に大きな違いは見られ なかった。そこで本稿においても、同著で紹介した2012年の数値に基づき、論を進めていくことにしたい。
「23区格差」と聞くと、たとえ ば金満と貧困といった単純な比較が思い浮かぶかもしれない。「格差」という言葉に何となく抵抗感を覚える読者もいるだろう。筆者としても、格差全てを肯定 するつもりはない。絶対的な格差は、是正していかねばならない対象である。しかし、格差が全くなくなった社会は薄っぺらな世界だ。後述するが、少なくとも 東京においては、格差の分だけ懐の深さがあり、そこに東京のパワーの源泉が潜んでいるのだ。
では具体的に、東京23区の所得格差の実態 は、どのようになっているのだろうか。左のランキングをご覧いただきたい。高い順から言うと、前述した港区の904万円を筆頭に、700万円台が千代田 区、600万円台が渋谷区、500万円台が中央区、文京区、目黒区、世田谷区、400万円台が新宿区、杉並区、品川区、豊島区、それ以外は全て300万円 台となっている。最下位は、こちらも前述したように、足立区の323万円だ。この結果を見て、あなたは意外だと思っただろうか。それとも、想像通りだと 思っただろうか。
ただし、このランキングを見るにあたっては注意すべきことがある。東京の内部所得格差を論じるとき、まず確認しておかね ばならないのは、そもそも全国的に見れば、東京全体が飛び抜けて所得水準が高いという事実である。東京23区の平均所得水準は429万円で、全国平均 (321万円)を1.3倍以上も上回っている。参考までに言うと、都道府県別で全国2位の神奈川県は367万円だ。23区のランキングと見比べると一目瞭 然だが、全国2位の神奈川県は16位の台東区よりも下になる。
23区で最下位の足立区でも全国の所得水準では大阪市より“上”
次に、23区中最下位の足立区とトップの港区の給与水準には、どんなトレンドがあるのか、詳しく見てみよう。
まず足立区の給与水準の見方については、前述の東京全体のケースと同じく、注意が必要だ。足立区は過去の地域的な特性や人口動態の影響などの影響もあるた めか、23区中で所得水準が最下位となっているが、全国812の市区(区は23区だけで、政令指定都市の行政区は除く)の中で見ると157位。これは、大 阪市(192位)や札幌市(285位)よりも所得水準が高い。
俗に「ニッパチの法則」と言われるが、812市区中ちょうど上位2割のランクにあたる162位の宮崎県日向市の所得水準は320万円。全国平均とピタリと一致する。足立区はこれより上位にあるのだから、全国的に見れば立派な「勝ち組」に属することになる。
もう1つ、誤解が生じないよう説明をつけ加えておこう。繰り返しになるが、本稿で言う「所得水準」の分子は課税対象所得額である。サラリーマンの場合な ら、額面支給額から給与所得控除額を差し引いた金額で、暮れになると手渡される源泉徴収票の「給与所得控除後の金額」にあたるものだ。単純計算で足立区の 平均所得水準323万円を、サラリーマンの額面支払額に直すと471万円。しかも、パートタイマーなどを含む税金を納めた人すべての平均なのだから、世帯 を支える大黒柱ともなると、もっと額面金額が高くないと「足立区並み」にはならないことになる。
港区民の平均所得が以前は1127万円もあった理由
一方、港区はどうか。最下位の足立区よりも港区は3倍近く所得水準が高いが、実は、足もとの所得水準は過去と比べて低水準にある。港区の所得水準はリーマ ンショック後大きく落ち込んでいるものの、2008年には何と1127万円に上っていた。なぜ、これほどまでに所得水準が高いのか。
右のグラフをご覧いただきたい。折れ線グラフが港区の所得水準の推移だ。参考として、各年の人口増加率を棒グラフで併記している。グラフは1997年からの記載だが、1990年代後半を通じて700万円前後の横ばい傾向が続いていた。
港区の所得水準が上昇を始めるのは、2000年以降のことである。今では飛ぶ鳥を落とす勢いの港区が、現在の繁栄を見せるようになるのも21世紀に入って以降のこと。実は、港区の繁栄は結構歴史が浅い。詳細は著書『23区格差』に記したが、所得水準もその例外ではない。
グラフに話を戻そう。1999年~2008年までの9年間で、港区の所得水準は61%も上昇した。この間の23区全体の上昇率は6%であることから、まさ にケタが違う。と同時に、港区では所得水準の上昇と対をなすように人口の増加も続いたことを、図から読み取ることができる。
港区は地価も 高いし、生活コストも高い。そんな港区でも住宅を購入できる、あるいは高い家賃を支払うことができる高額所得者が増え、その結果「富の集中」が進んでいっ たのだ。現在の港区の住人を突き動かしたのは、経済的な価値よりも、都心に暮らすという生活価値の再発見にあった。「都心ライフ」と呼ばれる新たなライフ スタイルの体現が、「富の集中」の原動力となったのである。
この動きに輪をかけたのが、2003年4月の六本木ヒルズオープン以降、港区 内で相次いで行われた再開発だった。超高級レジデンシャル機能を併設した大規模な「タウン型」再開発施設を舞台とする、リッチでトレンディな暮らしは、メ ディアに大きく取り上げられ、港区のブランド力を一層高めていく。港区の所得水準が2004年以降、急カーブで上昇するのはこのためだ。
「僕 が住んでいる区の所得水準は、こんなにも低かったのか」「私の区は意外と高所得者が多いんだな」――。これまでの分析を読んで、がっかりした人、気分を良 くした人もいるだろう。しかし、所得格差を知ることには、そうした表層的な評価軸よりも、認識しておかなくてはいけないもっと奥深い意義がある。23区の 所得格差が意味するものとは、何だろうか。
たとえば、都心ライフを求める動きが大きな潮流となっているのは、前述の港区と同様、千代田区や中央区でも人口が急増していることに示されている。その結果として、港区ほどではないにしても、千代田区でも中央区でも「富の集中」が進んでいる。
しかし近年、千代田区では番町や麹町よりも神田で、中央区でもウォーターフロントの再開発エリアより日本橋で人口の伸びが高い。この事実は、「つくられた ブランド」を超え、自分たちが主役になれる都心生活を求める人が増えている様相をうかがわせる。「都心ライフ」は、第二段階に入りつつあるようだ。
同時に、「山の手ライフ」も「下町ライフ」も、新たな発展を模索している。白金や麹町での都心ライフと神田や日本橋での都心ライフが異なるように、同じ山 の手、同じ下町でもそれぞれの街にそれぞれの特徴がある。それは東京が、格差を個性に変えるダイナミズムを有しているからに他ならない。
「格差」で終わるのか、それとも「個性」に変えられるか?
現状にとどまっていれば、いつまで経っても格差が開いたままだ。だが、格差に動きが加われば個性に変わる。大切なのは、住民が街の個性と自分たちの個性をマッチングさせることにある。著者が考えるその方法については、拙著『23区格差』で詳しく述べている。
この冬、ボーナスが出た人も出なかった人も、額が多かった人も少なかった人も、「港区904万円」にため息をつくのではなく、「所得格差」を「所得個性」 に変えるチャレンジを模索してみてはいかがだろうか。それができる人は真の意味で、自分が住む地域を愛し、生活を楽しむことができる人であるはずだ。