東北の年賀状16%減 被災の沿岸は4割に落ち込む

2012年元日に東北で届けられた年賀状は1億612万通(速報値)で、前年の83.6%にとどまったことが郵便事業東北支社のまとめで分かった。東日本大震災の影響で、あいさつを手控えたとみられる。沿岸部では宛先に届かない年賀状が多かった一方、年明け後に投函(とうかん)に訪れる被災者の姿もあり、従来とは違う年始の光景となった。
 元日に配達された年賀状は、東北6県全てで前年より減少した。宮城は2599万通で前年の75.2%。福島が前年の81.1%、岩手が82.2%にとどまった。全国も92.4%だった。
 津波被害を受けた沿岸部は、特に落ち込みが大きかった。4市町を管轄する石巻支店(宮城県石巻市)は約112万通と、前年の約40%どまり。釜石支店(岩手県釜石市)も約40%、原町支店(福島県南相馬市)は43%と少なかった。個人だけでなく、企業向けのあいさつも差し控えられたとみられる。
 宛先に届かなかった年賀状は軒並み例年を上回った。釜石支店は約2000通で、例年の約5倍に上ったという。住宅が津波被害を受けて転居した後に、郵便物の転送届を申し込まなかった被災者が多いとみられる。
 原町支店は7日までに届けられなかった年賀状が、全体の2%に当たる約1万通に達した。高野稔業務企画室長は「福島第1原発事故の影響で避難先を転々とした方も多い。届けられない年賀状の多さに震災後初めての年始を実感した」と語る。
 郵便事業会社によると、東北の年賀状の引受数(7日時点の速報値)は前年の87.3%の約1億4697万通。宮城は81.5%、岩手は84.1%、福島は84.3%と、大きく落ち込んだ。
 石巻支店では、年が明けてからの年賀状の引き受けが例年より多かった。中旬に入っても投函が続いている。同支店では「津波で住所録も流され、年賀状が届いてから返信する被災者が多いのではないか」と推測する。
 転送届は窓口のほか、インターネットでも受け付けている。有効期間は1年。郵政事業東北支社は「震災直後に届け出をした人は、もうすぐ1年。延長が必要な方や、届けていない方は申し込んでほしい」と話している。
◎被災地でも新年の便り/謝意、決意思いを込めて
 つらい時だからこそ年賀状を書こう―。年賀状の配達数が減少した東日本大震災の被災地でも、心のこもった新年の便りが交わされた。送るはがきには震災時の心遣いへの謝意を込め、届く賀状は激励の思いにあふれていた。
 えとの辰(たつ)やツバキの花…。宮城県気仙沼市大峠山の主婦吉田とき子さん(60)の仮設住宅の玄関口には、カラフルな絵手紙が飾られている。全国の愛好家から送られてきた、心温まる年賀状だ。
 2年前に日本絵手紙協会(東京)の友の会に入会し、全国の仲間と交流してきた。喪中のため、年賀状は出さなかったが、会員からは約30枚が届いた。
 「お辰者(たっしゃ)で」「平和な年になりますように」。添え書きには吉田さんを気遣う言葉が記されていた。吉田さんは「思いが詰まった絵手紙を見て、頑張ろうという気持ちになった」と語る。
 同市本吉町の仮設住宅に住むワカメ養殖業三浦昌美さん(58)は津波で自宅が流失し、昔の年賀状や住所録を失った。頼りになったのが、震災時、支援物資を送ってもらった際に記されていた住所。感謝を込め、例年より4割ほど少ない約70枚の年賀状を県内外の友人知人に書いた。
 三浦さんは「『おめでとう』という言葉は使わなかったが、感謝の気持ちは何としても伝えたかった」と言う。
 100世帯以上の気仙沼市民が暮らす一関市千厩町の仮設住宅。自治会副会長の黒沢良一さん(61)は、同じ仮設住宅の住民に年賀状を送った。
 「春になれば 花は咲くから みんなで頑張ります」。はがきには、苦難を乗り越えて共に復興を成し遂げていこうという決意を込めた。
 受け取った無職佐藤利男さん(66)は「同じ境遇の住民からの年賀状だからこそ、気持ちが十分伝わってきた。うれしかった」と話した。

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