「酒造り技術が世界で評価され、酒造りに携わるものとしてうれしく思う」。ユネスコ無形文化遺産への「伝統的酒造り」登録決定を受け、浦霞醸造元の佐浦(宮城県塩釜市)の佐浦弘一社長(62)は喜びをかみしめた。(塩釜支局・佐藤駿伍)
佐浦は1724年に創業し、今年で創業300年の節目を迎えた。看板商品の純米吟醸酒「浦霞禅」をはじめ、南部杜氏流の技術を生かした伝統的な酒造りを継承してきた。
こうじ菌を使った発酵の工程は、目指す酒質や香味によって菌の振りかけ方や量、温度などが異なる。佐浦社長は「酒造りは『一麹(こうじ)、二酛(もと)、三造り』の言葉通り、こうじ造りが香味を決める。日本の歴史の中で洗練されてきた技術で、継承の面でも登録は素晴らしい」と語る。
海外への魅力発信に向けた期待感も高まる。佐浦は2000年ごろから本格的に海外への輸出を開始。昨年は製造した日本酒の約5%ほどを米、英など30カ国以上に輸出した。
佐浦社長も業界団体と連携しながら日本酒セミナーやイベントなどで日本酒の普及に励む。ただ「徐々に『SAKE』(日本酒)の認知度は高まってきたが、ワインなどと比べるとまだまだ世界の市場規模は小さい」とみる。
「和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的に知名度が高まった。今年は大阪万博もあり、酒蔵ツアーなどで日本酒を含む国酒の魅力を広く伝えるきっかけになればいい」と期待を込めた。
個性競う酒蔵、文化継承とファン獲得の意欲新た
「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された5日、東北各県の酒蔵からは喜びの声が相次いだ。日本古来の技術を磨き上げてきた蔵元は、日本酒文化の継承や海外でのさらなるファン獲得を誓った。
乳酸菌を自然増殖させ、じっくり酵母を育てる伝統製法「生酛(きもと)造り」一筋で酒造りをする大七酒造(福島県二本松市)の太田英晴社長(64)は「伝統の中でも伝統の製法に打ち込んできた。評価されたことがとてもうれしい」と喜びをかみしめた。
生酛造りは、微生物の存在も知られていない300年以上前に生まれたとされる。太田社長は「米を放っておいても酒にはならず、日本酒造りには非常に技巧的な人間の英知が注ぎ込まれている」と胸を張った。
「先人たちが紡いだ酒造り文化が世界的に認められた。これを機に、さらに海外の日本酒ファンを増やしたい」と意気込んだのは、八戸酒造(青森県八戸市)の駒井秀介専務(46)。近年は一般的な「黄麹(きこうじ)」だけではなく、焼酎の製造に用いられる「白麹(しろこうじ)」を使った日本酒造りにも取り組み、スパークリング日本酒も売り出している。
東日本大震災で被災し、岩手県大槌町から盛岡市に移転した赤武酒造は、南部杜氏(とうじ)の伝統を守りながら、時代に合わせた酒造りに力を入れる。6代目の古舘龍之介専務(32)は「文化遺産登録を弾みに、若者ら日本酒になじみのない層にも好かれるフルーティーで、すっきりした酒を提案していきたい」と話した。
東北が後れを取るインバウンド(訪日客)獲得への追い風になると、期待する声も上がった。
出羽桜酒造(山形県天童市)営業部の鴨田直希輸出担当長は酒蔵ツーリズムに触れ「日本酒は食や陶芸といった地域のさまざまな文化と接点がある」と強調。「観光客をさらに引き付け、山形を『日本のボルドー』にしたい」と、仏ワインの銘醸地を目標に据えた。
米国や東南アジア、欧州向けの輸出を積極的に手がける浅舞酒造(秋田県横手市)の柿崎常樹社長(65)は「(文化遺産登録が)大きな後押しになる。日本酒がワインやウイスキーに並ぶ地位を確立する契機になってほしい」と願った。