深刻な少子化に直面する韓国は外国人労働者の導入を急いでいるが、同時に人種差別などの問題も多発している。ジャーナリストの竹谷栄哉さんは「韓国の経済力やソフトパワーが高まった反面、インドネシアやタイといった東南アジアの国々との間に、感情的な対立が生まれている」という――。
■韓国人男性の「差別発言」がインドネシアで大炎上
「なんて醜い顔だ」――。
ビデオチャットアプリで韓国人男性がインドネシア人女性に、差別的な言葉を投げつける、という動画がインドネシア国内で大炎上したことがある。
主なやり取りは以下の通りだ。
■「韓国人がインドネシア人よりも上」と発言
韓国人男性「俺は気に入らない。私もアジア人、あなたも同じアジア人であることが。これはよくない。なんて醜い顔だ」
インドネシア女性「あなたはこの会話が録画されているのがわかっていますか? あなたがインドネシア人を侮辱したことがみんなにわかるようにそうしています」
韓国人男性「ああ、いいよ。気にしない。私は韓国人がインドネシア人よりも上だっていつも考えている」
インドネシア女性「上というのはどう言う意味?」
韓国人男「GDPや経済、多くの点でだよ」
インドネシア女性「あなたは(この動画が公表されれば)インドネシアでものすごく有名になるわよ」
韓国人男性「気にするもんか」
インドネシア女性「あなたはこの動画がYouTubeにアップロードされても問題ないってことでいいのね。インドネシア人がどう言う反応をするか見るといいわ」
韓国人男性「これは人種差別か」
インドネシア女性「は? 人種差別ってあなたが韓国人の方がインドネシア人よりも上だって言ったんじゃない。」
■インドネシア人からの抗議コメントが殺到
このアプリは「出会い系」の目的でも使用されることがある。本来、韓国人男性とインドネシア人女性の私的なやり取りであったと見られる。
だが、インドネシア人女性が動画をネット上にアップロードし、SNSを中心にインドネシア世論が沸騰した。
韓国人男性のインスタグラムアカウントには、インドネシア人からの抗議コメントが殺到。インドネシア国内の各メディアも「韓国人がインドネシア人に持つ差別感情」という文脈でこぞって大きく取り上げた。
その後、韓国人男性は自身のアカウントで謝罪。本人のものと思われるアカウントには「Stop bulling me. I love Indonesia.(私をいじめるのはやめてください。私はインドネシアを愛しています)」と言うコメントのみがアップロードされ、事実上停止に追い込まれている。
■韓国人男性が悪いと決めつけることはできない
やり取りは英語で行われており、韓国人男性もインドネシア人女性も英語のネイティブスピーカーではない。韓国人男性の差別発言が語学力の不足によるものであった可能性や、そもそも「売り言葉に買い言葉」だった可能性なども否めず、一概に韓国人男性が悪いと決めつけることはできない。
ただ、いまはネット時代であり、ビデオチャットアプリでの会話は簡単に録画されネット上に流通する。韓国人が男性がそのことを知らなかったはずはない。
なのに、相手を挑発するような物言いをしたことは、どこか確信犯的に見えるため、「人種差別発言だ」と反発されても仕方ないだろう。
■「韓国人は東南アジアに対してあまりにも人種差別的だ」
この韓国人男性の動画が拡散、炎上したのは約3年前の出来事だが、実は近年、このような韓国人による「インドネシア人差別」が批判の的になる事件が立て続けに起きている。
「インドネシア人は肌が黒い。東南アジアで最も醜く、脂肪もたっぷり」。
今年に入ってからも、インドネシアの話題を扱う韓国語のコミュニティサイト内で、インドネシア在住の韓国人労働者が、上記のようなインドネシア人とイスラム教についての人種差別的なコメントを相次いで投稿していた事実がネット上で拡散している。
これに対して、ネット上ではインドネシア人から「韓国人は東南アジアに対してあまりにも人種差別的だ」といったコメントが多く寄せられていた。
■タイ人を入国拒否する事例が続出
どうも東南アジアで「韓国人が人種差別的だ」という認識を持っているのは、インドネシア人に限った話ではないようだ。
特にタイのような国では、「嫌韓感情」が韓国への旅行客減少という実害に表れるレベルに達しているという。
韓国への入国審査において、このような質問がタイ人に投げかけられ、回答が不明確とみなされた場合は入国拒否となるという事例が昨年来続出しているという。
■約1万人ものタイ人が韓国旅行をキャンセル
韓国政府は、外国籍の入国者が韓国に入国する際、事前に登録して許可を得る「K-ETA制度」を21年9月から開始している。ただ、複数の報道によると、この許可を得られず韓国旅行をキャンセルすることになったタイ人観光客が、2023年には約1万人にも達したことがわかっている。
このK-ETA制度については、昨年、タイ政府の高官とその家族さえも不承認になり話題となった。
さらに、昨年にはタイ人の有名インフルエンサーが韓国の仁川国際空港で不法労働者とみなされ強制送還された事件も起こり、昨年から今年にかけて、タイ国内の反韓感情と韓国旅行に対する不信感が高まった。
タイでは「BAN KOREA(韓国禁止)」のハッシュタグがSNS上で拡散し、世論が韓国批判に大きく傾いた結果、韓国への旅行者が激減してしまった。
■韓国を訪れるタイ人観光客は約2割減少
韓国の有力紙、中央日報が7月30日に報じた記事によると、韓国政府の発表では、韓国を訪れるタイ人観光客は7カ月連続で減少しているという。
今年6月に訪韓したタイ人観光客は2万150人と、昨年同月より19.5%も減少した。
6月に訪韓した外国人観光客の総数が141万7000人と、昨年同月より47.5%増加しているのとは対照的な結果であり、訪韓外国人の中で約2割も減少したのはタイのみという。
なお、今年上半期の累積観光客数では、タイ人は16万8328人と、昨年同期より19.1%減少しており、引き続き減少傾向にある。
コロナ禍以前、タイは東南アジアの中で訪韓観光客数1位の国だったが、それから考えると相当な落ち込みといえよう。
■日本と台湾に流れている
ちなみに、韓国行きをやめたタイ人観光客がどこに流れているかというと、ノービザで観光できる日本と台湾だという。
日本の観光庁によると、今年1~4月に日本を訪れたタイ人観光客は、前年同期比27.5%増の46万6000人と、韓国を訪れたタイ人観光客の3.9倍にも上った。
コロナ禍前の19年4~9月に日本を訪れたタイ人観光客は51万3000人と、韓国を訪れたタイ人観光客の約2.5倍程度だったが、その差が拡大したというわけだ。
反面、タイを訪れる韓国人観光客は増加の一途を辿っており、タイ人からすればギャップを感じる場面も多いと推測される。
■韓国で急増する「タイ人の不法就労」
タイ人に入国制限をかければ、観光業に大きな打撃を与えることは韓国政府も当然理解していたはずだ。どうしてこのような厳しい規制を実施しているのか。
その背景にはタイ人の不法就労者の多さがある。
韓国政府によると、韓国で合法的に働くタイ人の数は約1万8000人。これに対し、不法就労しているタイ人は14万人にも上ると言われている。
タイ人観光客が日本に流出している問題について、韓国のネット民からは「日本に不法滞在するタイ人が増えそう」「不法滞在者になるなら来ないほうがマシ」などいうコメントが見られたが、その背景には上記のような事情がある。
■韓国の合計特殊出生率は0.72
そもそも、韓国で不法就労者がこれほど増えたのは、韓国社会がいま極度の少子化に直面していることが遠因になっている。韓国政府は今年2月、2023年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子どもの推定人数)が、過去最低の0.72だったと発表した。
経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で、出生率が1を下回るのは韓国のみだ(日本は同年で1.20)。
韓国で23年に生まれた子供の数は約23万人で、10年前と比べて半分近くまで減少し、こちらも過去最低を記録した。
韓国の少子化の原因には、就職難や都市部の地価高騰、多大な教育費負担といった経済的要因などがあるとされる。
韓国政府は06年から少子化対策を本格化させ、21年には総額280兆ウォン(約30兆円)もの巨額予算を投じてきたが出生率低下を止めることはできなかった。
このような中で労働者の確保が困難になった結果、外国人労働者の受け入れが進んできたと言うわけだ。
■約18万5000人ものタイ人が韓国で働く
韓国での外国人労働者の受け入れ制度である「雇用許可制」が始まったのは2004年だが、23年5月時点での外国人労働者数は前年比9.5%増の92万3000人で過去最多を記録した。
特に農業や漁業といった第一次産業では深刻な人手不足が目立つといい、それをタイ人などの不法就労者が支えているケースは少なくないと見られる。
タイ外務省のデータによると、国外で働いているタイ人は合法、不法含めて少なくとも46万人いるとされる。その行き先のトップは韓国で約18万5000人に上る。
タイ人の不法滞在者はタイ語で「ピーノイ(小さな幽霊)」と呼ばれており、約6万4000人と言われる中国人不法滞在者の2倍以上だという。
タイ人の不法滞在者は雇い主からすれば賃金も安く使い捨ての労働力となるが、多くはタイでの月給が約1万バーツ(約5万円)程度の低所得層であるため、韓国で倍以上のお金を稼げるなら、不法就労のリスクを冒してでも行くメリットがある、と言うわけだ。
■日本より高い「月給27.1万円」で外国人労働者を集める
韓国政府は外国人労働者の受け入れを急拡大している。雇用許可制を緩和し、21年に5万人程度だった年間上限を、23年には12万人にまで引き上げたほか、24年には16万5000人まで拡大する計画だ。
日本や台湾との人材獲得競争に勝つため、賃金も高く設定されているという。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、22年時点で日本の技能実習生の月給が21.2万円、特定技能が24.6万円なのに比べ、韓国の低熟練労働者(製造業)は27.1万円と高い。台湾は低熟練労働者(製造業)では14.3万円と大きく水をあけられている。
■直接投資額で韓国がアメリカ、日本を抜いて第3位
嫌韓感情がインドネシアで高まっている現象について冒頭に紹介したが、その背景として、インドネシアにおいて韓国の経済的なプレゼンスが高まっていることもある。
JETROのレポートによると、2023年の韓国によるインドネシアへの直接投資は、2004年に比べて約30倍になっている。2024年第2四半期の直接対外投資では韓国が13億米ドルと、アメリカの9億米ドル、日本の8億米ドルを抜き、シンガポール、中国に次ぐ3位となった。
インドネシアのバフリル投資調整庁長官(当時)は「韓国が日本を抜いた。いつもは日本の方が投資額が多いので、これは非常にダイナミックだ」と驚いたという。
これに加え、K-POP、韓国ドラマなど文化面、ソフトパワーも強いため、インドネシアにおいて日本の存在感が相対的に弱くなっている感は否めない。
インドネシアやタイにおいて嫌韓感情がクローズアップされるのは、このように韓国の経済力が伸び、国外でのプレゼンスが高まる中で生まれているものだろう。
こうした問題は日本人が経験してきたものでもあり、現在でも自重した振る舞いが求められるのは言うまでもない。他山の石とすべきだろう。
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竹谷 栄哉(たけや・えいや)
フリージャーナリスト
「食の安全保障」をはじめとした日本国内の話題に加え、東南アジアの幅広い分野をカバーする。
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(フリージャーナリスト 竹谷 栄哉)