検索結果に表示される逮捕歴、グーグルに削除命令 日本でも「忘れられる権利」の議論は進むか

逮捕歴が表示され続けるのはプライバシーの侵害だとして、北海道の男性がGoogleに検索結果の削除を求めた裁判で、札幌地裁は12日、原告の主張を認め、一部の削除を命じた。

 原告の男性は2012年に強姦の容疑で逮捕されたものの、嫌疑不十分として不起訴処分になっていた。Google側は「時効は10年であることから、起訴の可能性がある」「検索するものは限定される」「情報には不起訴の事実も表示されているため、原告に不利益ではない」「逮捕事実は公共の利害である」などと主張していたが、裁判所は、不起訴処分になって以降も同僚に逮捕について尋ねられるなど、生活上の不利益を被ってきたという男性側の不利益の方が大きいと判断したのだ。

 ただ、今回の判決では全てが削除になったわけではなく、判決に納得していない男性側は控訴の方針を明らかにしている。また、男性の代理人弁護士は「不起訴だったから削除要請が認められた。“忘れられる権利”に触れられた判決ではない」と話している。

 検索エンジンをめぐっては、この「忘れられる権利」が国内外で議論されてきた。罪を償い、社会復帰してもネットに残り続ける犯罪歴は削除されるべきなのか、それとも残すべきなのか、という問題だ。ネット上には「過去の行いは消せないにしても、ほじくり返されるべきではない」「強姦、幼児性虐待者とかは忘れられちゃ駄目」「悪いのは、逮捕だけで実名報道をして、逮捕報道をかき消すほどの訂正をしなかったメディア」など、様々な意見がある。

 実際、児童買春の疑いで逮捕され罰金の略式命令が確定した男性がGoogleに記事の削除を求める仮処分を申し立てた裁判では、最高裁が2017年1月、「プライバシーを公表されない利益が明らかに上回る場合に限って削除が認められる」との判断を示し、男性の申し立てはこれを満たしていないとして削除を認めなかった。その際に示されたのが、(1)当該事実の性質・内容(2)その人の具体的な被害の程度(3)その人の社会的地位・影響力(4)記事などの目的・意義(5)社会的状況(6)事実を記載する必要性、というポイントだ。

 これを踏まえた上での今回の札幌地裁判決について、プライバシー権に詳しい中央大学の宮下紘准教授は「これまで裁判所が指摘した例を見ると、検索エンジンというものは我々の日常生活を支える情報のインフラ基盤で、自由な情報ツールであればこそ真実を知ることができるし、真実を隠すことは表現の自由に反する。Googleは表現の自由を守るため、裁判をしてでも削除すべきではないというスタンスを取ってきた。一個人と、強力な弁護団を付けてくる、世界をリードする大企業Googleとの争いだ。そのような中で裁判官は両者を対等に見て、表現の自由と知る権利、一般市民が情報にアクセスする利益と削除を求める人のプライバシー権、両者を天秤にかけた上で事件のケースバイケースで判断している状況だ。検索結果の削除請求をめぐる裁判はこれまでも様々なものがあったが、基本的に削除は認められてこなかったし、過去の犯罪報道などについても認められないというのが流れだった。今回、それを覆し、プライバシーを重視したという点で、かなり貴重な判例になったと思う」と話す。

 また、約20年の服役を経て、現在は元犯罪者に対して支援を行うNPO法人「マザーハウス」の五十嵐弘志理事長も、今回の判決について、「彼が社会の中で生きていくためにも、こういったものは削除するのは当然ではないかと思う」とコメント。その上で、前科のある人についても、「もちろん罪を犯した人が一番悪い。しかし刑期を終えて社会的責任を果たしたにも関わらず罰し続けるということはいかがなものだろうか。当事者はそこで悩んだり苦しんだりしている」と指摘する。

 五十嵐氏によると、傷害致死で数十年服役し、不動産業の会社に就職した40代男性のケースでは、同僚が男性の名前を検索したことで経歴が露見。「犯罪者と一緒に働けない」と上司に訴えられたほか、職場付近で発生した窃盗事件の犯人ではないかと疑われたこともあったという。男性は建築関連の会社に転職、営業を担当しているが、不安を覚え“通称名”を使っているという。

 「彼の名前を検索すると事件のことが出てくる。窃盗事件の時には、僕のところに“やっていないか”と警察から連絡が来た。僕は“絶対にそういうことはない”と言った。たまたま社長さんと一緒に行動していたのでアリバイが証明されたが、もしも1人でいたらどうなっていたか分からなかった。運転免許証は本名なので、誰かを隣に乗せて運転することはしていないし、結婚などについてもブレーキがかかってしまうという。彼自身、罪の重さを悔いているし、社会で生きていくためには仕事もしなければならない。それができないために、再び罪を犯してしまう人もいる」。

 こうした問題に直面するのは、犯歴のある人だけとは限らない。紗倉まなは「デジタルタトゥーという言葉があるように、なかなか消すことができない。私の仕事の場合も、販売サイトから作品を削除してもらうことはできるが、ネット上に履歴は残り続ける。みんな自分で選んだ道だから覚悟はしていると思うが、出産や結婚など、新しい人生を歩むときに気持ちが変化することもある。みんなが知ろうとすることに集中している時代なので、リテラシーも問われる部分があると思うし、後から対応できる状況になった方がいいと思う」とコメント。テレビ朝日の平石直之アナウンサーは「テレビ朝日のニュースサイトの場合、事件記事については一定期間で消える仕組みになっている。また、不起訴になった場合は、その事実だけを残し、過去の記事をすべて消すことで対応している」と説明した。

 宮下准教授は「忘れられる権利はヨーロッパで発展してきた権利で、2014年にEUの司法裁判所がスペイン人男性の過去の金銭トラブルに関する検索履歴の削除を認めたことが議論の始まりだ。今日までにヨーロッパでは300万件以上のWebサイトがプライバシーを侵害していたとして消されている。これに対して表現の自由を重視するアメリカでは忘れられる権利というものは基本的になく、性犯罪の被害者側が新聞報道を消してくれと求めた裁判では連邦最高裁が“被害者であっても真実を消すことはできない。それほど表現の自由は強い”とまで言っている。ただ、カリフォルニア州では未成年者がSNSで投稿したものについては忘れられる権利をいつでも行使できるという新しい州法ができるという流れもある。私たちもプライバシーをどこまで重視すべきなのか、どこからが公益性があるものとして残しておくべきなのかという議論を続けなければいけないし、メディアや事業者は削除フォームでリクエストを受け付け、それぞれの事例を判断していくことが責任になっていくと思う」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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