欧米では一般的なアフターピル、“コンドーム大国”の日本では普及しない特別な理由

「避妊」と聞いて、その手段としてまっ先にコンドームを思い浮かべる日本人は多いはず。一方、欧米ではピルの使用が一般的で、薬局で処方箋なしでもアフターピルが買える国も多い。何故、日本ではピルやアフターピルが普及しないのだろうか。

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「先日、バヌアツという国の避妊事情について解説している記事を読みました。同国では避妊の選択肢が日本よりも多い。ホルモン剤注射やピルなどの避妊薬の普及率が40%前後もあり、きちんとした避妊薬に関する講習会も行われているそうです。南太平洋の小さな島国でさえ様々な避妊法が普及しているのに、日本はどうでしょうか。そもそも日本は認可されている避妊法の選択肢自体少ない。アフターピルは2011年に認可されましたが、先進国で最も導入が遅く、その後も広く普及しているとは言い難い状況。日本の避妊法の現状は遅れていると言わざるを得ません」

 そう語るのは、正しい性の知識の啓発活動を行っているNPO法人ピルコンの染矢明日香理事長。アフターピルとは、排卵を遅らせたり、子宮内膜(受精卵が着床する部分)の状態を変化させることで妊娠を防ぐことができる緊急避妊薬のことで、毎日計画的に飲んで排卵を抑える低用量ピル(一般的によく言われるピル)とは別物だ。アフターピルはコンドームが破れる等避妊に失敗した時、性被害にあった時など、性行為の後できるだけ早く、一定時間内に服用することで高い確率で避妊ができる。アフターピルは日本ではあまり馴染みのない薬だが、欧米の多くの国では市販されている。

 染矢氏の指摘は、国連が発行している資料「World Contraceptive Use 2018」にも見てとれる。海外諸国で使用されている避妊法の割合は、アメリカではピルが13.5%に対して、コンドームは10.5%。フランスはピルが36.6%に対し、コンドームは7.0%に過ぎない。一方、日本は逆にピルが0.9%でコンドームは30.8%と、圧倒的にコンドームの使用割合が大きい。まさに“コンドーム大国”なのだ。

「そもそもコンドームは万全な避妊具ではありません。性感染症予防には有効ですが、使用時に破れてしまったりして、日本での年間の避妊失敗率は約18%にも上るといわれています。また、日本人男性の約6~7割が仮性包茎だと言われており、そういう人は特に正しく装着しないと外れやすいという問題もあります」(染矢氏、以下同)

 一方で、WHOのガイドラインによると、アフターピルの避妊失敗率は5%まで下がる。日常的な避妊法としては確実性に欠ける数字ではあるものの、24時間(遅くとも72時間)以内に服用すれば、女性の妊娠を高い確率で防ぐことができるという。

ピルへの偏見

 日本でアフターピルが普及しない原因の一つとして、染矢氏は“入手経路の問題”を挙げる。

「日本でピルを入手するには、産婦人科や婦人科の処方が必要で、このハードルが高いのだと思います。アフターピルの場合、性交後72時間以内に飲まなければなりませんが、そのタイミングで病院が開いているとは限りませんし、仕事を休めず診察を受けられない場合もあるでしょう。そもそも、人目が気になってしまうという声もあります。また、アフターピルの価格は医療機関によっても異なりますが、1.5万円ほどが相場のようです。ジェネリック薬も2019年3月に発売予定ですが、患者には1万円弱で届く価格になるのではと思います。一方、海外では、ドラッグストアで市販されていたり、イギリスやカナダ、スウェーデンなどでは無料で入手することもできます」

 また、日本では女性がピルを飲むことに対して、男性からの根強い偏見もある。

「ピルは避妊目的だけでなく、生理トラブルの治療のために保険適用で処方されることもあるのですが、日本で女性がピルを飲んでいると言うと、男性から“貞操観念が低い”なんて短絡的なイメージを持たれがちです。これは適切な性教育が行われていないせいもあると思いますが。また、ネットにはアフターピルの普及によって、一部の男性が悪用するのでは、と心配する意見もあります。女性のピル服用を口実に、自身の避妊をおろそかにする……といった形ですね。しかし、悪用を想定するならば、誰でも包丁を使うのと同じでキリがありません。包丁と同じように、アフターピル自体に罪はないはずです」

 女性の間にも、負のイメージはあるようだ。

「アフターピルを服用すると、気持ち悪くなったり、体に悪影響があると思いこんでいる人は多いかもしれません。たしかに吐き気などは未認可の中用量ピルを2回飲むという、いわゆる『ヤッペ法』でしばしば起こることです。しかし、現在、日本では『ノルレボ』というアフターピルが認可されていて、こちらは、頭痛や吐き気といった副作用の報告はそれぞれ10%程度で、しかも一過性のものであり、妊娠のリスクを回避できると考えれば、小さなものだと考えられます」

 もちろん、アフターピルの市販化を望む女性の声は少なくない。

「女性の避妊や健康をサポートするウィメンズヘルスケアの専門家団体『オーキッドクラブ』の調査(2012年)では、20~30代女性の12.3%が『アフターピルを使いたい状況』に直面した経験があると回答したといいます。別の調査でも、市販導入に対してのパブリックコメントは、348件中賛成が320件なのに対して反対はわずか28件でした」

 こうし

「生殖以外で性行為をするべきではない」という価値観

 アフターピルの市販化に向けた問題は、厚労省の検討会でも2017年に議論されたが、全会一致で否決され、その後も市販化の目処は立っていない。厚労省では2019年1月から、一部の医療機関が行っているアフターピルのオンライン処方の是非についての検討会を始めているが、仮にこれが認められたとしても、前述の通り内服のタイムリミットがある薬なだけに利便性の向上は限定的だ。

「WHOからアフターピルは必要とする全ての女性がアクセスできるようにすべきだと勧告を出していますが、2017年に厚労省で行われた検討会では、『(アフターピルの)安易な使用が広がる恐れがある』ということが懸念されていました。その根底には、生殖の目的以外で性行為することを是としない考えがあるのではと思います。私たちは普段、学校で性教育の講座を開いているのですが、学校側からは『性行為を奨励するような表現はやめてほしい』と言われたこともあります。また、『使用者や薬剤師のリテラシーが不十分』ということも市販化見送りの理由で挙げられていましたが、今やネットを通じて小学生から性情報に触れている時代。現実として多くの若者はすでに生殖を目的としない性行為をしているわけですし、そのリスクや対策の情報をきちんと得られる環境づくりが大切ではないでしょうか。」

 事実、海外ではまったく異なったアプローチで性教育が施されているといい、ともすればそれがアフターピル導入の“差”となって表れているのかもしれない。

「私たちは、海外の性教育の動画を翻訳するプロジェクトも進めています。その中には『あなたは大切な人とセックスをすることになりました。おめでとうございます』『セックスは心も体も満たされ心地よいと感じるものだし、そうあるべきものです』といったナレーションから始まる映像があります。私自身は共感しますが、日本ではそれをすんなりと受け入れない人もいるという気もします」

 さらには、アフターピルの市販化が認められない理由のひとつには、医療業界の構造上の課題も……。

「妊娠をして、中絶する場合は病院によって費用にバラつきはありますが、妊娠11週目までの処置であれば、8万円~25万円ほどの金額を提示している病院が多く、全身麻酔を使いますが手術時間自体は数分で済むもの。また、出産をするとなっても、その費用は病院にわたります。それに比べれば、薬代のコストがかかるアフターピルやピルの診療は患者への説明の時間がかかる上、病院の利益額は小さくなります。アフターピルがドラッグストアで市販されるようになると、病院の利益が減るという見方をする人がいてもおかしくないですよね。それは医療業界の構造上の問題だと思います」

 あらぬ偏見に利権話まで飛び出すこの問題、まだまだ市販化へのハードルは高いようだ。

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