人間の生命維持に欠かせない血管の全長は約10万キロメートル、地球2周半の長さだが、日本中に張り巡らされている水道管の全長は約66万キロメートル、地球16周分の長さになる。
その水道管が今、日本中で老朽化し、ボロボロになっているという。
日本の水道は危機だらけ
「水道管の耐用年数は約40年といわれていますが、とっくに還暦を迎えている。1年間で約2000か所、日本のどこかで毎日破裂している。水道管をすべて更新するには130年以上もかかります」
そう指摘するのは、世界の水事情に詳しく国連テクニカルアドバイザーも務めるグローバルウォータ・ジャパンの吉村和就代表だ。そして、
「人もモノもカネもないのが、日本の水道の現状です」
と問題点を指摘する。吉村代表に深掘りしてみると――。
足りない「人」とは。
「20年前は水道事業従事者は約8万人いましたが、現在は5万人を切っている。これの何が問題かというと、計画的に管路をつくるノウハウを持っている人がいなくなる。市町村のどこにパイプが通っていて、どこに水害が起こりやすいか、わかる人がいない」
足りない「モノ」とは前出の老朽化した水道管のことで、
「国土交通省は河川や橋に対して補修費を積み立てているが、(水道を所管する)厚生労働省にはまったくそういう考えがないんです」
足りない「カネ」とは、
「市町村などが運営する水道事業体の約3割が赤字なんです。水をつくるためにかかるコストが、売り値より高い。水なのに内情は火の車です」
人口が減り、水道使用量も減り、ペットボトル水も普及し、2008年に2兆5000億円あった収入は、10年後、2兆3000億円まで減少。
「官がやろうが民がやろうが、今の日本の水道を守るためには、水道料金を2倍から3倍に上げなければならない」(前出・吉村代表)という現状を打開するために政府が打ち出してきたのが、事実上の“水道民営化”だ。
水道事業の基盤を強化するためというのが政府の言い分。反対する野党は、水道料金の高騰や水質悪化、海外では失敗事例が多いなどと主張したが、両者の言い分は水と油。
結局、水道事業を事実上、民間企業に開放する改正水道法は6日、成立に至った。
安全な水道水を守る「コンセッション方式」とは?
「蛇口から出てくる水を直接飲めるのは、国連加盟国193か国中、16か国しかない」(前出・吉村代表)という日本の安全な水道水を守るため、法改正で注目されているのが「コンセッション方式」だ。
水道施設の所有権はこれまでどおり自治体が持ち、長期にわたる運営権を民間業者に売却し対価を受け取る方式。
「行政は予算制度なので素早く動けないが、民間であれば最初の10年間は投資をし、次の10年間で回収することができる」(前出・吉村代表)
というメリットを見越してのやり方で、静岡県浜松市は今年度から、下水道事業を民間に同方式で委託したという。
同市上下水道部の担当者に話を聞いた。
「料金の上げ幅を抑えるため、委託しました。民間企業が20年間運営し、計約86億円のコスト削減ができると見込んでいます。上水道についても、現在は年約10億円の黒字ですが、2020〜’21年には赤字化が見込まれるため、現在検討しています」
海外の失敗例も承知のうえで、仏パリの現状を視察したという。再び担当者の話。
「パリでは’85年から’09年まで約25年間、民間が運営をしましたが、その間に水道の漏水率が22%から4%と改善しました。水道料金も約2・7倍上昇していますが、設備投資によるものと考えられます。フランスでは他の自治体も民営化していますが、9割は契約を更新しています。ですから、今の日本の報道は偏っているように感じます」
南米ボリビアでは民営化による水道料金の値上げで暴動が発生し死傷者が出たり、米アトランタでは水質が悪化するなど、失敗例も少なくない。’00年から’15年までの間に、37か国235のケースで再公営化されている。
前出・吉村代表は、
「長期間、1社に任せると市場の競争原理が働かず、値上げやサービス低下につながる」
と問題発生の土壌を指摘。
それを避けるためには、
「コンセッション方式を行う場合は、国に準ずる査察権を持ったチェック機関が必要になる。行政のガバナンスをきかせるために、民間企業へ出向させることも重要です」
と水のプロとして提言する。
運用に成功している管理会社も
官民連携でうまく運用できている水道管理会社がある。広島県の『水みらい広島』だ。
「民間企業が65%、県が35%出資した会社で、県のガバナンスがきいている。8月の土砂災害でも、同社は24時間態勢で素早く復旧にこぎつけた」(前出・吉村代表)
同県水道課を取材した。
「’13年度から’16年度までの経費を公営時と比べたら、年間1700万円の削減ができています。IT化で業務の効率化を図っています。チェック機能としては県が毎月、監査に入り、事業水準が担保されているのか確認しています」
ただ頭が痛いのは、水道管などの更新に必要な2500億円。「市町村との広域連携を模索し施設を統廃合する」(同担当者)という。
香川県は今年、県と市町の17の水道事業を一元化した。
「広域連携でのスケールメリットを生かし、県内の浄水場71施設を、10年間で38施設にします。水道料金は2600円から4194円(月に20立法メートル使用した場合)と地域差がありますが、’28年度には2900円に統一していきます」
と同県広域水道企業団は手ごたえを感じている。
「コンセッション方式でビジネスが成立するのは、給水人口が50万人以上。日本の自治体の7割は給水人口が5万人以下。小さな自治体は見捨てられる可能性がある」
と前出・吉村代表。そのため広域化、統合化によって徹底的に無駄を省くことが水道事業には求められる。各自治体が値上げ抑制に奮闘しているが、日本水道協会の『水道料金表』によれば、ここ30年ほどで水道料金は約1・4倍になっている。
コスト以上に命と直結するライフライン水道に求められるのは安全性だ。
孫の代まで安全な水を守るためにも「水と安全はタダ」という日本的発想を再考する時期に来たようだ。