永遠に抜け出せない「ロスジェネ世代」の救いなき飢餓感

古谷経衡(文筆家)

 複雑と言おうか。悲しいというか。ロスジェネ世代に関する衝撃的なニュースが飛び込んできた。兵庫県宝塚市によるロスジェネ世代救済の施策である。

 就職氷河期世代(ロスジェネ世代)」とされる30代半ば~40代半ばの人を正規職員として採用する方針を明らかにしていた兵庫県宝塚市は30日、募集締め切りとなる同日までに計1816人の応募があったと発表した。募集人数の3人に対し、倍率は600倍強となった。(略)中川智子宝塚市長は取材に「予想を超える応募状況。それだけ多くの方が支援を必要としていると実感した」。さらに「宝塚市だけでは砂漠に一滴の水を落とすようなもの」と述べ、他の自治体や民間企業に就職氷河期世代の人々を安定的に雇うよう訴えた(2019年8月30日、朝日新聞、一部筆者による強調、言い換えなどあり)

 なんと悲しいニュースであろう。ロスジェネ世代がたった3人の応募枠の中に殺到する。砂漠に行って木に水を落とすようなものではなく、まさにカンダタに対する「蜘蛛の糸」ではないか。

 かくいう筆者も36歳で、いわゆるロスジェネ世代に当たる。団塊ジュニア世代とも呼ばれるこの世代は、バブル景気が崩壊し、民間各社が新規採用を絞り、「リストラ」の嵐が吹き荒れていた1990年代後半~ゼロ年代前半までに多感な青春時代を迎えた層であった。

 筆者は、関西の某私大に2001年入学、順調にいけば05年卒業(就職)の年代なので、まさにこのロスジェネ世代の飢餓感は他人事とは思えない。筆者の出た私大は、まず関西の中では知名度が高い部類に入り「就職に強い」などと自己喧伝(けんでん)していたが、いわんや文学部歴史学科と言う地味な学科での就職状況は厳しいものがあった。

 中世における荘園の多重構造を研究していたA君は、大阪にあるマヨネーズ製造会社の内定をもらった。荘園とマヨネーズ。私には、A君が学部とはいえ4年をかけて追求してきた史学のテーマと、マヨネーズがどう考えても結びつかなかった。

 土佐勤皇党の研究をしていたB君はキヤノン(東京本社)の内定をもらっている。土佐勤皇党とキヤノンもまた、筆者の中では自動車とマグロくらい、似ても似つかないものであった。南北朝動乱期における北朝研究に邁進したC君は、京都銀行の内定をもらった。北畠親房と京都銀行。これも正直いって何の相関性があるのか筆者にはよく分からない。

 みな、大学の4年間でやった研究テーマなどかなぐり捨てて、学校の知名度だけを唯一のよりどころとして、「へたな鉄砲数うちゃ当たる」方式で機械式にエントリーシートを出して、また相手側も本学の知名度のみをよりどころにして一定数の採用枠を設け、そこに滑り込んだだけのお話である。こう考えると、大学での高等教育って何なんだろうとさえ思う。それだけ、就職事情が厳しかったということだ。

 かくいう筆者はどうであったのかと言うと、そもそも不良学生で大学の必要卒業単位を大幅に取りこぼして、その結果大学を7年度目まで留年した人間の屑(くず)であるから、逆に泰然自若と言おうか、達観した感慨になって、必死になって就活している彼ら同級の学生らと距離を取って観察することができた。

1996年6月、大学卒業者の就職浪人を対象に開かれた就職面接会=東京都文京区の東京ドーム「プリズムホール」

 他には、京都府庁、京都市役所、大阪府庁、大阪市役所、関西圏の各小都市の市役所など公務員の道に進む者。関西アーバン銀行(現関西みらい銀行)、滋賀銀行、和歌山銀行(現紀陽銀行)、京都信用金庫、京都中央信用金庫、大阪信用金庫、大阪市信用金庫(現大阪シティ信用金庫)など地銀・信金組合に進む者。

 あとは、(これは本学でも優秀な部類だが)オムロン、京セラ、島津製作所、日本電産、任天堂、村田製作所、ロームなどの、いわゆる「京都企業」に辛うじて引っかかる者。残りは前掲した企業群よりももっと小規模な私企業か、大学院進学か、実家に帰るか、フリーターをやるかの千差万別であり、正直言って2005年当時、まだしも関西の私学では「良い就職実績の部類」であった。

 しかし、前掲したように、これらの企業への就職と当時の学生らの4年間にわたる研究テーマが合致していたのかというと、疑問を抱かざるを得ない。みな、就職活動に必死だったことだけは確かである。

 冒頭の宝塚市のニュースのように、ロスジェネ世代には妙な飢餓感がある。まず、自分の進みたい将来方針に対する選択肢が皆無であったこと。自分の進もうとする将来方針を、物理的に遮蔽する時代状況が存在したこと。あるいは、自分の進みたい将来方針の策定さえ、未準備で就職戦線に放り出され、失敗を繰り返すうちにやる気を失い、就職戦線自体から離脱していく者。こういった人々が本当に多い。

 1997年まで一応の経済成長を遂げていた日本は、同年の消費税増税(5%)および97年から翌98年の金融危機(山一證券、北海道拓殖銀行の破綻など)でダブルパンチに陥り、一挙にマイナス成長へと転がり落ちた。不景気が長引き「構造改革」が必要だとされた時期にさっそうと登場してきたのが小泉純一郎政権であった。

 しかしながら、この構造改革は、まだ辛うじて健在であった都市部における中産階級の所得を軒並み落としこみ、代わりに経済界の要望であった非正規雇用が激増するという、社会階層のほとんどすべてを巻き込んだ大混乱の時代へとつながっていく。

 「ハケン」という言葉がある種の流行語となったのもゼロ年代中盤である。現在、非正規雇用は労働者全体4割にも及ぶが、まさにこの空間的スポットともいうべき社会のどん詰まりに陥ったのがロスジェネ世代である。

 自らの自己実現が達成できない飢餓感。あるいは、自らの自己実現方針が何なのか分からないまま、悶々と社会の輪転機として存在し続ける自己存在への懐疑。まさしく、こういった世代を対象に隆盛しているのが「オンラインサロン」というネット上の疑似宗教である。「教祖」(サロン開設者)の言うことを聞けば、富やスキルが手に入る。 何のことはない、これは「ネット宗教」の一種だが、飢餓感と窒息感で満たされていない、と感じるロスジェネ世代はここに殺到する。オンラインサロンの平均加入者は、圧倒的に30~40代が多いこともその証左であろう。彼らの満たされない飢餓感が消えるのは、いったいいつのことになるのだろうか。

 そんなときは永遠に来ないというのが、筆者の見方である。誠に絶望的な、誠に深刻な「時代の犠牲者」こそがロスジェネ世代であり、たった3人の「砂粒」に1800人が殺到する(宝塚市)。この異様な飢餓感の打開策は、残念ながらない。

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