35年前の時価総額ランキングを振り返る
1989年の「世界時価総額ランキングトップ50」では、1位の日本電信電話(NTT)を筆頭に、日本企業が多くを占めていました。
一方2024年には、トヨタ自動車がかろうじて39位に入っているのみで、アメリカのGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの頭文字からとった呼称)が上位を独占しています。1位がApple、2位がMicrosoftです。
とはいえ1989年のランキングは、日本政府の規制で守られていたことで時価総額が高くなっていた日本企業も多く、偽りのランキングだったともいえます。
日本の銀行も12行がランキングに入っていますが、当時の銀行業務がそんなに効率よく行われていたわけではありません。銀行業に異業種からの参入ができないという、実に厳しい規制があったおかげで、既存の銀行が超過利潤を上げていたというだけのことです。
そのため「金融ビッグバン」という大規模な金融制度改革が始まった(1996年橋本内閣が提唱、1997年から取り組み開始)途端に、日本の銀行は次々と潰れたり、合併したりしていきました。
1989年には都市銀行が13行もありましたが、今はみずほ・三井住友・三菱UFJ・りそな銀行の4行というありさまです。
世界時価総額ランキング比較
世界時価総額ランキング比較(出所:『池上彰の未来予測 After 2040』
東京電力と関西電力なども、電力自由化前の規制で、電力供給の地域独占をしていたことによって守られていました。
そういう意味で、実力でちゃんと1989年のランキングに入っていたのは、トヨタ自動車や新日本製鐵(現・日本製鉄)、それに日立製作所、松下電器産業(現・パナソニック)、東芝などの電機メーカーでした。
「ものづくり幻想」から脱却せよ
2040年に、「世界時価総額ランキングトップ50」に日本企業が入れるかというと、まず無理でしょう。
日本企業は高度経済成長期やバブル期など過去の成功体験に縛られ、未来に対応できていません。日本はものづくりに強みがあるのだという「ものづくり幻想」から、いまだ脱却できていないのです。
しかし今や、ものづくりは「世界の工場」と呼ばれる中国が量的に圧倒していますし、さらに品質もどんどん向上しています。
かつての中国製品のイメージは「安かろう悪かろう」で、「メイド・イン・ジャパンの製品がいい」と国内外の人たちが考えていました。しかし最近は、中国製品の品質が急激に良くなったことで、テレビ番組で日本の若者にインタビューをすると「中国製品は安くて品質が良いと思う」と答えます。
また電気自動車(EV)も、中国のEV最大手「BYD(比亜迪)」が今、品質とスタイルの良さで圧倒的に売れています。民間調査会社によれば、2022年に世界で約186万台のEVを販売し、イーロン・マスク率いるテスラ(約131万台)を追い抜きました。
日本の自動車メーカーがガソリン車にこだわっている間に、世界ではEVの開発競争が激化し、ついにテスラだけでなく中国企業のBYDにもEV販売台数で追いつけなくなったというわけです。
日本の自動車メーカーは下請け企業になる
世界時価総額ランキング(2022年)で6位に入っているテスラは、EV以外のガソリン車も含めた自動車生産台数や販売台数という観点では、トヨタ自動車(トヨタ)よりはるかに少なくなっています。
2022年の販売台数は、テスラ131万台に対しトヨタが1048万台。トヨタのほうが圧倒的に世界1位です。
それなのにテスラのほうが時価総額が高いのは、地球温暖化防止のために世界で進む「脱炭素」や「EV革命」の流れに乗っていると市場に評価され、株価がどんどん上がっているからです。なおトヨタの2022年のEV販売台数は、たったの2万4466台です。
EU(欧州連合)はガソリン車の新車販売を2035年に全面禁止する(ただし環境に負荷がかからない合成燃料で走るエンジン車は2035年以降も認める)と発表しています。
日本も、2035年にはガソリン車の新車販売を禁止する(ただしハイブリッド車は認める)予定なので、そこから鑑みても、EVに強いテスラのほうがトヨタよりも株価が上がっていくのは必然の流れです。
トヨタはガソリン車や水素による燃料電池自動車にこだわりすぎて、電気自動車の開発競争に乗り遅れてしまっています。
さらにテスラは今、自動車メーカーというよりもIT企業の様相を呈しています。ガソリン車の場合、より性能のいい車に乗りたいと思えば、買い替えるか、可能なら部品を交換するか、という手段しかありませんでした。
しかしテスラの場合、スマホでテスラ車のソフトをアップデートすることで、バージョンアップすることができます。ディーラー(自動車販売会社)に、車を持って行く必要すらないのです。
さらにいえば、テスラにはディーラーすらありません。テスラ車の実物を見ることができる「テスラストア」は日本に10カ所(2024年5月現在)ありますが、車はスマホやパソコンでインターネット購入をするのです。500万円から1600万円する高額商品を、ネットで買うというわけです。
車体の色やインテリアなどのカスタムオーダーも、オンライン上で選ぶだけで完結します。
納車は、最寄りのサービスセンターやテスラストアなどに取りに行くか、配送を選べますが、配送の場合は10万円強の追加料金がかかります。広島の私の知人が最近テスラ車を購入したのですが、そのときはたまたま広島に在庫がなかったそうで、結局博多まで取りに行ったそうです。
こうしたEVが自動車の主流になっていくと、日本の自動車メーカーが、車体やモーターなどの部品を作る下請け企業になっていくのではないかと危惧されます。
すでに5、6年前から、AmazonやMicrosoft、Googleが自動運転の研究をしているというニュースがあり、「そのうち自動車を動かす心臓部分のソフトは全部GAFAMなどのIT企業が牛耳り、日本はハードの車体だけを作るようになるのでは」と予想されていましたが、その予測が実現しつつあります。
2040年に向け、日本の自動車メーカーはEVへの巻き返しを図らないといけません。
日本のアニメやマンガも中国の下請けに
ものづくり幻想は捨てるべきだと書きました。2040年に向けて、日本はもっとソフト面、コンテンツ作りなどで勝負していく必要があります。しかしソフト面でも、日本は厳しくなってきています。
たとえば、日本のマンガやアニメなどのカルチャーが世界で大人気だ、とマスコミはよく話題にします。
確かに人気はあり、欧米ではNARUTOやドラゴンボール、美少女戦士セーラームーンなどのコスプレをした若者が街を歩いていたりします。しかしそれも残念ながら、過去の成功体験になりつつあります。
実はすでに日本のアニメ業界は、中国の下請けになってしまっているのです。
8年くらい前までは、日本が人件費の安い中国にアニメ制作を発注していましたが、今は逆なのです。日本のアニメーターの給料は月給換算で35万円ほどですが、中国のアニメーターの月給は約50万円です。そのため、人件費の安い日本に発注が来るというわけです。
世界でも、中国発のオリジナルアニメが大人気で、内容のクオリティも高いと評価されています。人気作品の『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』や『魔道祖師』などは日本でも注目を集めました。
もちろん、日本にも優れたクリエイターやアニメーターはたくさんいますが、世界で売れる作品が中国からもどんどん生まれてきているのです。中国の人口は日本の10倍以上なわけですから、才能のあるクリエイターも日本の10倍以上はいる、と考えたほうがいいのです。
切り替えがうまくいった例がソニー
韓国も、K–POPや映画、ドラマなどが世界中で人気です。日本のコンテンツ制作が世界に打って出るには、まずはコンテンツ制作に携わる人たちの賃金を上げ、優秀な人がそういう仕事を選んでくれるようにしなければなりません。
『池上彰の未来予測 After 2040』(主婦の友社)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします
コンテンツ制作に関わる人々がその仕事で生活できるようにしながら、世界に通用するヒット作を出して利益を上げる、という構造にしていくべきなのです。
2000年代から低迷していた電機メーカー・ソニーグループは、2021年3月期の決算で初めて純利益が1兆円を超え、見事に復活しました。
そのV字回復には、事業の選択と集中で映像系センサー技術に注力したこと、ゲーム機「PlayStation5(PS5)」の好調に加え、音楽や映画、アニメなどのコンテンツビジネスを強化し、業態転換を進めてきたことも寄与しました。映画『鬼滅の刃 無限列車編』や、音楽ユニット「YOASOBI」のヒットなどが印象的でした。
ものづくり(ハード)からコンテンツ(ソフト)へ、切り替えがうまくいった例がソニーなのです。