「川崎」と聞くと、「治安が悪い街」という印象を抱く人は少なくない。しかし、不動産・住宅情報サイトのLIFULL HOME’Sが毎年発表している「LIFULL HOME’S住みたい街ランキング」では、川崎が毎年「借りて住みたい街」の上位にランクインしている。その理由はどこにあるのだろうか。(清談社 鶉野珠子)
「治安が悪い」は過去の話 ハイテク化が進む工場地帯
今年も、LIFULL HOME’Sによる「住みたい街ランキング」が発表された。同社では、「買って住みたい街ランキング」と「借りて住みたい街ランキング」の2種類のランキングを集計し、各地域がランクインした理由を分析している。
「買って住みたい街ランキング」は毎年順位の入れ替わりが激しく、前年度100位以下だった地域がトップ10に躍り出てくることもあるほどの混戦ぶりだ。一方、「借りて住みたい街ランキング」の上位は固定化してきた傾向があり、「買って住みたい街ランキング」のような劇的なジャンプアップは珍しい。
「借りて住みたい街ランキング」では、2017年以降、「池袋」が1位を取り続けている。2位以下で目立つ地域といえば、3年連続でトップ3にランクインする「川崎」だ。2017年にベストテン圏外から4位へランクアップして以来、安定した人気を獲得し続けている。
しかし川崎と聞くと、「治安が悪い地域」というイメージを持つ人は多いだろう。そんな川崎が、なぜ借りて住みたい街として支持されるのだろうか。そもそも、川崎は本当に治安が悪いのか。これまでに全国650以上の市町村を訪れてきた、まち探訪家の鳴海侑氏は、川崎の治安についてこう語る。
「川崎は京浜工業地帯の中心に位置する“工場の街”です。こうしたブルーカラーの街の働き手は、体力や腕っぷしが重視されます。つまり、おおらかで職人気質の人たちが多くなるわけです。そういうおおらかな人たちが好む娯楽というと、居酒屋や風俗、映画など、大衆娯楽が多くなるわけです。これらのイメージに引っ張られて『川崎は治安が悪い』と思われるようですが、実際はそうでもありません」(鳴海氏、以下同)
現在の川崎は相変わらず工場の街ではあるものの、働き手の性質が変わってきているそうだ。
「工場にロボットやIT技術が導入されたことで、工場に勤める人もサラリーマンのような人が増え、職人のような人は減ってきています。また、工場で働く人たちの高齢化や、風営法が厳しくなったことによる歓楽街の縮小が進み、川崎は以前よりも落ち着いた街になってきているのです」
人気の背景にある 川崎の特殊性
かつて人々が抱いていた悪印象はなくなり、3年連続で「借りて住みたい街」の上位として支持され続ける川崎。その理由はなんなのか。
「ひとつは、『川崎市』が持つ特殊性が関係していると思います。川崎市は東西に長く、市内7つの区がそれぞれ異なる特徴を持つ市です。東京湾に面する川崎区は今も工場が多い地域で家賃が安いため若い人でも生活しやすいですし、武蔵小杉がある中原区はタワーマンションが豊富でハイクラスの人に人気です。一口に川崎といっても、区ごとにマッチする層が変わるため、多くの人から支持されているように見えるわけです」
たとえば、転居先を探しているときに知り合いから「川崎がいいよ」と薦められたとしよう。この場合、武蔵小杉、新百合ヶ丘、溝の口、川崎大師、どこを指していたとしても、すべてが「川崎」に該当する。そのため、提案を聞いた側は、ひとまず住宅情報サイトで「川崎」と検索してから、徐々に自分の求める条件に合わせて、エリアを限定していくようになるわけだ。
「すると、当然『川崎』の検索数は増えますよね。LIFULL HOME’Sさんの『住みたい街ランキング』は、サイト内の検索数と問い合わせ数が多い街を集計したランキングです。ですから、川崎の特殊性を考えると、上位に来ることは納得の結果といえます」
ファミリー層などに人気の 川崎の魅力とは
とはいえ、区ごとの特性とデータ集計のロジックだけで、「住みたい街」の上位に入っているわけではない。川崎には人々が住みたくなる利点が十分にあるのだ。
「工場跡地の再開発として建設されたマンションは、物件価格が安い傾向があります。というのも、工場はどこも水が必要不可欠なので、川の近くに建てるんですよ。川沿いは本来、人が住みやすい場所ではないので、そもそも土地の値段が安い。そこを一括で取得するため地権者ともめづらく、さらに土地、ひいては物件価格の相場を下げられるわけです」
工場跡地は、人々が日常生活を送ることを考えると、いささか不安定な土地だ。しかし、現代の土木建築技術の進歩により、その不安を解消した土地の利用転換が行われている。
「郊外でも同じ距離帯に比べて物件が広く、きれいでお得に感じやすい点も特長です。そのため、若い人やファミリー層から人気を集めています。ファミリー層が増えれば、スーパーやドラッグストア、子育て支援施設といった生活利便施設が充実するのです。その充実ぶりは、JR川崎駅直結の商業施設『ラゾーナ川崎プラザ』がファミリー向けのテナントを多く入れているところにも表れています」
さらに、交通利便性の高さも魅力だ。川崎市のメインターミナル駅であるJR川崎駅には、東海道線、京浜東北線、南武線の3線が乗り入れ、都内へも横浜へも出やすくなっている。さらに、JR川崎駅の近くには京急川崎駅も存在し、こちらには京急本線と京急大師線の2線が乗り入れている。
「1時間もあれば都心に出られるので、都心に通勤する人にも人気が高いです。川崎は、物件価格やお得度、周辺施設の利便性、そして職場への距離を踏まえて条件に合った物件を探したとき、マッチする人が多い街なのです」
駅前再開発により 企業からの人気も上昇か
そんな川崎では再開発が盛んに行われている。現在JR川崎駅西口では「KAWASAKI DELTA」という大規模複合型の街づくりが進んでおり、2021年4月に全体が完成する予定だ。
こうした再開発により、川崎は「住みたい街」としての地位をより確固たるものに押し上げることができるのか。鳴海氏は「『住みたい街』への影響は、それほどないのでは」と話す。
「現在川崎駅西口で進んでいる再開発は、JRが元々自社で持っている遊休地を利益物件化するための再開発です。JRはかねて鉄道7割、関連事業3割という事業比率を半々にしたいと考えていました。そのために進められているのが今回のような再開発で、主にB to Bで利益を生み出そうと考えているのです」
今回の再開発のメインターゲットは、住民というより、オフィスを必要としている企業だという。
「KAWASAKI DELTAに建設されるオフィス棟こそ、今回の再開発のメインです。今、川崎にある工場のハイテク化が進むなかで、オフィス需要が高まってきています。遊休地に立つオフィスビルなら事業費が安くすみ、賃料も安くなるので、そこにオフィスを構える企業が増え、就業者数が増えるのではないでしょうか」
オフィスビル内には保育施設やカンファレンスを用意する上、ホテルを隣接することで遠方からの客を呼びやすいというメリットも。
「昨年11月に開業した渋谷スクランブルスクエアも、地下7階から地上47階まである超高層ビルですが、その大半を占めているのはオフィスです。昨今の再開発で建設されたビルの7割以上はオフィスフロアで、オフィスの賃料というB to Bによって利益を出しているケースが多い。そのため、今回の再開発は、川崎にビジネスの拠点を置こうとしている人にこそうれしい計画となるはずです」
もちろん、住民を蔑(ないがし)ろにしているわけではない。商業棟にはフィットネス&スパやカフェ&レストランが入るほか、住民の憩いの場となるオープンスペースも設けられる予定だ。また、就業者が増えれば近隣の店にも好影響となるだろう。回り回って、川崎駅周辺の活性化につながるはずだ。
テレワークの普及によって出社頻度が下がった企業では、都心から郊外へオフィスを移転したところも多い。さらに、これからのオフィスには、デスク同士の間隔を十分に確保できるだけのスペースも求められるだろう。そう考えると、家賃、広さ、都内へのアクセス面で申し分ない川崎は、ウィズコロナ時代に「企業がオフィスを借りたい街」としても、人気を集めるかもしれない。