海岸に大量墓石

福岡市西区の今津干潟の海岸に異様な光景が広がっている。戒名を刻んだ古い墓石が約40メートルにわたって大量に積まれているのだ。昨年、通り掛かりの男性が発見し「不法投棄か」と警察に届け出る騒動が起きた。実は50年以上前、魂抜きの供養をした墓石を護岸工事の資材として再利用したものだった。貝殻を付け、波をかぶる墓石。信仰心とも絡みながら「これでいいのか」と複雑な反応が広がっている。

 「護岸のそばに墓のようなものがいくつも見える」。福岡西署に通報があったのは昨年10月下旬。今津干潟のコンクリート製擁壁の直下に江戸時代から昭和にかけての年月日と、戒名や本名を刻んだ約30基の墓が自然石に交じって横たわっていた。

 署からの連絡を受け、干潟を管理する福岡県は関係部署への調査や地元住民からの聞き取りなどを実施、県が1964年ごろに実施した護岸工事で運び込まれたことが分かった。約10キロ離れた同県糸島市芥屋地区のもので、同地区が墓地を整理し納骨堂を建てた時、魂抜きをしたものという。

 河口からの水流や潮流で擁壁が崩れないよう、根固めの石として使われている。周辺に民家はなく、違和感を訴える声はなかった。2013年、現場では福岡市が水門を設置したが撤去という話は出なかったという。

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 干潟の墓石は地区内外でさまざまな反応を呼んでいる。「墓の形をとどめたまま、資材に利用する事例は聞いたことがない」と疑問を呈するのは日本石材産業協会(東京)の大代賢一専務理事。「墓石の様子を子孫が見たら、どんな心情になるだろうか。古い話とはいえ、あり得ないやり方だ」と憤る。

 少子高齢化や核家族化が進む中、墓を更地に戻す「墓じまい」が増えている。県土整備事務所によると現在、役目を終えた墓石は資材として再利用する場合、破砕し石材の特性に応じて道路などの土木工事で使っている。

 同事務所は「墓石の姿を残したまま使うことは現在ではない」と強調するが、干潟の墓石については「根固めの機能が保たれている。事業費を投じて撤去する考えはない」と話す。

 かつて墓石があった芥屋行政区の思いはどうか。現場を見た吉村勉区長は、墓の材質が芥屋の海岸にある玄武岩で、刻まれた名前からも「芥屋にあった墓に間違いない」とした上で「供養を済ませたのも確認している。このままそっとしておいてほしい」と話す。

 墓石については魂抜きをした後も寺に引き取ってもらい、安置する方法を選ぶ人もいるという。

 海岸の墓石はただの石に戻ったのだろうか。干潟がある今津校区自治協議会の古藤英俊会長は「住民から早急な対応を求める声は出ていない。ただ、戒名が見えている状態のままでいいのか」と悩ましげな表情を浮かべる。

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