焦点:所得上位4割が消費リード、トレンドは「プチぜいたく」

[東京 11日 ロイター] – 4月の増税をきっかけに、日本の消費構造が大きく変化しつつある。バブル崩壊後も約70%の中間層が消費動向を左右するとみられてきたが、ここにきて新たな主役が登場した。
「所得上位4割」の階層だ。彼らの購買意欲は増税後も衰えず、堅調な消費を演出している。一方で低価格に反応する階層の節約志向も根強い。「二極化」の進む中で個人消費全体がどちらの影響をより強く受けることになるのか、マクロ政策にも影響しそうだ。
<売れるビビッドカラー>
東京・銀座の百貨店。ブルーやグリーン系が主流だった紳士服売り場のイメージが劇的に変わっていた。赤やオレンジなど明るい鮮やかな色使いが目に飛び込んでくる。
その流れは、化粧品売り場ではもっとアグレッシブだ。この夏は、オレンジや濃いピンク、グロス(艶)入りなど「ビビッドカラー」が人気色となっている。
資生堂によると、日本人女性の好むローズに加えて昨年冬ごろから真紅の口紅がはやりだし、想定の3割増の売れ行きとなり、一時品切れに。「そうした色使いが流行るのは、バブル以来。自信や個性の表現」(同社)という展開になっている。
「モノ」が動き出したのは、ファッションに限らない。「食」の分野でもこれまでよりワンランク上のものが売れだした。デニーズが4月から投入した2000円近い「アンガス・サーロインのローストビ-フ」は、増税後にもかかわらず、発売からの売れ行きは計画の倍以上となっている。
20─30代の客層が主体の六本木のスタンディング・バー。1杯数百円の手軽さが人気の秘密だが、ここでもマスターは「増税後の売り上げは好調で、特に変化はない」と語る。
4月以降の反動減が最も懸念されてきた百貨店業界でさえ、落ち込みの「軽さ」を実感し始めている。4月の売上高は大手5社で前年比2桁のマイナスだったが、5月は1桁に縮小している。
地下鉄・副都心線と東横線の相互乗り入れ効果が顕著な伊勢丹新宿店では、「デパ地下」を筆頭に休日の売り場は、来店客で前に進めないほどのにぎわい。「増税後の4月以降も、3月までと比べて入店客数は減っていない」(広報)という。
三越でも銀座店や日本橋本店では、宝飾品などでの反動減を除けば、婦人服や雑貨の売り上げはむしろ前年より増加している状況だ。
<上位4割はマーケティングでも主役>
増税前に、消費への悪影響を心配していたのは、ほかならぬ安倍晋三政権だった。来年10月から消費税を10%にできるかどうか、そのカギを握る個人消費が落ち込めば、景気減速につながるだけに慎重に見極めようという姿勢を鮮明にしてきた。
ところが、ふたを開けてみれば、拍子抜けするほど、消費の基調は堅調だ。この背後には、どういうメカニズムが働いているのだろうか──。
その秘密に迫ったある調査結果がある。「増税後も消費態度を変えない消費者が4割いる」というデータを出した電通の分析だ。
同社が5月半ばに実施した調査では、駆け込み消費をしなかった人、4月以降も消費トレンドを変えない人、それぞれ3─4割を占める。 世帯年収が800万円以上、あるいは将来の所得に不安のない立場にいる若者層など、ゆとりのある上位4割程度の所得層だという。
マーケティング・デザインセンター・研究主幹の袖川芳之氏は、企業の販売戦略も、確実に消費するこの層をターゲットに絞っていると解説。増税後の消費は、彼らがけん引し、消費の行方を左右していると分析する。
こうした現象は、リーマンショック後の09年、11年の東日本大震災後にも、見られたが、今回は「アベノミクスにより期待を超えた株高なども加わり、消費気分を変えた」(袖川氏)という。
<トレンドは「ハイテク」と「プレミアム」>
今年、そうした確実な消費層の関心を引き付けているのが、身近になったハイテク製品と、「プチぜいたく」と呼ばれるプレミアム商品だ。
三越日本橋本店では3月末から「家族写真の代わりに3Dプリンターで家族フィギュアを」とアピールし、3世帯6人家族のフィギュアの販売を始めた。大人1体で10万円、こどもは8万円台とかなりの高額だが、顧客から問い合わせも入り始めた。
今年中に国内でも発売される可能性のあるウエアラブル端末も含め、身近な商品としてハイテク技術が登場することへの関心が高まっている。
プレミアム・ブランド化した商品への人気も衰えない。江崎グリコが「ポッキー」のプレミアム商品として発売した「バトンドール」。1箱143円で買える通常の商品に対し、プレミアム版は481円と「お高い」が、大阪のデパ地下で行列ができる人気だ。
「キットカット」やポテトチップにもプレミアム商品が登場し、今や「プレミアム」がつけば高価格でも売れる時代だ。
SMBCフレンド証券・チーフマーケットエコノミスト・岩下真理氏は、この夏の消費トレンドとして「プチぜいたくニーズ」を挙げる。
<二極化する物価>
他方、企業のマーケティングの対象外にある階層も存在する。増税が直撃する低所得層やトレンド消費に関心の薄い層が、それに該当する。ほぼ年収300万円以下の世帯に相当し、消費者全体の4割を占める。価格に上乗せされた増税分を節約するために、低価格志向が強まる可能性がある。もし、この動きが顕在化すれば、再びデフレ圧力が増大する事態になることも予想される。
牛丼の並盛りは「すき家」が270円、「松屋」が290円、「吉野家」が最も高く300円。5月の前年比売上高が増えたのはすき家と松屋だった。前年4月には値下げで「吉野家」が独走していた。やはり安くした牛丼が結果的に好成績を残しているともいえる。
食品では、西友が6月5日から税抜81円セールを開始し、食品139品目を低価格で提供する。増税によって打撃が大きくなる客層を対象に低価格を武器に売り上げを確保する戦略が、引き続き残っている。
販売の低迷が続いてきた日本マクドナルド<2702.T>でも、4月の増税に合わせてハンバーガーとチーズバーガーを100円に値下げした。だが、4、5月とも既存店売上は前年割れ。低価格市場は、値下げが単純に売り上げ増へと直結しない「難しい市場」でもあることを浮き彫りにしている。
一方、ベアや夏のボーナスとも無関係な非正規雇用者にも、時給上昇や雇用増加が追い風となっているのは確かだ。ただ「2回の増税幅5%の物価上昇に耐えられるのか」といった懸念は、政府内にも消えていない。
中でも低価格を「売り」にしてきた業界では、影響は2回目の増税が消費者の視界に入ってくる「これから出てくる」との見方も少なくない。
所得上位の4割をターゲットにするグループと、低価格に反応する階層をメーンの顧客層として絞り込むグループに、商品や企業が二分される傾向が、増税後に強まっている。
所得上位4割の購買力増加が、消費全体をけん引するのか。それとも低価格戦略に反応する階層の節約志向が、個人消費全体を冷え込ませるのか──。マクロ指標がどちらの影響を受けることになるか、今後の展開は、政府・日銀が発動する政策の方向性にも大きな影響を与えそうだ。
(中川泉 スタンレー・ホワイト、編集:田巻一彦)

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