焼き牡蠣ブームの裏側

ここ数年、冬の風物詩といわれるほど活況を呈しているのが、牡蠣(か き)小屋だ。いわゆるBBQ(バーベキュー)スタイルで炭火を囲み、牡蠣を中心とした新鮮な食材を網の上で焼いて食べるスタイルのお店である。簡易なプレ ハブ造りはおろか、中には空地にテントを張り、ビニールシートで覆っただけという形態も多い。特にこの冬は、東京でも各地に登場し、話題になっている。

たとえば東京・大手町の東京サンケイビル。敷地内のイベントスペースに1月9日(金)、「宮城 牡蠣の家」という牡蠣小屋がお目見えした。3月20日 (金)までの期間限定で、平日17~23時、土曜日12~21時という営業時間で運営している(日祝は休業)。オフィス街のど真ん中という利点を生かし、 会社帰りのビジネスマンを中心に、早くも人気となっている。

東京・浅草の東武鉄道「浅草駅」直結のビル「EKIMISE」では、屋上スペースを活用して、3月末までの限定(11~21時)で、かき食べ放題プラン (60分)などが楽しめる「かき小屋」を展開。東京スカイツリーが一望できるスポットという利点を生かして、客を呼んでいる。また、営業時間は10~15 時半と昼間だが、東京・立川の昭和記念公園でも3月29日(日)までの期間限定で、「冬季限定かき小屋」が運営され、週末を中心としたレジャー客を呼び込 んでいる。

牡蠣小屋がブームになっているのには、いくつかの要因がある。まずは簡易なスタイルで提供可能という点。常設の飲食店を立ち上げる場合、通常は内装費だけでも1000万~2000万円の費用を投じなければならない。

対して牡蠣小屋は、いわゆるBBQスタイルでお客本人が調理するため、きちんとした厨房設備も洒落た内装も必要ない。ビニールシートで覆われたテントの店 内に簡易なテーブルとイスを並び、テーブルの上には焼き台を設置するだけでいい。この焼き台すらコンロであったり、中にはコンクリート製のU字講に炭を並 べ、網を載せただけでも完成する手軽さだ。料理自体の仕込みすら最低限で済む。

次に「あまちゃん」の存在が挙げられる。言わずと知れた「じぇじぇじぇ」という言葉が一世を風靡した、2013年上半期に放送されたNHK連続テレビ小説 である。北三陸の海女さんらをクローズアップした作品は、番組ではウニ漁であったが、結果的に東京での牡蠣小屋ブームを後押しすることになった。

もともと北三陸では以前から牡蠣漁も盛んで、牡蠣小屋が多数存在。大盛況であり、そのスタイルを、そのまま東京に持ち込んだというワケだ。当時は牡蠣小屋の中にテレビを設置し、「あまちゃん」を見ながら焼き牡蠣を味わえるという店舗も存在したほどに話題となった。

ただ、上記の2要因が牡蠣小屋ブームの素地ではあるものの、実は東日本大震災も関係している。2011年3月11日に発生した大震災は、東北地方、特に沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。

当然、地元では牡蠣漁どころではなく、加工場や市場自体が津波などで被害を受け、営業停止を余儀なくされた。それから約4年。ようやく再開への道が開け、生産量も戻ってきている中、その復興支援という意味合いが、特に今年の東京の牡蠣小屋では強い。

東京サンケイビルの「宮城 牡蠣の家」も、しかり。こちらは宮城県農林水産部、宮城県漁業協同組合とキリンビールとの共同事業で、宮城県産殻付き牡蠣とキリン一番搾り生ビール、双方のブランディング強化という目的がある。

ところで、日本における牡蠣の産地は東北に限らない。実は牡蠣の国内における生産量1位は、広島県だ。2012年度の広島県の牡蠣生産量は2万0634ト ン。2位の岡山県が3984トンなのと比べて圧倒的。ゆえに広島をはじめ、関西などの牡蠣小屋では広島産を用いるところも多い。

東京の牡蠣小屋で広島産が少ないのは、流通の問題があるとも言われている。広島で話題の牡蠣小屋「ミルキー鉄男」が神奈川の八景島にも限定店舗を出店して いるが、こちらでは宮城産を用いている。また広島産の牡蠣は殻付きで生、もしくは焼き牡蠣用よりも、むき身でフライ、茹で用に出荷することも多い。

同じく牡蠣の産地として人気が高いのが、北海道だ。特に道東の厚岸は日本で唯一、1年中出荷できる地。水温が低いために牡蛎の成長が遅く、本州以南の水温が高い地域に比べてゆっくりじっくり育つ。

また長い時間、栄養を取り続けることで大きく成育するが、逆に「低温で成長が遅くなる」という性質を利用して養殖の時期をコントロールできるので、1年中 出荷することが可能だ。1月8日に東京・御茶ノ水にオープンしたばかりの「オイスターバー&グリル ANCORA」では、この厚岸産をはじめ昆布森など北 海道各地の牡蠣が揃い、堪能できる。

そんな牡蠣小屋をはじめとした今年の牡蠣ブームだが、提供スタイルも昨年とは違った方向へとシフトしつつある。というのは以前の焼き牡蠣は90分3000円などの「食べ放題」が注目されていたが、今年はそれよりも一定の量がお得に味わえる「セット」が人気だ。

というのは、牡蠣小屋はBBQスタイルゆえ、牡蠣以外の海産物や肉類なども焼くことが可能。様々な食材を味わいたいというニーズが特に強いといえる。

牡蠣は豊富な栄養素を含み、肝機能を強化するなど利点がある一方で、ごく稀に食あたりなどを引き起こすことも。安全な産地の生牡蠣、もしくはそれらをよく加熱して味わうのが最善だ。

テントやビニールシートで囲っただけの牡蠣小屋は、時に冬の寒さがこたえることもあるかもしれないが、その非日常の空間がかえって楽しく、自ら焼き上げる までの臨場感すらおいしさに拍車をかけるのが、人気の秘密かもしれない。集客に苦戦している居酒屋やファミリーレストラン、ファーストフードなど、画一的 なチェーン形態の外食店とは対照的といえるだろう。

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