宮城県美里町二郷の酒造会社川敬商店で、ことしも父と娘の酒造りが始まった。川名正直社長(64)と一人娘の由倫(ゆり)さん(25)だ。由倫さんは昨年蔵に入り、全国新酒鑑評会で10年連続金賞に輝いた大吟醸「黄金澤」の醸造にも携わった。いま、父の姿を真剣な表情で追い、基礎を学んでいる。
川敬商店の今シーズンの酒造りが先月、幕を開けた。神事の後、酒母用のこうじに使う米とぎが行われた。
次の日の蒸かしに備え、袋に入れたコメを金だらいでゆすぎ、最適な水分を含ませる重要な作業だ。川名社長は時計を見つめ秒単位で指示。由倫さんはサンプルのコメを取り出し、様子を見る。
由倫さんは昨年、仙台市内の大学を卒業。しばらくアルバイトなどをした後、酒類総合研究所東京事務所が開く清酒製造技術講習を受講した。「父からは『行け』の一言。家業を学んでおくのもいいかと思った」
学生時代、あえて日本酒は飲まなかったという由倫さん。講習での利き酒で「素直でおいしい」と評価した酒が、父が造る「黄金澤」だった。子どものころから見ていた、身を削るように酒を造る父の姿。この時「家業を継ぐという思いが芽生えた」と話す。
昨年は鑑評会用の酒のこうじを父と2人で見守り、育て上げた。ことしは、中央をハート形にくりぬいたラベルを貼った夏酒を販売し好評を得た。営業の感性にも、社内の期待がかかる。
蔵の頭・畑中光則さん(47)は「蔵の雰囲気が華やかになった」と話す。「女性ならではの細かい気配りができる。父親と一緒だと気苦労も多いと思うが…」と気遣いも。
川名社長は「家業を継いでくれるのはうれしいが、重荷を背負わせるようで、かわいそうな面もある」と語る。しかし、由倫さんに気負いはない。「直球をきちんと習得しなければ、変化球は投げられない。まっさらな気持ちでやりたい」
「今は基本をマスターしてもらうことが一番だが、いずれは娘なりの酒ができるだろう」と川名社長。父と娘、蔵人たちの酒造りは続く。