「成し遂げる」ことについての多くの誤解
本のタイトルからもわかるとおり、『UCLA医学部教授が教える科学的に証明された究極の「なし遂げる力」』(ショーン・ヤング 著、児島 修 訳、東洋経済新報社)の著者ショーン・ヤング氏は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部教授。
本書においてはそうしたバックグラウンドに基づき、最新脳科学と心理学によって解き明かされた「脳をだまして結果を出す技術」、すなわち「行動を操る」技法を紹介している。
最初に指摘しているのは、「成し遂げる」ことについて過去に語られてきた多くの誤解についてだ。これは、本書を読み解いていくうえで重要なポイントとなるだろう。
私たちは長いあいだ、「何かをなし遂げたいのなら、自分を変えろ」と教えられてきた。世間の常識も、この問題を解決できていない。たとえば、起業家として成功したいのなら、スティーブ・ジョブズのような天才的な創造力を発揮しなければならない、と考えられている。
しかし、性格を変えるのは簡単ではない。誰にでも、生涯を通して変わらない核となるパーソナリティーがあるからだ。だが安心してほしい。性格を変えなくても、その仕組みを科学的に理解し、自分に合った方法を見つければ、「なし遂げる力」は高められる。
これが、本書の最大のメッセージだ。(「はじめに」より)
ヤング氏は過去15年間にわたり、いくつもの分野の優秀な科学者と共同研究を進めてきた。その結果として突き止めたのが、人がさまざまな状況で行動を続けるためのカギを握る7つの要素、すなわち「心に効く7つの力」だ。
注目すべきは、その「心に効く7つの力」の相乗効果である。もちろん1つだけでも有効ではあるものの、2つ、3つと数を増やしていくほどに効果はより高まっていくというのだ。
しかもその方法を用いると、人は望ましい行動を3倍も続けやすくなり、暮らしのあらゆる場面に生かせるのだという。本当にそんなことが可能なのかと疑いたくもなるが、それが「なし遂げる力を高めるための科学的に正しい方法」であることを、本書においては原理と合わせながら説明しているのである。
心に効く7つの力
ヤング氏はここで、統計によって明らかになった2つの事実を紹介している。まず1つ目は、ダイエットを始めた人の4割が1週間以内に挫折し、半数以上がダイエット開始前より体重を増やしているということ。そしてもう1つは、リピート客を増やせず倒産に追い込まれる企業が後を絶たないということだ。
こうしたことからも推測できるように、人が何かを続けられないことは、社会全体でみると年間数十億ドルもの莫大な損失を生じさせているというのである。
とはいえ、個人のダイエットの問題と、企業の倒産の問題を並列するのはどうかという気もする。両者は規模が違いすぎるし、そもそもこうした問題は一つひとつ異なっており、失敗の原因もそれぞれ違うように思えるからだ。
だが、問題のカギは共通しているのだという。それは、「人が何かを途中でやめてしまう」ということ。逆にいえば、あらゆる問題を解決するためには、「成し遂げる力」を高めるための科学的な裏付けのある方法が必要だということだ。
この問いに対する世間一般の答えは、「性格を変えろ」だ。強い意志と困難を乗り越えられる情熱があれば、誰でも物事を続けられるはずだ、と。つまり、方法ではなく、人を変えろというのだ。しかし、人間は一人ひとり違うし、性格もさまざまだ。性格は一生を通してほとんど変わらない。(5ページより)
だが、心配は無用だとヤング氏は言う。何かを続けるのに性格を変える必要はなく、科学的な裏付けのある方法を、自分に合った形で取り入れればよいというのだ。すなわち、それこそが本書が明らかにしている「心に効く7つの力」。
心に効く力①「目標を小さく刻む」
心に効く力②「コミュニティ」
心に効く力③「重要性を認識する」
心に効く力④「簡単にする」
心に効く力⑤「ニューロハックス」
心に効く力⑥「夢中になる」
心に効く力⑦「ルーチン化する」
(6ページより)
「7つのフレームワーク」それぞれについて確認してみることにしよう。
心に効く力①「目標を小さく刻む」
人は、小さなステップに注目したときに成功を手にしやすくなる。ところが、そのことを頭で理解していても、行動が続かない人は少なくない。原因は、「ステップをどれくらい小さくすべきか」をよく理解していないことと、はっきりとした基準がないこと。
いずれにしても効果を高めるには、一般的に思われているよりもはるかにステップを小さくしなければならない。
生まれて初めて梯子を登ったときのことを思い出してほしい。登る前は怖かったはずだ。しかし、一段目に足を置き、片手を上げて頭上の段をつかみ、もう一方の足を二段目に置き、さらにもう一方の手で一つ上の段をつかむことで、リズムが生まれ、想像していたほど難しくないと感じたのではないだろうか。次の段に集中していれば、下を見ない限り、怖くて身体が動かなくなったりはしない。一歩踏み出すごとに、自信が強まり、一番上まで登り続けられる可能性が高まっていく。これが、「目標を小さく刻む力」だ。(31~32ページより)
周囲の協力は、「成し遂げる力」に大きく役立つ
心に効く力②「コミュニティ」
人は、「自分は他の誰とも違う存在なのだから、周りと同じことをする必要はない」と思いたがるもの。しかし、周囲の協力は、「成し遂げる力」に大きく役立つのだという。
ソーシャルメディアを例にとろう。フェイスブックやツイッター、リンクトインなどを使うことに、躊躇した記憶はないだろうか? 初めてフェイスブックへの登録を促すメールを受けとったとき、あまり気が進まなかった人もいるはずだ。(中略)次第に、別の友人や同僚からもフェイスブックに誘われるようになり、メール代わりにフェイスブックを連絡手段に使い始める人も増えてくる。周りと連絡がとりづらくなり、仕方なくフェイスブックを始めると、そこでは仲間うちのコミュニティが出来上がっている。(中略)こうなったら、もう使い続けざるをえない。こうして、コミュニティは強化されていく。
これが、コミュニティが持つ「なし遂げる力」だ。(73~74ページより)
心に効く力③「重要性を認識する」
人が「運動をする」「製品を買う」といった行動を続けるためには、それが“重要”であることが不可欠。誰もがそのことを頭では理解しているつもりになっているものの、この言葉の意味が正しく理解されていないとヤング氏は指摘している。
重要だと思っていなければ、物事は続かない。当たり前のように思えるが、多くの人がこの事実を見逃している。目標に価値を見いだし、大切なものだと見なすことが達成率を高める。(137ページより)
心に効く力④「簡単にする」
私たちは“簡単”の意味を正しく理解していないのだ。しかし重要なのは、物事を“本当に”簡単にすること。
人は簡単なことをしたがる。簡単なことを楽しいと感じ、続けようとする。(中略)研究も、この事実を裏付けている。人はいつも相反する力によって左右から引っ張られていて、どちらか強い方の行動をとる。ランニングをするか、ワインを飲むか。執筆を続けるか、電話に出て友達と話をするか。私たちは常にこうした競合する複数の力に引っ張られている。そして、簡単な方がその力が強くなる。人は簡単なことの方に流されるのだ。(142~143ページより)
想像するだけでは実現しない
心に効く力⑤「ニューロハックス」
“想像し、その意志を持てば、行動は変えられる”という考え方は科学的に間違っているとヤング氏。想像するだけでは実現しないし、真実は逆であることを社会心理学は明らかにしたのだそうだ。まず変えるべきは行動であり、その結果として心が変わるということ。言い換えれば、行動を変えることで、脳を“騙す”という考え方である。
どれだけフロイト派の心理療法に通い、自己啓発書を読んでも、心をコントロールするのは簡単ではない。何年、下手をすれば一生かけても、“心を変えることで行動につなげる方法”は学べない。なぜなら、前提となる考えが間違っているからだ。だが安心してほしい。心をハックすることで、従来よりはるかに簡単に「なし遂げる力」を高める、科学的に裏付けられた方法がある。本書ではこれを「ニューロハックス」と呼ぶ。(169~170ページより)
心に効く力⑥「夢中になる」
人が“夢中”になって何かを続けようとするとき、よく用いられるアプローチは、ポイントやバッジ、お金などの報酬を与え、行動(や製品)を魅力的なものにする「ゲーム化」。しかし、心理学的に正しい方法を取らなければ、ゲーム化が機能しないのも事実。
原理はシンプルだ。人は、何かをして報酬を受けると、そのことを続ける。これが、「なし遂げる力」を高めるのに必要な「夢中になる力」だ。(中略)常識的な範囲を超えて私たちを行動に駆り立てるものには、人を“夢中”にさせる何かがあるのだ。(204~205ページより)
心に効く力⑦「ルーチン化する」
人間の脳は、効率を求めようとするもの。よって、できる限り、同じことを最小限の労力でしようとする。同じものを何度も見る、聞く、匂いを嗅ぐなどすると(本人が自覚していなくても)脳はそれに次に出会ったとき、何も考えなくてもとっさにそれを認識できるように、その情報を記憶するわけである。こうしたルーチン化は、「成し遂げる力」を高めることに役立つそうだ。
人間の脳は驚くほど効率的だ。脳が“考えずに物事を行える仕組み”を用意してくれるおかげで、人は物事を続けやすくなる。(中略)脳は物事を簡単にしようとする。何かを見る、聞く、嗅ぐなどを繰り返すと(たとえ本人が無自覚であっても)、脳はこの情報を記憶し、すぐに取り出せるようにする。新しいこと(「曲の最初の数小節を演奏する」など)を学ぶと、ドーパミンなどの神経伝達物質を分泌してその努力に報酬を与えて、それを繰り返させようとする。(246ページより)
サトウカエデの葉との違い
大きなサトウカエデの樹に生える、鮮やかな緑色の一枚の葉。季節の移ろいに合わせて、その色は緑色から黄色、赤色、茶色へと変化する。やがて一陣の風に吹かれて宙に浮き、重力に引っ張られて土の上へと舞い落ちる。それから数日間、葉の運命はさまざまな力に委ねられる。強風、地面を踏みしめる人の靴、子供たちの手ーー。結局、草むらの上に落ち着いたところ、通りかかった犬におしっこをかけられる。(307ページより)
私たちの人生は、木の葉によく似ているとヤング氏は言う。人間はさまざまな力の影響を受けており、誰と時間を過ごすか、どこに住み、どこで働くかによっていろいろなことが変わるということだ。
そして私たちは物事を続けられない、人生を自分の手でコントロールできないと感じてもいる。
しかし、ここで見逃すべきではない重要なポイントがある。葉っぱと違って、人間には脳があるという事実だ。だから、自然の力は変えられなくても、「どの力から影響を受けるか」を選ぶことはできる。そして「心に効く7つの力」モデルを使えば、状況にふさわしい心理的力を自分の味方にできる。
行動は簡単には変えられないし、本書を読んだだけで、何の苦労もなく望みどおりの完璧な行動がとれるわけでもないだろう。しかし、それは“実現可能”なことであり、それこそが重要なのだとヤング氏は訴えているのだ。