王者フジテレビを撃破した「鉛筆&方眼紙」! 弱者の逆転ビジネス戦略「日本テレビの『1秒戦略』」

さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、全ビジネスパーソンにぜひとも読んでいただきたい話題の1冊についてのお話でございます。

以前の本コラムで何度かちらっと書かせていただきましたが、記者はテレビを殆(ほとん)ど見ません。とりわけ朝のワイドショーには冗談ではなく吐き気をもよおします。

なので、ずーっとFMを聴いています。地元のα-STATION(エフエム京都、http://fm-kyoto.jp/ )です。ニュース速報もFM、もしくはスマホやパソコンで入手します。

とはいえ「殆ど見ない」と書いたのは、ひとつだけ必ず見てしまうテレビ番組があるからです。「謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ・読売テレビ系)です。

イモトアヤコさんがキリマンジャロに登ったり、「お祭り男」の宮川大輔さんが世界の奇祭に挑戦してゲロがキラキラになったり、森三中のみなさんやババァ(いとうあさこさん)たちが世界の温泉で女を捨てた笑いを取りに行く「イッテQ温泉同好会」、そして英語が使えない日本人に大いなる勇気を与えてくれる「出川イングリッシュ」のコーナーなどなど、毎回、本当に面白過ぎるのです。

そして、イッテQといえば日テレの看板番組(毎週日曜後の午後7時58分から放送)なのですが、最近、日テレではイッテQの他にも鉄板の「ザ!鉄腕!DASH!!」や「行列のできる法律事務所」、関ジャニ∞の村上信五さんとマツコ・デラックスさんが司会を務める「月曜から夜ふかし」などなど、人気番組が目白押しなわけですが、かつて、こういうバラエティー番組の王者といえばフジテレビでした。

■ひょうきん族、笑っていいとも!…バブル景気80年代、みんな憧れた“1強”フジテレビ

長く、イケてないテレビ局だったフジテレビでしたが“楽しくなければテレビじゃない”を旗印に、漫才を社会現象化させた「THE MANZAI」(昭和55年)や「オレたちひょうきん族」(56年)、「笑っていいとも!」(57年)などで大変身。

昭和57(1982)年にTBSから視聴率三冠王を奪うと、その後も数々のトレンディドラマで女子の心をわしづかみにし、平成5(1993)年までの12年間、年間視聴率三冠王の座に君臨し続けましたが、これを打ち破ったのが日テレでした。

その後、フジテレビは平成16(2004)年から22年までは再び王者に返り咲きますが、日テレは再び23年からフジの牙城を突き崩し、今日に至っています。

日テレがどうして、当時“無敵”と言われたフジテレビを打倒できたのか?。実はその大逆転劇の裏には、華やかにみえるテレビ局のイメージとは真逆の泥臭く地道なリサーチとデータ分析作業の日々があったのでした…。

その内幕を初めて明らかにした興味深い1冊が登場しました。「日本テレビの『1秒戦略』」(小学館新書、著者・岩崎達也氏、780円+税 https://www.shogakukan.co.jp/books/09825277)です。

“どうせ業界の内輪話だろ”などと言うなかれ。記者も読む前はそう思ったのですが、この本に書かれている日テレのチャレンジの数々は、すべての産業で応用できる極めて普遍的かつ示唆(しさ)に富むものばかり!。というわけで、今週の本コラムでは、この1冊についてご紹介いたします。

本書はまず冒頭で、日テレの老舗番組のひとつ『24時間テレビ』での挑戦について振り返ります。

平成4(1992)年の夏に放映された<チャリティー精神からもっとも遠いと思われた>お笑いコンビ、ダウンタウンをメーン・パーソナリティーに起用した15回目の『24時間テレビ』についてです。

フジテレビ「面白くなければテレビじゃない」を“コピペ”…チャリティー番組に、お笑いダウンタウン起用

日本テレビの開局25周年を記念し、1978(昭和53)年から放送が始まった『24時間テレビ』でしたが、初回こそ15・6%の平均視聴率を稼いだものの、マンネリ感が漂い始め、年々数字が下落。前年の平成3(1991)年の平均視聴率は過去最低の6・6%を記録する有様でした。

しかし<チャリティーそのものを面白い番組にしよう>と発想を転換。<視聴者が楽しみながら参加できるチャリティー番組を目指した>結果、平均視聴率が前年の約3倍の17・2%という最高記録(当時)を叩き出したのでした。

この結果を受け<これまで視聴率がとれなかった番組でも、視点を変え、発想を変え、皆が一丸となってトライすれば、視聴率がとれるようになる--。『24時間テレビ』は、それを実証したのだ。>と自信を深めます。

そして、その自信をバネに日テレは、この年に社長に就任した氏家齊一郎氏の強力なリーダーシップのもと、この年の9月、編成局編成部の号令で各部から若手社員13人を抜擢(ばってき)。当時、フジテレビに次いで民放2位だった日テレを1位に浮上させるプロジェクトを開始したのです。

そう聞くと、日本を代表する民放のひとつだけに、電通なんかと組んでハイテクを駆使したさぞやゴージャス&ド派手なプロジェクトを立ち上げたのかと思ってしまいますが、実はその真逆!!。

何と<自分たちの目と耳を使って、日本テレビのタイムテーブルをフジテレビのそれと比較し、1分1秒ごとに分析することにした>というのです。

超アナログ!超地道に「目と耳を使い、1秒ごとのマーケティングを調べた」 –>

具体的にはまず<メンバー1人につき一日分、つまりフジテレビと日本テレビの2局分の合計48時間を担当>し<朝から深夜までの2局すべての番組の内容とCMの内容、分数などを、あらかじめ用意されたB全サイズの大きな方眼紙に手書きで書き付けていく…>という作業を開始。

各自、日常の通常業務とは別に、この超アナログ&超地道な作業を<各自100時間>かけて綿密に実施し<1秒ごとのマーケティング分析>に務めたのです。徹夜や休日返上は当たり前。それでも誰一人文句を言わなかったと言います。

その苦労は、表紙に「CX(フジテレビのこと)打倒! ナンバーワンへの道」と書かれた74ページに及ぶ報告書にまとめられたのですが<分析すればするほど、二つの局の違いが明確になり、日本テレビの抱える問題点が見えてくる>

<フジテレビの番組づくりやCM枠の取り方、自局の番組のPRなどには、視聴者を逃さないための細やかな配慮や工夫があった>

<視聴者は何気なくチャンネルを変えているように感じていたが、変える理由はきちんと存在していたのである>

といった驚愕(きょうがく)の結果が次々明らかに。そして日テレはこの報告書を受け、問題点をひとつずつ解決していき、2年後の1994(平成6)年、遂に12年間、難攻不落だったフジテレビを蹴落とし、四冠王の座を獲得したのです。

具体的にどういう手を打ったのかについては、本書をお読みいただきたいのですが、ひとつ言えることは、敵に打ち勝つヒントは、顧客の立場に立ったほんの小さな心配りや工夫、そして各部が部内の損得を超え、一丸とならねばならないことが分かります。

個人的に一番印象に残ったのは、日テレを代表するヒットメーカー、五味一男氏が<「あくまで私見だが」>と断った上で述べた次の一言でした。

<「自分が面白いと思う番組」をつくろうとしているのがフジテレビであり、視聴者の立場に立って「視聴者が面白いと思う番組」をつくろうとしているのが日本テレビなのではないか>

こうした発言の他にも<このプロジェクトで共有した認識は「日本テレビは決してフジテレビの真似をしてはいけない」ということだった>

<フジテレビが圧倒的なタレントのキャスティング力と花形クリエイターたちの個人力で成功していったのに対して、日本テレビは、企画優先主義と組織の力(総合力)で戦ってきた…>というように、他の産業で、ライバル社を超えようと考えている企業の現場で苦闘するビジネスパーソンにとって、非常に有益な内容になっています。

著者の岩崎氏は1956年、群馬県生まれで、博報堂でコピーライターを務めたあと、日本テレビに転職し、宣伝部長や編成局のエグゼクティブディレクターを歴任した人物(現在、九州産業大学教授 http://ras.kyusan-u.ac.jp/professor/0001026/profile.html)。それだけに、内部からの見方だけに留まらない視野の広さも感じました。

終盤にはインターネットに押され、急速にテレビ離れが進むメディア業界の現状や未来像についての筆者の思いが綴(つづ)られていますが、テレビだろうがネットだろうがFMだろうが、面白いコンテンツに人は必ずお金を払います。

記者も「イッテQ」なら有料でも見ますね。週1回の心のオアシスですからね。「出川イングリッシュ」恐るべし。しかし、その他の数多(あまた)の番組は金もらっても見たくありません。   (岡田敏一)

今年の本コラムはこれで最後です。毎週、長文をお読みいただきありがとうございます。平成24(2012)年1月からスタートした、産経ニュースWESTの本コラムですが、来年から5年目に突入します。これからも国際政治から下ネタまで、日本を含む世界中で物議を醸すあらゆる事象を“エンターテインメント”ととらえ、幅広くご紹介してまいります。ではみなさんよいお年を!

【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。

■毎週、日本を含む世界のエンターテインメントの面白情報などをご紹介します。ご意見、ご要望、応援、苦情は toshikazu.okada@sankei.co.jp までどうぞ。

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