「あのー、これ、なんですか?」
テレビで初めてきゃりーぱみゅぱみゅ(以下、きゃりー)を見たときの、私の正直な感想だ。
紫色のウィッグを付けた頭の上に大きな黄色いリボン。ピンク色の大きな水玉模様のフワフワしたファッションに身を包み、小さなライブハウスできゃりーは歌っていた。その歌もどこか棒読みっぽい。最初に聴いたときは、私にはこう聞こえた。
「〇×△■◎※▲▽……」
なぜかその歌が耳にへばりついて離れない。
女性アイドルといえば、愛嬌を振りまきカワイイのが相場。きゃりーも普通にしていればカワイイ女の子だが、どちらかというと無表情で困り顔だ。しかし突然タコのような口や、ゴリラのような威嚇する顔をして、アイドルではありえない「変顔」をする。まるでアイドルというよりも、ゆるキャラ。「不思議ちゃん」という言葉がピッタリだ。
しかし、そのきゃりーが、あれよあれよという間に大ブレイク。世界中にもファンがいて、いまや日本の「カワイイ」文化の象徴だ。そして最近、街ではきゃりーのような不思議ちゃん系の女性が急増している。ちまたではきゃりーのような不思議ちゃん系の女性ファッションを「青文字系ファッション」と呼ぶらしい。
昔から息長く続いているコンサバのモテ系ファッションが好きな女性が読む『JJ』や『CanCam』のような雑誌は、表紙のタイトル文字が赤やピンクの赤色系なので「赤文字系雑誌」と呼ばれている。これに対して最近流行の不思議ちゃん系が好んで読む『mini』『Zipper』などの雑誌が「青文字系雑誌」と呼ばれている。だから「青文字系ファッション」だ。
このように女性ファッションにはブームがある。そして新しいファッションは、ある日いきなりブレイクするわけではない。ちゃんとした仕組みがある。この仕組みを解き明かして新商品をブレイクさせるために役立つのが、イノベーター理論とキャズム理論だ。
●新しいモノはどのように広がっていくのか(イノベーター理論)
赤文字系ファッションは、私が大学生だった1980年代前半はまだ少数派で大学のキャンパスでは目立っていた。その時代から徐々に広がり、今や当たり前になった。
青文字系ファッションも、ちょっと前まであまり見かけなかったが、1990年代には青文字系雑誌は創刊されていたし、青文字系ファッションも原宿を中心に徐々に広がっていた。だから青文字系ファッションは「原宿系」とも呼ばれる。そして2011年にきゃりーがデビューして一気にブレイク。いつの間にか青文字系ファッションが街を占拠するようになった。
ファッションのように、新しいものが普及するときの反応は、人によって違う。「新しいモノ大好き」という人もいれば、「ちゃんと見極めてから試したい」と考える人、さらには「これまでのモノが一番」という頑固な人もいる。これを新しいモノを受け入れる順に、5つのタイプに分類したのがイノベーター理論だ。
・イノベーター(全体の2.5%): 革新者。新しいモノ大好き。なんでも真っ先に取り入れる
・アーリーアドプター (全体の13.5%):先駆者。よさそうだと自らで判断したら取り入れる
・アーリーマジョリティ(全体の34%):現実主義者。他の人がいいと言ったら取り入れる
・レイトマジョリティ(全体の34%):懐疑派。多くの人が取り入れたら自分も取り入れる
・ラガード(全体の16%):頑固者。最後まで文句を言って取り入れない
青文字系雑誌が出た1990年代から、原宿で青文字系ファッションをしていた女性はイノベーター。きゃりーがデビューしたころに青文字系ファッションをはじめた人はアーリーアドプター。そしていま、渋谷にいる青文字系ファッションの人たちはアーリーマジョリティだ。
●キャズムを超えれば、一気にブレイクするが
ところで、ファッションには人によって「目立ってナンボ」と思うタイプと「目立つのはイヤ」と思うタイプがいる。前者はイノベーターまたはアーリーアドプターで全体の16%の少数派、後者はアーリーマジョリティ以降の人で全体の84%の多数派だ。
「目立つのはイヤ」という人は、いくら「目立ってナンボ」という人が青文字系の服を着てても、「私は違うし」と思ってなかなか真似しない。自分と同じタイプが着るようになって、はじめて着るようになる。でも「目立つのはイヤ」という人は、そもそも新しいファッションには手を出さない。だからなかなか多数派には広がらないのである。
このように「目立ってナンボ」と「目立つのはイヤ」の多数派の間には、なかなか超えられない大きな谷がある。これをマーケティング用語で「キャズム」と呼ぶ。英語で「谷」という意味だ。
なぜキャズムができるのか? それはリスクの考え方が正反対だからだ。
「目立ってナンボ」と思う人たちは「少々のリスクは大歓迎」と考える。しかし「目立つのはイヤ」という人たちは、「リスクは困る!」と考える。この「リスクは大歓迎」の少数派と、「リスクは困る!」の多数派の間にある、なかなか超えられない谷が、キャズムだ。キャズムを超えれば、新しいファッションは一気にブレイクする。青文字系ファッションは、きゃりーがブレイクしたおかげで、一気にキャズムを超えて広がった。
しかし一方で、なかなかキャズムを超えられずマイナーなままのファッションも多い。なぜこの違いが生まれるのだろうか?
実はキャズムを超えて商品をブレイクさせるためには、それを仕掛けていく方法論がある。ブームは「待つもの」ではなく、「仕掛けるもの」なのだ。この方法論を教えてくれるのが、経営学者ジェフリー・ムーアが提唱した「キャズム理論」だ。
ではキャズムを超えるにはいかに仕掛ければよいのか? きゃりーがいかにキャズムを超えたかを考えてみよう。
●きゃりーはどうやってキャズムを超えたのか
きゃりーの仕掛け人は、原宿にある芸能事務所の社長だ。この社長は世界に向けて原宿のカワイイ文化の情報発信もしていて、「カワイイ」が世界共通語になり、クールジャパンの代名詞になったのにも一役買っている。
きゃりーのデビュー前から、原宿では青文字系ファッションが流行っていた。社長は「これを世界展開するとおもしろいんじゃないか?」と思っていた。そんなある日、社長はきゃりーと出会った。そこで社長はワーナーミュージック・ジャパンと組んできゃりーをデビューさせた。
まずタイミングを見極めた上で、ライバルがいない市場を選んだ。当時、追い風が吹いていた。海外から原宿系ファッションが注目され、「カワイイ」が世界共通語になっていた。さらに他にライバルもいなかった。きゃりーは世界で原宿系カワイイ文化を象徴する唯一の存在だった。
そして最初のターゲットを絞り込んだ。図の通り、イノベーターとアーリーアドプターにファンを絞り込んだのだ。
そして絞り込んだターゲットを確実に攻略した。ターゲットのファンはきゃりーの登場を待ち望んでいた。デビュー直前にデジタル配信した映像や曲は、世界で大反響。ファンは熱狂した。原宿系カワイイ文化が世界で注目されはじめた絶妙な時期、その象徴としてデビューしたきゃりーは、原宿系カワイイ文化そのものになり、原宿系カワイイ文化が大好きな人たちは、きゃりーの登場に飛びついたのである。
最初のターゲットを攻略した後は、ターゲットを切り替え、アーリーマジョリティまでファンを広げていった。
きゃりーが世界的に有名になったのは、決して成り行きに任せた結果ではない。事務所社長は最初から世界展開を考えて、きゃりーを仕掛けた結果なのだ。
詳しい話は、拙著『これ、いったいどうやったら売れるんですか? 身近な疑問からはじめるマーケティング』(永井孝尚著、SB新書)の第7章に書いているので、ご興味がある方はお読みいただきたい。
●マーケティング思考の欠落で、日本経済は3分の1に縮小した
ここまでキャズム理論の概要を紹介した。このキャズム理論は、いま大きく進化している。最新キャズム理論は、現代の日本企業が直面している深刻な課題を解決できる可能性を秘めているのだ。
今から22年前の1994年、バブル後遺症に苦しみつつも日本経済は絶頂期を迎えていた。GDPは世界の17.5%を占め、翌1995年に「インターネット元年」を迎えた。多くの人たちは日本経済の未来を信じていた。
しかし21年後の2015年、日本のGDPは世界の5.7%。いつの間にか日本経済のシェアは3分の1に縮小している。この20年間で躍進したのは、米国ではグーグル、アップル、アマゾン、中国ではアリババ、韓国ではサムソンだ。彼らは貪欲にデジタル技術を取り込み、世界の顧客に対して新たな価値を生み出し、急激に成長していった。ここに日本企業の姿はない。日本は「技術立国」を標榜していたはずなのに、なぜ立ち後れてしまったのか?
それは皮肉なことに、技術中心で考えていたからだ。多くの日本企業が「これからは技術が大事だ」とばかりに技術だけを考え、肝心の顧客の価値を生み出すマーケティング思考がおろそかになっていたからだ。
「マーケティング」というと、ほとんどの人は「宣伝やプロモーションのこと?」と思いがちだ。しかしここで必要なのは、顧客に対する価値をいかに生み出し、顧客を創造していく、もっと広い意味での「マーケティング戦略」だ。
●最新キャズム理論は、日本企業を再び成長させる
そして顧客を生み出すマーケティング戦略の一つが「キャズム理論」なのだ。冒頭で書いたきゃりーの事例は、これを分かりやすく紹介したものだ。
しかしながらジェフリー・ムーアが“Crossing the Chasm”(邦訳名「キャズム」)を出版しキャズム理論を紹介したのは、1991年。当時インターネットはまだ普及前夜だった。このキャズム理論が25年の時を経て、インターネットの最新事例と理論を取り込み大きく進化したのだ。
キャズム理論に基づき企業変革を支援するキャズム・インスティチュートでマネージング・ディレクターを務めるマイケル・エックハート氏は、「日本企業は、最新キャズム理論の考え方を取り入れることで、デジタルテクノロジーを生かし、この10年で覇権を取り戻せる」と断言する。
このたび筆者は、キャズム・インスティチュートが東京都内で開催したセミナーに参加し、さらにエックハート氏と意見交換する機会を得た。そこで次回は最新キャズム理論を紹介し、その次に日本企業でこの最新キャズム理論を取り入れるための課題と解決策を紹介していきたい。
(永井孝尚)