■面積1割のネクタイが、イメージの9割を決める
ご自身がイメージする、あるいは目指している姿が、どこか周囲の人の印象と食い違う経験をお持ちの方もいらっしゃるだろう。「君はいつも袖の2番目の装着ボタンをはずしているね」と上司に注意をされたら、それはボタンのことではなく、互いに無意識ながら“隙”を指摘されている可能性も考えられる。実力はあるのに、見た目のせいでいきなりマイナス点から始まったのでは、せっかくの能力が生かしきれないことになる。
今回は、世界57カ国が加盟する国際イメージコンサルタント協会(AICI)でインターナショナルボードなどを歴任し、世界で9人目の最高位イメージマスターの称号を受けた大森ひとみさんに、「ビジネスにおける外見力」の効果とその生かし方についてうかがった。人に伝える・説得する場面において、相手に信頼されるかどうかに大きく影響を与える「外見力」を鍛える最大のメリットとは、どんなところにあるのだろうか。
「第一に自分に自信が持てるようになります。自信によって自然と背筋が伸び、明るい表情になり、動作がイキイキとし、人と積極的に接することができるようになるのです」と大森さんは話す。伝えたい自分を効果的に伝えられることで、最終的には信頼感につながるという。
大森さんがイメージコンサルティングをする際には、「自分自身を語る力=外見力」の概念のもとに「ABC」から入るという。その内訳は「A=アピアランス(Appearance)外見」、「B=ビヘイヴィア(Behavior)立ち居振る舞い」、「C=コミュニケーション(Communication)」だ。
Aのアピアランスとは、つまり見た目だ。大森さんは「服装のクオリティはとても大事ながら、服飾品が高価であり、品物がよければいいというものではありません。組織やご自身の立ち位置にあわせ、自分の魅力を充分に生かせるような“内面を表出すること”が大切です」と話す。
たとえば、男性のネクタイは全体のコーディネートの1割程度の面積にすぎないが、与える印象は全体の9割になるほど重要であり、その人のイメージ全体を決めるメッセージ性を持つ。よく、アメリカの大統領が選挙のときには政党色を選んだり、はつらつとした印象を作るためには赤を選んだりと、ネクタイの色や柄を大切にしていることからもおわかりだろう。そのため、大森さんは人物の内面を掘り起すべくコンサルティングをすることから始める。
「『ご自身はどのようになりたいですか?』『目指すところはどこでしょうか?』『目標はありますか?』『周囲の方は、あなたをどのようにご覧ですか?』といったご自分の将来のヴィジョンやミッションから、会社が目指すイメージをお伺いしていきます」
こうして、最終的な目標を見極めた上で、そこにたどり着くための道筋をつけていくわけだ。
自分というブランドを確立するために必要なのは「今の自分」と「なりたい自分・思い描く自分」とのギャップを埋めること。それは、人それぞれが持つ“自分が発信したいイメージ”や“ありたい姿”によって決まるため、ひとつの決まったセオリーがあるわけではない。とことん話し合いをしながら「イメージの6つの要素」を整えていくことからうまれるのだ。
では、人前に立つときに必要とされる、大森さんが提示してくださった「6要素」をご紹介しよう。大森さんのコンサルティングを受けることがベストながら、ここでは私たちなりのちょっとした対策も考えてみたい。
■人のイメージをつくる6大要素とは
1.ボディランゲージ:非言語要素
ここでは、表情、しぐさ、話し方や立ち居振る舞いに服装までを含めた外見の印象だ。
<対策例>鏡でも映像でも、自分の姿を確認してみよう。思っている自分と、現実の自分のギャップがあったとしたら、そこが改善点だ。
2.パラランゲージ:周辺言語要素
言葉にともなって表出される情報。たとえば抑揚、速度、髙さ、会話のよどみ、笑いなど。聞き手にまわったときには、相槌を打つ、身を乗り出すなど。パラランゲージは、効果的に使うことで話をよりスムーズに進めるためにも有効に働くものだ。
<対策例>好感のもてる人の話し方を研究してみる。また、逆に自分が話をしたときにどのような聞き手に好感が持てたか思い出してみる。
3.ランゲージ:言語要素
話す表現や内容の選択。たとえば聞き手が専門家かなど相手に合わせて選択し、数字データを用意するか、ヴィジュアルに訴えるかを考えるとより効果的。間合いやつなぎの「あー」「えー」といった音声の癖などを改善するとより訴える力が強まる。
<対策例>ビデオや鏡の前で話し方の練習をし、自分の言語の癖を探し、改善を試みる。
4.カラーメッセージ:色要素
自分に似合うパーソナルカラーの中でも、特に似合う色を「サクセスカラー」として用意することで、自分の魅力を最大限に引き出し、相手に自分を印象付け、信頼度を高める。特に人種や文化など考え方や受け止め方も多様なビジネスの場では、カラーは言語以上のメッセージ性を持つことがある。
<対策例>プロの診断をもとに、カラーチャートなどで、自分に似合い、自身イメージを表現できる色を試し、身近な人の反応を聞く。
5.ビジネスツール:オブジェクト、物
名刺入れ、ノート、ペン、カバンなど、ご自身のプロフェッショナルな分野にふさわしい品を選ぶ。
<対策例>自分の持ち物を、もう一度チェックしてみよう。商談にふさわしい品質のペンか、タブレットの画面が汚れていないか、資料の印刷が裏紙だったりしないだろうか。
6.マナーとコミュニケーション全般
ビジネス上のマナー、テーブルマナー、社交マナー、公共の場でのマナーなど。地位があがるほどに、儀礼や挨拶などは大切になる。
<対策例>相手にあわせた挨拶の仕方、自分の座るべき席、立ち居振る舞い、マナーなど、明日でかける場面にあわせて確認をする。準備が最善の自信だ。
大森さんは「日常的な何気ない動作のひとつひとつを意識して見直すことで、自分がなりたいイメージと自身の動きに一貫性が生まれてきます」と話す。説得力のある話し方をしたければ、声に重みをもたせたり、存在感や雰囲気をどんな風につくるべきかを意識してみたりする。イメージがズレることで、自分が思うメッセージと異なって伝わる可能性がある。信頼してもらうためにも、まずは一貫性が大切だというわけだ。
■生涯年収の高さは外見で決まる?
大森さんも言及なさったのだが、米国テキサス州立大学の労働経済学者ダニエル・ハマーメッシュ教授は著書「Beauty Pays : Why Attractive People Are More Successful(試訳:なぜ魅力的な人がより成功するのか)」の中で、「美しさがもたらす所得の割増」を検証している。あくまでも主観が入る実験であり特定の条件下での検証ではあるが、興味深いのでご紹介させていただこう。
その人の造作だけでなく、好感度も含めた評価を5段階で分けたところ、平均以上(評点5~4)の人は、平均以下だった(評点2~1)人に比べると平均生涯賃金が23万ドル(114円換算で約2600万円)多かったという。この所得差を17%として、大阪大学の大竹文雄教授が日本での条件にあわせて換算している。それによれば、日本の大卒平均の生涯所得を2億8000万円とすると、平均以上の人の生涯賃金は平均以下の人より4760万円多くなるとの試算もみられた。
また、ハマーメッシュ教授の見解では、18~30歳のビジネスパーソンにそこまで大きな変化は出なかったものの、年齢が上がるにつれてその差は顕著になるとしている。若さで許された部分が、年齢とキャリアを重ねるにしたがってシビアになるため、より一層身だしなみに気を付ける必要がありそうだ。
「伝えたい自分を誤解なく効果的に伝えられることで、相手に信頼感を与え、ビジネスをパワフルかつ有利に進めることが可能になります」と大森さんは話す。キャリアにあわせた外見に気を配るだけでも、どんな場面でも自信が持てるようになる。その自信で、自分が望む交渉を手に入れるにも、有利に働くはずだ。
ハリウッドの黄金時代にスタイリストとして活躍し絶大な支持を得たイデス・ヘッド(注1)もこんな風に語っている。
「手に入れたいものにふさわしい服装さえしていれば、人生で欲しい物は何でも手にすることができる」
もちろん服装がすべてではないが、その場面で自信が持てる服装をしていることが自分を押し上げて、思う以上の成果につなげられるだろう。次回は、大森さんにうかがったABCの中から「B =ビヘイヴィア(Behavior)立ち居振る舞い」、「C=コミュニケーション(Communication)」をもう少し具体的にお伝えさせていただこう。
[脚注・参考資料]
注1:イデス・ヘッドEdith Head 1897年‐1981年衣装デザイナー 巨匠ヒッチコックに信頼されたほか、『明日に向かって撃て!』、『スティング』などで男達に粋なファッションを与えた映画衣裳の第一人者。『ローマの休日』では、オードリー・ヘップバーンの華奢な鎖骨を隠すために、ベスパで走り回る彼女の首にスカーフを巻いてファッショナブルに仕立てるなど、着る人の弱点をフォローする手腕で絶大な支持を受けた。モナコ王妃となったグレース・ケリーの服装も手掛けている。
大森ひとみ『「みかけ」が仕事を決める!』2012年世界文化社
Daniel S. Hamermesh, BEAUTY PAYS ; Why Attractive People Are More Successful, 2011, Princeton University Press
NHK「オイコノミア」, 美しくなる経済学!? ,2013年6月21日放送
上野陽子『コトバのギフト~輝く女性の100名言』2012年講談社
Daniel S. Hamermesh and Jeff E. Biddle, Beauty and the Labor Market, 2001
(上野陽子=文)