ずっとイライラしてしまう、不安が拭えない、だるくてやる気がしない、なんだか息苦しさが続く。これらは単純な「性格」ではなく、自律神経のバランスが乱れた結果かもしれない。順天堂大学医学部の小林弘幸教授は「男性は30代、女性は40代に入った頃から、徐々に自律神経のバランスが乱れやすくなることがわかっている」という――。
※本稿は、小林弘幸『気がついたら自律神経が整う「期待しない」健康法』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■能力やセンスより自律神経のバランスが重要
自律神経のはたらきが心身に密接に関係していることは、私たちの自律神経研究チームが開発した測定解析機械を用いた研究によってすでに医学的に立証されています。
仕事ができる人、成果を出せる人は、生まれついての才能だけで決まっているわけではありません。むしろ、持って生まれた能力や才能、センス以上に、自律神経のバランスが整っているかどうかのほうが重要である、と断言してもいいでしょう。
思考のスピードや柔軟性、判断力、周囲を冷静に見渡し、円滑にコミュニケーションする力などは、自律神経のバランスが整って初めてフルに発揮できるものだからです。
性格についても同じことがいえるのではないでしょうか。
嬉しいときは大はしゃぎするが、少しでも嫌なことがあると一気に落ち込んでしまう。些細(ささい)なことでカッとなり、怒りが抑えきれずに爆発してしまう。このように感情がジェットコースターのようにアップダウンしてしまう理由を、「あの人はそういう性格だから」の一言で片付けてしまってよいのでしょうか?
私はそうは考えません。喜怒哀楽のアップダウンが急激でそれに振り回されてしまう人でも、自律神経のバランスがきちんと整いさえすれば改善される部分が少なくないはずです。
性格は親から受け継いだ遺伝子や家庭環境などの複合的な要因によって形成されるものです。しかし、自律神経のバランスの不具合が続き、不調が長引けば外から見える「性格」もおのずと影響を受けて変わります。
ずっとイライラしてしまう、不安が拭えない、だるくてやる気がしない、なんだか息苦しさが続く。
これらは単純な「性格」ではなく、自律神経のバランスが乱れた結果、体が心を支えきれなくなった状態なのかもしれません。
■コロナ禍で攻撃的な人が増えている
新型コロナウイルスの世界的感染拡大もまた、私たちの自律神経に多大な影響を与えています。
外出や行動が制限され、仕事のやり方も変えざるをえない。人と交流する場が失われ、ストレス発散の場も減ってしまった……。誰もが何らかの我慢を強(し)いられながら、次々に変化する状況に対応してきました。
こんな劇的な状況が数年続いているのですから、ちょっとした変化にも敏感な自律神経が乱されないはずがありません。
コロナ禍のように長期的な不安や恐怖にさらされると、交感神経だけが高まった状態が続くため、血圧が上がって興奮状態に陥りやすくなります。外部の刺激に対する反応が過敏になりますから、他人への攻撃性や猜疑心(さいぎしん)も高まります。
自分とはまったく無関係なタレントの浮気が発覚したというゴシップニュースを追いかけては、「絶対に許されるべきではない」と息巻いている。
そんな人々がネット上の世界には溢れ返っています。そうした状態にある人々の数が増えると、社会にも殺伐(さつばつ)とした空気や閉塞感が漂(ただよ)います。
実際に、外来診療には不安や息苦しさ、うつ症状、パニック症状などを訴える患者さんが残念なことに増え続けています。 写真=iStock.com/101cats ※写真はイメージです – 写真=iStock.com/101cats
■若さと勢いで駆け抜けられるのは、人生のごくわずかな時期だけ
自律神経のバランスが乱れる要因はさまざまです。
ストレス、暴飲暴食、生活リズムの乱れ、運動や睡眠の不足、喫煙習慣、気候の急激な変化などが挙げられますが、忘れてはならないのが「加齢」です。
男性は30代、女性は40代に入った頃から、徐々に自律神経のバランスが乱れやすくなることがわかっています。
じつは、交感神経のはたらきは年齢を重ねてもあまり変わらないのですが、副交感神経のはたらきは年齢とともに低下していきます。そのため、交感神経だけが強くはたらいてしまうアンバランスな状態になりやすいのです。
私たち順天堂大学の研究チームが行なった「男女年代別の自律神経測定データ調査」の結果を見ても、男女ともに30代、40代と年齢が上がるにつれて、副交感神経の活動レベルが急降下していきます。
体力の衰(おとろ)えや心身の不調を感じ始める中高年期は、副交感神経のはたらきがどんどん低くなっていく時期ともぴたりと一致します。
高齢者が怒りっぽくなってしまうのも、年齢を重ねていくほどに副交感神経のはたらきが低下し、感情のコントロールが難しくなってしまうからです。
エネルギーに溢れた10代、20代であれば、多少の睡眠不足やダメージはすぐに回復できるでしょう。
しかし、若さと勢いで駆け抜けられることができるのは、人生のごくわずかな時期だけです。そこから先の長い数十年間は、私たちは自分で意識して心身のコンディションを整えていかなければなりません。
■「にっこり笑顔」で簡単に自律神経は整う
本書で述べているように、自律神経は「意思とは関係なくはたらくもの」です。
自律神経は外からは見えず、手で触れられません。筋肉と違って「鍛(きた)える」こともできません。さらに、老化によって何もしなければ副交感神経のはたらきは着実に下がっていきます。
けれども、日常の行動パターンや習慣を変えることで、自律神経を「コントロール」することは誰でも可能です。
自律神経のバランスを整えるもっとも手軽な方法を一つご紹介しましょう。
それは「笑う」ことです。 写真=iStock.com/Asia-Pacific Images Studio ※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Asia-Pacific Images Studio
「あれもこれもやらないと」と焦ってパニックになったとき、大事なプレゼンを前に緊張したとき、イライラしているときなどは、あえて笑顔をつくってみましょう。
不安や怒りを感じると、全身の血管が収縮し、血流が低下します。肩に力が入り、呼吸は無意識に浅くなるため、柔軟な動きもできなくなってしまいます。このとき、体の中では交感神経のはたらきが高まり、副交感神経のはたらきが弱まっている状態にあります。
そんなときこそ、にっこり笑いましょう。
笑えないというのであれば、笑顔を真似(まね)た作り笑いでもOKです。口角を意識してキュッと上げるだけでも、顔の筋肉の緊張がほぐれ、顔だけでなく全身をリラックスさせる効果につながります。 小林弘幸『気がついたら自律神経が整う「期待しない」健康法』(祥伝社)
これは、口角を上げて表情筋をゆるめることで、首の動脈にある圧受容体というセンサーから「血管を広げて副交感神経を上げるように」という指令が送られるからです。
口角さえ上がっていればよいので、軽い微笑みでも十分に効果があります。
実際に笑顔をつくってみてください。
肩の力がふっと抜けて、息がすーっと吐けた実感があるのではないでしょうか。そのままゆっくりと深呼吸をするとさらにリラックス効果が高まり、集中力や冷静さも発揮されます。
にっこり笑う。
たったこれだけのことでも、副交感神経のはたらきを高め、交感神経に傾いてしまいがちな自律神経のバランスを整えることはできるのです。
———-小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
———-
(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)