ランチを終えた昼下がりに突然襲ってくる睡魔。パソコンに向かってもミスが続く。何とかしたいと思っている人は少なくない。実は、昼間の眠気には病気が隠れていることもある。解消法や注意点を紹介しよう。
都内で午後の電車内を見渡すと、座席でこっくりこっくりと舟をこぐ人の姿が目立つ。かくいう記者も座ったら同じように居眠りをしてしまう。
2015年の国民健康・栄養調査によると、睡眠時間が6時間未満の男性の44.5%、6時間以上の29.3%が、「日中に眠気を感じた」と答えている。女性はそれぞれ48.7%、32.4%。男女とも昼間に眠気を感じる人は多いのだ。睡眠総合ケアクリニック代々木(東京都渋谷区)の井上雄一・理事長はこう話す。
「昼間の眠気には体内時計が関係していると言われています。午後に一度、眠気が強まるのは、生理的な現象なのです」
ただ、睡眠不足はやはり眠気の要因になる。茨城県つくば市にある筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史・機構長は、「夜にしっかり睡眠をとれば、昼間に眠くなることはありません」。
成人に必要な睡眠時間は7時間程度と言われている。国民健康・栄養調査では6〜7時間睡眠の人の割合がもっとも多い一方で、6時間未満の人が10年前に比べ増えているという。
「問題は、本人が睡眠不足を自覚していないこと。例えば、通勤時間が片道1時間長くなると、睡眠時間が平均で1時間減ることが研究でわかっています。『通勤電車の中で寝るから大丈夫』と考えている人もいるようですが、まどろんでいるだけで、睡眠不足は解消できないのです」(柳沢さん)
個人によって適正な睡眠時間は違う。睡眠がしっかりとれているかどうかを見分けるポイントは、「休日の睡眠時間」だという。
「仕事や学校がある日と、休日の睡眠時間の差が2時間以上あったら、睡眠不足の可能性が高い」(同)
ライフスタイルの面から睡眠障害を考える、すなおクリニック(さいたま市)の内田直・院長は、昼間の強い眠気を訴える患者に、8時間睡眠を2週間継続するプログラムを実践してもらっている。
「職場や家族の協力が必要ですが、例えば午後10時から午前6時まではベッドにいてもらいます。このプログラムにより十分に睡眠がとれたことで、昼間の眠気がなくなったという人もいます。わかりにくい睡眠不足が、はっきりと自覚できます」(内田さん)
忙しい人は、今年のゴールデンウィークの10連休で試してみてはどうだろうか。
昼間の眠気対策として、専門家が勧めるのが「昼寝」。最近では国内外の大手企業も推奨している。大事なのは眠る時間だ。睡眠の質を考えると10〜15分が適切で、これ以上長いと目覚めが悪くなったり、夜間の睡眠に影響を及ぼしたりすることがある。
柳沢さんが昼寝で重視するのが、「首を支えること」。横になって休むのが一番だが、それができない場合は、机の上に突っ伏したり、背もたれに寄りかかったりして眠る。揺れる電車内で舟をこぐような体勢では良質な眠りにならない。
内田さんは、専用の枕やクッションを使えばいいという。机の上で顔をうずめても寝やすいよう、真ん中に穴が開いているものも。
昼寝が難しい場合は、おなじみの対策もある。
「コーヒーや緑茶などカフェイン飲料を飲む。あとは冷たい風に当たる、歩く、体を動かすといったことも有効です」(井上さん)
もちろん、こうした対策はその場しのぎ。できるだけ睡眠時間を確保できるように、ライフスタイルを変えることが大事だ。
病気が原因で眠気をもたらすこともある。人と一対一で話しているときや、食事中などに繰り返し寝落ちするような場合は、病気が関係している可能性が高い。一度専門医に診てもらったほうがよい。
昼間の眠気をチェックするリストもある。代表的なものが上の表の、「JESS(エプワース眠気評価尺度日本語版)」。これで点数が11点以上であれば、病気の可能性があり注意が必要だ。
【エプワース眠気評価尺度日本語版(JESS)】
以下の場面を想定し、うとうと(数秒〜数分眠ってしまうこと)すると思いますか? 最近の日常生活を思い浮かべて、あるいはその状況になったときを想像して答えてください。(0:うとうとする可能性はほとんどない 1:少しある 2:半々くらい 3:高い)
【1】すわって何かを読んでいるとき(新聞、雑誌、本など)
【2】すわってテレビをみているとき
【3】会議、映画館、劇場などで静かにすわっているとき
【4】乗客として1時間以上、続けて自動車に乗っているとき
【5】午後に横になって、休息をとっているとき
【6】すわって人と話をしているとき
【7】昼食後(飲酒なし)、静かにすわっているとき
【8】すわって手紙や書類などを書いているとき
眠気の原因となる病気で最も多いのは、「睡眠時無呼吸症候群」。呼吸が止まることで脳が覚醒し、睡眠が途切れる。重症だと1時間あたり30回以上呼吸が止まるという。本人は自覚できず、寝室を共にする家族から指摘されることが多い。
「太っている男性や更年期を過ぎた女性で昼間の眠気が強い方は、この病気を疑ったほうがいいかもしれません。若くて細くても下アゴが小さい人は、無呼吸が起こりやすい」(内田さん)
就寝中に足を蹴り出す動きをする「周期性四肢運動障害」という病気でも、眠気は起こりやすい。
「周期性四肢運動障害では、そのたびに脳が覚醒し睡眠が途切れるため、睡眠不足が生じやすい」(井上さん)
これと同じような病気に「むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)」がある。その名のとおり、眠ろうとすると足先がムズムズする病気で、昼間に眠くなりやすい。
昼間の強い眠気といえば、過眠症も忘れてはいけない。その一つのナルコレプシーは、覚醒と睡眠のスイッチが不安定になる病気。覚醒に関わる「オレキシン」という脳内物質の欠乏で生じる。この物質を突き止めたのが、柳沢さんらのグループだ。
ナルコレプシーは、オレキシンを作る神経細胞を免疫細胞が攻撃してしまう自己免疫疾患である可能性が高いと、別の研究でわかってきた。
「ナルコレプシーは突然寝落ちする睡眠発作と、笑うなど大きく感情が揺さぶられるときにカクッと力が抜ける情動脱力発作が特徴です。眠る前に幻覚を見たり、金縛りになったりすることも」(柳沢さん)
治療は今のところ、覚醒をもたらす薬による対症療法しかないが、オレキシンの代わりに作用する薬の研究も始まっている。
内田さんが最近気にするのは、発達障害が原因と考えられるものだ。海外の調査では、ADHD(注意欠陥・多動性障害)の人の85%が昼間の眠気や睡眠の質の低下などを訴えたという。
「発達障害には、脳内物質のドーパミンやノルアドレナリンの働きの低下が関係していると言われています。注意力が落ちるだけでなく、覚醒の維持もうまくいかなくなるため、昼間に眠気が出るという説があります」(内田さん)
これらの病気以外に、花粉症に使われる抗アレルギー薬(抗ヒスタミン薬)、抗うつ薬などでも眠気をきたすことがある。
いずれにせよ、昼間に強い眠気を何度も感じ、生活に支障が出ているようなら、病院で診てもらったほうがいいだろう。