痴漢に走る中国の男性は高度経済成長の犠牲者か?

(花園 祐:上海在住ジャーナリスト)

 今から約10年前、中国で上海市地下鉄に痴漢(中国語「地鉄性騒擾」)が出たというニュースが報じられました。当時の中国では痴漢犯罪自体がまだ物珍しかったこともあり、まるで珍獣でも現れたかのように新聞各紙は大々的に報じ、物議を醸しました。

 当時の筆者の同僚は、この痴漢事件に驚きつつ、「経済が発展するのと同時に、中国の社会も病んできたのかもしれない」という感想を述べていました(その感想に対して、筆者は思わず「それを言い出したら、中国よりずっと痴漢の多い日本社会はどれだけ病んでいるの?」とツッコミを入れてしまいましたが)。

 それから時を経た現在、中国でも痴漢犯罪は増え続け、もはやありふれた身近な犯罪となりつつあります。その一方、痴漢犯罪に対する法整備の遅れから、処罰は極端に軽いままとなっており、警察や鉄道関係者からは対策に苦慮する声が聞かれます。

 そこで今回は、ある意味で日本の後を追う形となりつつある中国の痴漢犯罪事情について紹介したいと思います。

身近になってきた痴漢犯罪

 今年(2020年)8月、北京市地下鉄内で女性に痴漢行為を働いたとして、中国銀行保険監督管理委員会で処長(日本の部長に相当)を務める44歳の男性が逮捕されました。

 北京市地下鉄では当時、夏場にかけて増え始める痴漢犯罪に対し、特別警戒が実施されている最中でした。捕まった同男性は車両内で周囲をうかがうなど挙動が不審だったことから私服警官に見張られており、痴漢行為を働いた現場でそのまま取り押さえられました。その後、関連規定に従って、同男性には10日間の拘留処分が科されたと報じられています。

 この痴漢事件は、捕まった人物の社会的地位が高かったこともあり、多くのメディアに取り上げられました。しかし現在は、この事件のように犯人の社会的地位が高いなどのニュース性がなければ、痴漢事件が中国でいちいち報じられることはありません。痴漢はもはや、中国でもすっかり“身近な犯罪”と化してきています。

 実際に、2017年に中国青年報が行った調査によると、調査対象である中国の女性のうち53.5%が「これまでに痴漢行為を受けたことがある」と回答しています。

 ちなみに、法律相談支援サービス会社のカケコム(東京都・道玄坂)が今年8月に発表した日本における痴漢犯罪調査結果によると、過去に痴漢行為を受けた日本の女性の割合は64.0%でした。割合ではまだ日本のほうが上回っていますが、中国における被害経験割合も日本の水準に近付いていることがわかります。

 大きな違いは、被害直後の対応です。日本の調査では「泣き寝入りした」という回答が69.8%を占めるのに対し、中国の調査における同割合はわずか6.0%しかありません。

 中国の調査では、被害直後の対応が「大声を出した」「証拠を撮影して110番に通報した」「すぐ走って逃げた」などで占められており、中国の女性の方が“戦闘力”が高いことをうかがえる結果となっています。

対策を急ぐ各地の地下鉄

 このように増え続ける痴漢犯罪に対し、中国の警察や鉄道運営法人も手をこまねいているわけではありません。

 北京市では今年6月、北京市婦女聯合会が痴漢犯罪啓発ポスターを作成し、主要交通ターミナルに掲示しました。同ポスターでは「周囲の乗客も見て見ぬふりせずに、被害女性を助けてあげよう」と訴えており、痴漢犯罪撲滅への市民参加を求めています。

 また上海市も今年4月、上海鉄路運輸検察院が市内の地下鉄駅57駅において痴漢犯罪撲滅マニュアルの冊子を配布し、駅構内での掲示も行っています。同マニュアルは漫画付きで、どういった行為が痴漢犯罪に当たるのか、被害に遭った場合の対応などに加え、具体的な処罰刑法についても解説しています。

世論を受け厳罰化へ

 ただ、今なお中国では、痴漢対策の法整備が追い付いていないことが指摘されています。

 中国では痴漢犯罪に対し、「中華人民共和国治安管理処罰法」のセクハラ(中国語「性騒擾」)関連規定に則り、各自治体が設けた条例を適用して行政処分を科すことが一般的です。ただ同規定では、具体的にどのような行為がセクハラに当たるのかが規定されていません。

 また、その処分規定も「5日以下の拘留または500元(約7800円)以下の罰金、事案が深刻な場合は5日以上10日以下の拘留に500元以下の罰金を追加してよい」という内容であり、犯罪事案に対し処罰内容が軽すぎるのではないかとの声があがっています(冒頭の痴漢事件例に対する処罰はまさにこの規定通りの処分内容です)。

 なお日本国内では痴漢犯罪に対し「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」と条例で規定している自治体が多いようです。

 そうした厳罰化世論を受けてか、中国でも近年、痴漢犯罪に対し厳罰を科す動きが広がってきています。

 北京市では2017年、地下鉄車内で痴漢行為を行った男性に対し、従来のセクハラ罪ではなく強制猥褻罪が適用され、懲役1年3カ月の判決が下されています。同案件では、被害女性に対する殴打などの直接的暴力はありませんでしたが、以前にも痴漢で逮捕された前科があったことから、女性の意思に反し強制的に猥褻行為を行ったと認定されました。

 また上海市でも2019年、同様に地下鉄車内で痴漢行為を行った男性に対して強制猥褻罪が同市で初めて適用され、懲役6カ月の判決が下されました。同事件では未成年女性に対して痴漢行為が行われたこと、逃げようとした女性を追いかけ行為が続けられた点などが重視されました。

痴漢の増加理由は意外なところに

 上記の厳罰化の動きについて、中国メディアを見る限り、痴漢犯罪の抑止につながると期待する声が多く聞かれます。しかし性犯罪の特殊性、並びに元々処罰が厳しかった日本の現状と比較するにつけ、果たして厳罰化だけで抑止につながるのかは正直疑問です。

 そもそもなぜ中国で痴漢事件が増えているのでしょうか。

 この点について中国人の友人に尋ねたところ、「以前と比べて彼女が作りづらくなったからじゃない?」という答えが返ってきました。これには筆者も二重の意味で深くうなずかされました。

 経済成長の弊害というべきか、中国人女性が交際男性に求める条件、特に収入に関する基準はかつてと比べてきわめて高くなっています。その結果、日本同様に中国でも彼女のいない成人男性が増えているのです。この傾向は、痴漢の増加とけっして無縁ではないでしょう。

 となると逆説的に言えば、男女交際のマッチング推進こそが痴漢犯罪の最大の対策となるかもしれません(ほぼ実行不可能という気はしますが・・・)。

 今や痴漢犯罪への対策は、日中で共通する課題となりつつあります。痴漢という卑劣な犯罪を撲滅するためにも、日中で共に知恵を絞り合わなければならない時代が訪れつつあるようです。

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