子どもの学力を伸ばすためには、どんな子育てを心がけるべきか。小児科医の成田奈緒子さんは「学力の伸ばすためには、勉強ではなく『よく食べて、よく寝て、規則正しく生活する』ことが大切だ。脳には大きく分けて3つの発達段階があるが、子どもの頃から勉強をさせすぎると脳が成長する順序を乱してしまう。5歳までは『立派な原始人』を目標にして育てるべきだ」という――。(第2回)
※本稿は、成田奈緒子『子どもの隠れた力を引き出す最高の受験戦略 中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■生活の軸を基本にして、残った時間で勉強をする
脳育ての理論において、私が何よりも重視しているのは早寝早起きと睡眠時間という「生活の軸」です。まずは生活の軸を守った上で、次に食事や入浴といった生活に必要な時間を差し引き、最後に余った時間を勉強にあてるのです。
勉強をやらなくても子どもの成長に支障はありませんが、勉強を強制されることで心身にさまざまな症状が現れてしまった子どもを今までに数多く見てきました。「そんなことをいっても、子どもが落ちこぼれたら将来かわいそう」と思われるかもしれません。
しかし、学ぶことの重要性を自分で理解できれば、子どもは自ら勉強をするようになります。それが子どもの脳を育てるということです。隣で子どもにつきそいながら時間をかけて勉強を教えても、残念ながら子どもの脳を育てる根本的な方法にはならないのです。
■脳の発達には“3つの段階”が存在している
規則正しい生活や睡眠時間に私がこだわる理由は、人間の脳が発達する順序にあります。
人間の脳は、生後約18年かけ、大きく3段階に分かれて発達します。私はこの三つのパートを、発達する順番に「からだの脳」「おりこうさんの脳」「こころの脳」と呼んでいます。この順番が変わることは決してありません。最初に発達する「からだの脳」は脳の中心部に位置し、大脳辺縁系や視床下部、中脳などを指します。呼吸や体温調整、寝る、起きる、食べる、体を動かすといった極めて原始的な機能を司る、人間の生命維持装置に当たる部分です。
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/metamorworks
次に発達するのが、脳の外側を広く覆っている「おりこうさんの脳」です。脳のしわの部分である大脳新皮質を指し、読み書きや計算、記憶、思考、指先を細かく動かす微細運動などをコントロールしています。中心部の「からだの脳」が原始的な動物にも備わっているのに対し、外側部分の「おりこうさんの脳」は、進化の過程で発達した人間らしさを司る機能を担います。そして最後に発達するのが「こころの脳」です。
「おりこうさんの脳」の一部である前頭葉と「からだの脳」をつなぐ神経回路のことを指します。「こころの脳」が発達すると、論理的思考力や問題解決能力、想像力、集中力などが身につき、物事を論理的に考えたり、衝動性を自制できたりするようになります。
■順序を間違えなければ、何歳からでも脳は育つ
三つの脳はそれぞれ発達するタイミングが決まっており、0歳では「からだの脳」、1歳頃からは「おりこうさんの脳」、そして10歳頃から「こころの脳」が発達します。「からだの脳」は生きる上で最も大切な脳であり、0〜5歳にかけて盛んに育ちます。この脳が体内時計を動かすことで、朝は覚醒し、夜は入眠することができます。
昼間は身体活動を行うために活発に自律神経を活動させ、空腹になれば食欲を起こし、きちんと食事を摂ることができます。「からだの脳」が育たないことには、後に続く「おりこうさんの脳」も「こころの脳」も上手く育たないため、脳全体の土台部分といえます。
この「からだの脳」を育てるために必要なのが、規則正しい生活と十分な睡眠時間です。幼少期はとにかくよく食べ、よく動き、よく眠ることで「からだの脳」を育てることが何よりも大切です。
もし、脳育ての順番が間違っていたことに気づいても、慌てる必要はありません。脳は何歳からでもつくり直すことが可能です。人間の脳内には、情報処理を行う神経細胞・ニューロンが通常150億〜200億個あると言われています。このニューロンが複雑に結びつき、情報伝達を行うことで脳は発達します。
成人期には約100億個の脳細胞がつながりますが、残りの50億〜100億個の脳細胞はつながらずに残り、死ぬまでつながりが増え続けることが脳科学の研究から明らかになっています。このつながりを増やすことで、何歳からでも脳を育てることは可能です。
特に発達途中である子どもの脳は「可塑性(かそせい)」といって、とても柔軟性が高く、新しい刺激によっていくらでも変化させることができます。ですから、順番を間違えていると思ったら、まずは規則正しい生活を心がけ、「からだの脳」づくりから始めてみましょう。
■早期から「おりこうさんの脳」を育てる必要はない
特に5歳までの子どもは、何をおいても脳の土台となる「からだの脳」を育てることが重要です。しかし、この時期に早期教育や習い事を始める家庭は少なくありません。習い事などで刺激されるのは「おりこうさんの脳」です。
「おりこうさんの脳」は1歳頃から育ちますが、発達の中核をなすのは6〜14歳頃であり、18歳頃まで時間をかけてゆっくりと発達します。幼児期から「おりこうさんの脳」ばかり刺激された子どもは、幼少期は大人の言うことをよく聞く、「賢くておりこうさんな子」として周囲の評判も上々でしょう。
写真=iStock.com/Hakase_
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ところが小学校高学年から中学生くらいになると、不登校や摂食障害、不安障害など、さまざまな問題を抱えるケースが非常に多く見られます。「からだの脳」が育つ前に「おりこうさんの脳」ばかり育ててしまうと、脳全体がアンバランスな状態になり、やがて心の問題として顕在化してしまうのです。
繰り返しになりますが、脳の三つの機能には発達する順番があり、それぞれのバランスをとることがとても重要です。脳を一軒の家にたとえるなら、1階が「からだの脳」、そして2階に「おりこうさんの脳」があります。この家を作る際、1階部分がまだ完成していないのに、2階部分から作り始めてしまうと家全体が崩壊します。まずは1階部分を作り、ある程度、形ができてから2階部分に着手する。そして最後に1階と2階をつなぐ階段部分にあたる「こころの脳」が完成するのです。
■まずは「からだの脳」をしっかり育てるべき
人間はゆっくり成長する生き物です。そして成長には個人差があります。周りの子どもと自分の子どもを比べ、「あの子はもうアルファベットがスラスラ読めるのに、うちの子はまだ一文字も読めない」「お友達がプログラミング教室に通い始めたから、うちの子も通わせないと」などと慌てる必要はありません。「おりこうさんの脳」だけを大きく育てても、土台となる「からだの脳」が貧弱であれば、どこかでバランスを崩す可能性があります。
幼少期の小さな焦りのせいで、子どもの脳のバランスを大きく崩してしまうと、あとから立て直すのは大変です。「年齢の割にしっかりしている」「もうアルファベットが読める」という短期的な評価を得る代わりに、中長期的な問題を抱えるリスクを冒してまで早期教育をする必要があるのか、私には疑問です。
規則正しい生活により「からだの脳」が育っていれば、その子の心身は健やかに成長します。勉強や友達関係などで少しくらい大変なことがあっても、脳が致命的なダメージを受けることはない、というのが私の脳育ての理論です。
■重要なのは「よく食べ、よく眠る生活」
5歳までの子どもは、言うなれば原始人のようなものです。本能のままに生きているという意味もありますが、人間が生まれる過程を見るとその理由がよくわかります。ヒトは、魚類から両生類、爬虫(はちゅう)類、時代を経て哺乳類へと進化する過程で生まれた生き物です。そして実は、私たちは母親の胎内にいる時に、これと同じ進化の過程を一気にたどっているのです。
胎生25日の胎児の頭部には魚のようなエラがあり、まだとてもヒトとは思えません。その後、魚類から両生類へと進化するように鼻などが形成され、顔の真横にあった目が徐々に正面へと動き、やがてヒトの形になってこの世に誕生します。生まれたばかりの赤ちゃんは、姿かたちこそ人間ではあるものの、まだ人間になりたての状態。進化の過程に沿うなら、まず目標とすべきは原始人であり、そこから少しずつ文明が扱える現代人を目指せば良いのです。
ですから、5歳までの子育ては、「うちの子を立派な原始人に育てる!」という意気込みで取り組んでください。この発想は、「からだの脳」を最初に育てる脳育ての理論とも一致します。「からだの脳」を育てるには、よく食べ、よく眠り、規則正しい生活を繰り返すことが大切ですが、これはまさに「日が昇ったら起きて食べ、日が沈んだら身を守るために安全な場所で眠る」という原始人の生活そのものです。この時期に育まれる生きるためのスキルは、文明が高度に発達した現代においても、自分の命を守り、健康に生きる上で不可欠です。
写真=iStock.com/maroke
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■どんなに遅くても夜の8時までには寝かせたほうがいい
わが家では、娘は生後50日から保育園に預けられ、毎朝7時半頃には登園し、帰宅は夕方6時〜7時頃でした。幼いうちからハードな保育園生活を送っていたわけですが、どんなに私の帰りが遅くなっても夜8時までには娘を寝かせていました。
娘の就寝時刻から逆算して保育園のお迎えに行き、時間がない時には夕食やお風呂は適当にはしょり、それでも間に合わない時はシッターさんの手を借りながら、夜8時に寝かしつけることだけを目標に生活を送っていました。帰宅後に団らんするような時間はほとんどありませんでしたから、娘とスキンシップが取れるのは夜、布団に入ってから眠りにつくまでの間くらい。
それ以外では朝食の時間が、家族全員そろってコミュニケーションを取れる唯一の時間です。娘と一緒にたっぷり眠り、元気いっぱいに目覚め、みんなでモリモリ朝食を食べながら朝の会話を楽しんでいました。
共働き家庭の場合、夕食の支度は仕事から帰宅した夕方6時〜7時頃になることが多いと思います。親心として「なるべく手作りのおかずを提供したい」「栄養バランスを考え、品数を多くそろえたい」という気持ちもわかりますが、そのせいで就寝時刻が遅くなってしまっては、脳育ての観点では本末転倒です。
■早寝早起きさえ守れれば、ほかのことは手を抜いてもいい
特に幼少期は「からだの脳」を育てることを何よりも優先すべき時期です。毎日、太陽のリズムに合わせて規則正しい時間に寝起きすること。乳幼児期なら夜8時まで、小学生なら夜9時までには寝かせ、翌朝7時までに起こすことを目標にしましょう。
「そうは言っても、夕食後に後片づけをしてお風呂に入れていたら、あっという間に8時を過ぎてしまう」と思われた方は、すべてを完璧にこなそうとしているのかもしれません。私の脳育ての理論では、早寝早起きさえ守っていれば、「きちんとご飯を食べる」「毎日お風呂に入る」といったことは、多少手を抜いても構いません。
「寝る前に、毎日絵本の読み聞かせをしてあげたい」と思っていても、夜8時を過ぎたならその日は潔く諦めます。1日くらいお風呂に入らなくても死にはしませんし、毎日絵本を読めなくても気にする必要はありません。わが家では夜8時に寝ることを厳守していたので、就寝時刻から逆算して夕食をゆっくり食べている時間がない時には、納豆ご飯とお漬物だけで済ますこともありました。
ただし、毎日納豆ご飯では栄養が偏りますから、時間に余裕がある日に帳尻を合わせていました。夕食が簡素になってしまったら翌朝は野菜たっぷりのスープを用意する、お風呂に入らない日が続けば不衛生ですから、翌朝早起きして入らせる、時間がある週末に好きなだけ絵本を読んであげるなど、1日、1週間単位でバランスが取れていればよしとしましょう。
■できれば親も一緒に夜8時に寝たほうがいい
そして、毎晩8時になったら消灯。親自身もパジャマを着て、「今日も早く寝られたね」「お布団、気持ちいいね」などと話しながら、親自身が寝ることを楽しむ姿を見せることで、睡眠の大切さを伝えましょう。
写真=iStock.com/geargodz
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8時就寝を目標に掲げると、子どもだけ早く寝かせようとする親御さんが多いのですが、そうすると子どもは「ママたちばっかり夜中まで起きていてズルい」と恨み節になります。それならばいっそのこと家族全員で8時に寝て、起きる時間を調節する方が合理的かつ健康的です。
そうして朝になったら子どもより先に起き、自分の好きなことや仕事をする。子どもが起きてくる前に自分だけの静寂の時間をもつことで心に余裕ができ、子どもが起きてきた時には心からの笑顔を見せることができます。
■そもそも日本人は必要な睡眠時間が足りていない
脳を育て、正常に働かせるために必要な睡眠時間は研究により発表されています。世界の小児科医から最も利用されている小児科医の教科書『ネルソン小児科学』によると、小学生の理想の睡眠時間は約10時間、18歳でも8時間15分です。一方、厚生労働省が行った調査によると、日本全国の小学生の平均睡眠時間は約8時間。
成田奈緒子『子どもの隠れた力を引き出す最高の受験戦略 中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』(朝日新書)
さらに、経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表したデータでは、日本人の平均睡眠時間は7時間22分であり、全体平均である8時間28分より1時間以上も短く、加盟33カ国中、最も睡眠時間が短いことが報告されています。つまり、日本人は、大人も子どもも必要な睡眠時間に対し、1〜2時間も足りていないということになります。
とはいえ忙しい毎日の中で、理想の睡眠時間を確保することが難しい人も多いと思います。ですから小学生なら9時間以上、中高生なら8時間以上、大人はできれば7時間以上を目安に、睡眠時間を確保することをお勧めします。大人でも、睡眠時間が7時間を下回ると、脳は正常な機能を保てなくなります。ましてや発達途中の子どもの脳にとっては、睡眠時間の確保は他のことでは替えがきかないほど重要なものなのです。
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成田 奈緒子(なりた・なおこ)
文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表
小児科医・医学博士・公認心理士。1987年神戸大学卒業後、米国ワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。臨床医、研究者としての活動も続けながら、医療、心理、教育、福祉を融合した新しい子育て理論を展開している。著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春出版社)、『高学歴親という病』(講談社)、『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(共著、講談社)、『子どもの脳を発達させるペアレンティング・トレーニング』(共著、合同出版)、『子どもの隠れた力を引き出す最高の受験戦略 中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』(朝日新書)など多数。
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(文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表 成田 奈緒子)