先日の東京都都知事選で2位の票を獲得した石丸伸二氏が、何かと注目を集めている。
特に誰かからの質問に対して“返り討ち”をするような独特の言い回しが、である。
噛み合わない部下と上司の会話
中でも日本テレビ系列の開票番組で社会学者の古市憲寿氏と繰り広げた、「また同じ質問ですか?」「もう一回言えってことですか?」といった押し問答は、SNSを中心に「石丸構文」として拡散され、トレンド入りした。
私はこの「石丸構文」がビジネス界でも広がるのではないか、と危惧している。おそらく戦々恐々とするのは上司たちだろう。
たとえばイベントの終了後、部下が上司にその報告をしているシーンで、以下のような会話があったとする。
部下:「……ということで、今回のイベント集客は63名の実績でした」
上司:「それで、どれぐらい見込み客が増えたの?」
部下:「私、見込み客の話をしました?」
上司:「見込み客を発掘するためにイベントを開催したんだよね?」
部下:「私はイベントの集客実績について報告したのです」
上司:「見込み客を発掘するためにイベントを開催したんじゃないの?」
部下:「同じ質問を繰り返しされてます? さっき答えたばっかりですが」
一見するとまったく噛み合っていない会話である。
しかしよく見ると、せっかく部下がイベントの集客実績を報告しているのに、上司はその報告に関する意見や感想を伝えることなく、「見込み客は?」と質問している。
これでは、“返り討ち”するような部下の言い分もわからないでもない。
「イベント集客は63名だったんだね。お疲れさま。目標が60名だったから、よくやった」
と部下を労い、報告を受け止めたうえで、
「それで、イベントで集客したお客様の中から営業できそうな見込み客は、どれぐらいあったかな?」
と質問したら話が噛み合い、
「それなら7名ほどです。アンケートを集計したところ、12名の役職者のうち、当社の商材に関心を示された方が7名いましたので」
と部下はすんなり答えたかもしれない。上司はイベントの実績を「集客数」と「見込み客数」とに分けて話せばよかったのだ。
「融通の利かない部下」の印象を与えるだけ
とは言え、である。
常識的に考えて、上司がここまで部下を気遣い、丁寧に返答しなくても、上司の意図は伝わりそうなものだ。にもかかわらず難癖をつけたり、屁理屈を並べたりすると、単なる「融通の利かない部下」と見られてしまうだろう。
「石丸構文」とまでは言わなくても、前後の文脈を考えず、言葉尻をとらえて発言をする若者は増えているように思う。
私の考えでは、その理由は2つある。
まず「上意下達の概念がかなり薄れている」こと。今の若い世代は大半が「先生と生徒」「先輩と後輩」といった上下関係が緩い学生時代を過ごしており、若い人に強く言えない上司が増えているのを尻目に、ズケズケものを申してくる。
もう1つの理由が、「それってあなたの感想ですよね?」に代表される「論破王」ひろゆき氏らの影響が大きいこと。
事実と意見を切り分けよ、というのはロジカルシンキングの基本的な考えなので、忖度だらけの世の中に、ひろゆき氏らの小気味よい理屈が刺さっているのは間違いない。肩書なんかより知識や理論で勝てる、と思える時代となったのだ。
実際に目にした部長の苦笑いシーン
実際、ある会社で、24歳の社員が部長に対して
「先ほど目的と言っていましたが、本来は目標ですよね? 言い間違いですか? それともわざと目的と目標を使い分けたんですか?」
と臆することなく突っ込みを入れている光景を目にした。私の隣にいた部長は苦笑いをして、
「確かに、目的と目標を同じ意味で使っていたと思う。今回のケースは目的という意味だった」
と釈明していた。
私が驚いていると、その部長は
「誰に向かって口きいてんだ、って言いたいですが、そんなこと言ったら若い子は辞めちゃうでしょ?」
と耳打ちをしてきた。「若者に強く言うと辞めてしまうかもしれない」と思い込んでいる上司たちは、かっこうの標的として論破されてしまう。
「私は、依頼されたことをやればいいと受け止めて確認もしました」
「なので依頼されたこと以外はやっていません。それでいいですよね?」
「依頼はしてないけど、やるべき作業はあるってどういうことですか?」
このように、相手の曖昧な口調を狙い撃ちしてマウントをとろうとする部下たち。もう少し空気を読んだり、忖度することも組織人として必要なのではないか、と思えたりする。
真に「論理思考力が高い」人は柔軟性がある
結論から書くと、「石丸構文」のような質問や発言をしていると、本人のためにならない。なぜなら論理思考力が高まらないからだ。
本当に論理思考力が高い人は「柔軟性」がある。将棋のプロで考えたらいい。目先の「歩」が欲しいからといって、自分の駒を動かしていいわけがない。一手、二手先を読んで駒を動かさなければ勝てない。
いったん右に移動させよう。いったん後ろに下がろう。すると相手はこのように出てくるから、次はこの手を打とう、と先読みするはずだ。だから論理思考力が高い人は、
「相手が言っていることは間違っているが、ここはいったん引こう」
「この件に関してはいったん承諾するが、あとで課長に釘を刺しておこう」
など「妥協点」や「落としどころ」を探るのだ。組織で働いているのなら、なおさらのことだ。
以下の4つのパターンで考えてみよう。
(1)Win-Win:自分も勝ち、相手も勝つ
(2)Win-Lose:自分が勝ち、相手は負ける
(3)Lose-Win:自分が負けて、相手が勝つ
(4)Lose-Lose:相手が負けて、自分も負ける
マウントをとって優位に立とうと考える人は、「(2)Win-Lose」が一番成果が最大化すると思い込んでいるだろう。
しかし、それは勘違いだ。あまりに相手を打ち負かそうとしていると、自分まで負ける「(4)Lose-Lose」という最悪な結果になることもある。
相手も勝たせて自分も勝ったほうが、自分が手に入れる成果は大きくなるものだ。だからベストは「(1)Win-Win」。
松下幸之助氏も稲盛和夫氏も「利他の心」がないと商売はうまくいかないと説いた。本当に論理思考力が高い人はそれを理解している。
そして、そういう人たちは、必要あればプライドを捨てて謝罪することもできるし、相手に優越感を持ってもらうための配慮もできる。
面白半分に「石丸構文」を真似るのはいい。しかし優越感に浸るためならやめよう。ビジネスにおいての原理原則は「相手の立場に立って考える」だからだ。
著者:横山 信弘