空き缶集めに罰則案、ホームレス「集めないと生きていけない」

約180人のホームレスが暮らす神奈川県川崎市。現在、その“生業”であるアルミ缶集めを禁止する条例改正の動きが進む。高齢化も進み、路上暮らしがいっそう難しくなる中、ホームレスを巡る「今」を追った。(村松魁成) 【写真特集】密着ドキュメント…刑務所に入る「おばあさん」が増えている

 夜になるとまだ肌寒い春、約束した午後9時半に川崎区の稲毛公園に向かうと、白髪交じりのぼさぼさ髪のタダシさん(47)が待っていた。寒そうなサンダル履きだ。

 すえたにおいを漂わす70リットルの袋を載せた台車を第1京浜沿いから押し、京急川崎駅周辺へ。住宅地の路地を抜け、ゴミ集積所や自販機のゴミ箱があると、慣れた手つきで両手を突っ込みアルミ缶を選んで袋に詰める。「道路で音を立てると怒られるからね」。つぶすのは公園だ。

 歩きながらぽつりぽつりと話す。市内のホームレスでは若手だが路上歴は10年。5年ほど前から缶集めで週2回、朝と夜に歩くといい、「ここはペットボトルばかり」「ここは朝の方がたくさん集まるんだよ」とピンポイントで指さす。台車が重くなっても、片手で軽やかに動かす。花見客からもらった缶も合わせ、約1時間半歩いて約30か所で4袋分を集めた。

 タダシさんは市内の中学を卒業後、工場など職を転々とした。一時は民間の福祉施設に入ったが、「縛られて監視される気がしてね。外にいる方が気ままで楽」と路上生活を選んだ。市民団体からの差し入れと缶集めで生活しており、「悪いなぁ、後ろめたいなぁと思う。でも、缶を集めないと生きていけない。集積所は汚さないし、台車も目立たない場所にとめるし、マナーは考えてやってるよ」。少しだけ語気を強めた。アルミ缶を売ったお金を確認するタダシさん(川崎市川崎区で)

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 後日、集めた缶を買い取る区内の業者を訪ねた。高値をつけてくれる業者として知る人ぞ知る存在らしい。この日の買い取り価格は1キロ(350ミリ・リットル缶約70個分)当たり140円。市内のホームレスの半数ほどが缶集めで生計を立て、多くはここで換金する。男性社長によると、都内から多摩川を越えて売りに来る人もおり、全体の4割は個人だ。「どこから持ってくるかは知らないけど、どんな相手でもきちんとしたものを持ってきたら高く買い取るよ」

 話を聞く間にも次々に売りに来て、その中にタダシさんもいた。アルミ缶の他にフライパンなど小型金属を売って2500円だったといい、うれしそうな顔で台車を押して帰って行った。

 だが、資源ゴミの持ち去りは市には長年の課題だ。市収集計画課によると、市内のアルミ缶の持ち去りは、2019年まで過去5年平均で約280トン分(約2000万円相当)に及ぶ。

 市は、組織的な持ち去りなどを防ぐ狙いで、条例改正案を9月に市議会に提案する方針を打ち出している。しかも、違反者に罰則を科せる条項を付けた。担当者は「地域的な理由を考えると踏み出せない部分もあった」と葛藤もあったが、実効性を重視した。

 市としては、ホームレスから生業を奪うのでなく、これを機に路上生活をやめてもらうことを目指している。「缶を生活の糧にした自立ではなく、福祉を通じた自立の道を進んでほしい」からだ。

 だが、条例改正に対する市のパブリックコメントには、「命綱を奪われ死ねと言われるのと同じ」「福祉が苦手な人もいる」などと批判的な声も寄せられた。市内で30年近く支援活動に携わる水嶋陽さん(62)は「禁止された後に缶を集めたら“悪者”扱いになり、市民の目が厳しくなる」と危惧する。「今の政策に限界があるから彼らはいる。いつか自立をしてもらうにしても、まずは、社会とのつながりを持てる就労の機会や生きがいを与えてほしい」

 タダシさんは持病があり、時々、体が思うように動かないことがあるという。「条例ができちゃったら、諦めて生活保護に戻るしかないかな……」とつぶやく。

 条例改正は、ホームレスたちが行く末を考える機会になるのは間違いない。

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