規律を守って、仕事は真面目に。上司の顔色をうかがっては、神経をすり減らす日々。 なのに、あの人は今日も遅刻して平気な顔。ムカつくような、うらやましいような……。 悪くいえば自分勝手で無神経、良くいえばどっしり構えて軸がブレない。ビジネスの場において、鈍感であることはどんな意味を持つのでしょうか。 【特集記事】そんなにポジティブじゃなきゃダメですか? 「テレ東プラス」では「自分を鈍感だと思いますか」「周囲に鈍感な人はいるか」など、アンケートで実態を調査。当事者や専門家の声をもとに「鈍感力」について探りました。
周囲に鈍感な人はいるか、の問いに75%以上が「いる」
全国の10~60代以上のYahoo! JAPANユーザー男女2000人にアンケートを実施(2023年7月1日)した結果「自分を鈍感だと思いますか」との質問には、40.1%(※「どちらかというと」含む)が「鈍感ではない」と答え、「鈍感だ」の35.1%を上回りました。
では、周囲の人に対してはどのように思っているのでしょうか。「鈍感だと感じる人がまわりにいますか」の問いには75.6%が「いる」と回答。
「鈍感だと感じる人」の立場は「同僚」(34.6%)が最も多く、その後に「友人」「家族」が続きます。
「鈍感をうらやましいと思うか」の質問には「ある」(※2)が39.6%、「ない」(※2「どちらかといえば」含む)が33.4%。うらやましいと思う人がやや上回り「どちらともいえない」が27.2%でした。どこがうらやましいかと尋ねると「あまり傷つかずに済むところ」「悪いこと、嫌なことに気づきにくい」「細かいことで悩まない」などの回答が並びます。
そもそも鈍感はいいことなのか。根本的な問いに過半数の61.8%が「どちらともいえない」と答えました。いい面もあれば悪い面もあると多くが捉えているようです。 これらのアンケート結果を踏まえ、大阪大学教授で経済学者の安田洋祐さんにお話をうかがいました。
敏感な人は鈍感な人に比べて損している?
Q.敏感な人はまわりに気を使う分、鈍感な人に比べて損をしているのでしょうか。 「一概にそうとはいえません。知らず知らずのうちに、鈍感な人の恩恵を受けている場合もあるはずです。たとえば、少し遅刻をする、上司よりも早く退社する、有給を気兼ねなく取るといった行為は、周囲が神経質な人ばかりだとなかなかできません。ですが、そうした『異質の振る舞い』をしたとき、鈍感な人は決してあなたを責めない。鈍感な人の存在が『会社の常識外』の一歩を踏み出しやすくする心の安定剤になっている場合もあるのでは。 それに、鈍感な人がその場にいれば、神経質な人たちも肩の力が抜け、態度や行動が柔軟化していきます。きっかけは一人の鈍感な仲間かもしれませんが、まるでドミノ倒しのように、空気を過剰に呼んでいた組織を徐々に変えていくかもしれない。いずれは誰もが長らく存在意義を疑問に感じてきた悪しき習慣を止める可能性だってあります」 Q.敏感な人が鈍感力を身につける方法はありますか。 「鈍感力を身につけるコツやテクニックは近年、いろいろな自己啓発本に記載されているので、それを参考にするのも一つの方法です。しかし、私としては個人レベルでの対策より、組織として経営者や上司が鈍感力を発揮しやすい職場づくりを心がける方が本筋だと思います。 上司より先に退社してもいい、制度として認められている有給はどんどん取ればいいと、リーダーが部下にコミットし、行動しやすい環境をつくるのが大事です。対面の必要性が低い会議なら積極的にオンラインにするなど、社内でルール化していくのもいいでしょう。 誰もが安心して意見を言い合える『心理的安全性』という言葉がありますが、上司や経営者が部下の発言や行動を歓迎する振る舞いをまわりに見せれば、敏感な人も安心して、ある意味で鈍感に動けるようになります」
Q.しかし、企業の多くはそれができていないようにみえます。 「日本の組織で決定権を持つ大半はミドルからシニアにかけての男性です。彼らの多くは一定の物事に対して過剰に敏感である他方、別の物事に非常に鈍感であると私は感じています。 具体的には組織内で地位を高めるという、ビジネスパーソンにとっての重要な指標に対して彼らはとても敏感です。そのため組織の慣習にできるだけ馴染み、命令には疑問を挟まず、すぐに行動に移します。 他方で、その敏感さが果たして企業の効率性や生産性に直結しているのか、残念ながら、そこに対してはかなり鈍感なようにみえます。そうした人がいつまでも意思決定権を握っているのは、組織にとって、ひいては日本のビジネス全体にとってもあまり効率的とはいえません」 Q.どう改善すべきだと思いますか。 「そもそも、鈍感や敏感が問題になるのは人間関係が重視され過ぎるからで、もう少しパフォーマンスの評価に重きを置くべきではないでしょうか。社内の評価基準か変われば、結果、必要以上の敏感さは求められることはなくなると思います。 いまは売り上げや収益性、コストはいうまでもなく、顧客満足度もいろいろな手法で可視化できるようになっています。たとえば、新サービスが顧客満足度を向上させたなら、プロジェクトメンバーの貢献度を定量化して評価する。厳密に定量化できないにしても『このチームは頑張りました』と社内で評価を明示するなどはできるはずです」 Q.鈍感さを自認している人へアドバイスはありますか。 「正直、真に鈍感な人に対しての助言はありません。そもそも、人間関係など気にせずに、自分の目的や目標をすでに優先している方たちだと思うので。ですが、比較的鈍感だと自認していて、空気が読めないことに悩みを抱えている人にアドバイスするなら、自分が組織を変えているんだ、くらいの自負を持って堂々としていればいいのではないでしょうか。ぜひその鈍感力を、組織や他のメンバーのために役立ててほしいです」
【大阪大学大学院経済学研究科・教授 安田洋祐(やすだ ようすけ)】 1980年東京都生まれ。2002年東京大学卒業。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授を経て、22年7月より現職。専門はゲーム理論、マーケットデザイン、産業組織論。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。 (取材・文/森田浩明) ※この記事は、テレ東プラスとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
Q.アンケートの結果では、自身を鈍感だと思っていない人(※)が40%以上でした。 「興味深かったのは、反対に『自分は鈍感だと思う』(※)という人35%以上もいたことです。10~20年ほど前なら鈍感だとか、空気が読めないとかは、基本的には悪口でした。ですから『あなたは鈍感か』と聞かれると否定したくなるものです。鈍感力に対して一定のメリットを感じているからこそ、こうした結果になったのだと考えられます」 Q.鈍感という言葉の捉えられ方が変化している? 「そうですね。鈍感をポジティブなものと捉える人が以前より増えてきた。周囲の空気に惑わされない鈍感さにもいい面があるという考え方が浸透してきた証拠だと思います。 反対に、良い面ばかりかと思われた敏感という言葉は、敏感であるがゆえ、空気を読みすぎるがゆえに疲弊する面があるとSNSなどを通して表面化してきたのではないでしょうか」 Q.端的にいえば、鈍感な人は自分を持っている? 「はい。ですが残念ながら、そうした人は日本の組織にはあまりいません。多くは人間関係に敏感ゆえに上司や同僚など他者の意見に流されがちで、社会規範ではなく会社の『常識』を優先してしまう。それが行き過ぎると、組織ぐるみの粉飾決算などの不祥事にも見て見ぬふりをしたり、加担をしたりしてしまう場合もあります」 Q.日本の社会にはもう少し鈍感な人が増えたほうがいいのでしょうか。 「そうだと思います。もちろん、空気を読んだ同調行動によって、ある種の一体感や火事場の馬鹿力的なパフォーマンスが出る場合も極端なケースではあります。ですが、通常業務において組織の外の感覚を少しでも持っている人が適切な振る舞いをしてくれた方が、メリットが大きいのではないでしょうか」