窃盗、暴力、性…まるで“老成”していない高齢者たちの「裏社会」

日本人の長寿化に伴い、激増しているのが高齢者による犯罪だ。貧困や孤独だけが原因ではなく、現役時代はそれなりの地位にあった者もトラブル老人となるリスクをはらんでいる。(週刊ダイヤモンド2015年12月19日号特集「老後リスクの現実 [リアル]」より 取材・文/ノンフィクション作家 新郷由起)

2015年11月、宮崎県で71歳の男が、飼育調査に来た県職員に激高して自宅の檻にいたニホンザルを鉄パイプで撲殺して逮捕される事件があった。15年12月2日にも佐賀県で、万引きを注意された77歳の男が逆上し、相手の男性が抱いていた生後10カ月の赤ん坊を傘の先で殴打して逮捕された。

このところ、“老成”の沙汰とは思えない、“キレた”高齢者の暴行事件報道が続出している。大きな事件でなくとも、電車やバスの車内でケンカ腰に振る舞う、店先で無抵抗の店員へ怒声を浴びせる、暴れる等の光景は、今や「一度も目にしたことがない」という人の方が少数派だろう。粗野で乱暴な老人、自己中心的で傲慢な高齢者の暴行事例は、現代ではすでに“日常化”した感すらある。

15年11月発表の法務省「犯罪白書」(2015年度版)によれば、14年の一般刑法犯における65歳以上の検挙人員は4万7252人。横ばい、もしくは緩やかな減少傾向にある他の年齢層を抑えて2年連続のトップとなっている。

ここで、「高齢者数が増えているのだから、単純に犯罪の数も増えて当たり前では」と達観するのは現実に反している。

65歳以上の検挙人員は20年前と比較して約4倍で、人口構成比では約2倍と、高齢化率をはるかに凌ぐ実態にあるからだ。罪名別でも「遺失物等横領」を除く「殺人」「強盗」「傷害」「暴行」「窃盗」の全てで著しい右肩上がりを見せており、中でも「暴行」は1995年の77人から14年の3478人と、20年間で実におよそ45倍へ急伸している。

こうした高齢の事犯者は、「検挙しても持病等をはじめとした諸事情から留置しづらく、また不起訴となるケースも多い」と、数多の警察関係者が口を揃え、「さらに手を焼くのが、この先の人生で失うものが何一つない、いわば“最底辺”の高齢者の扱いです」と嘆息する。

「彼らはすでに今の暮らしが最低レベルのため、捕まっても捕まらなくてもうまみがあるんですよ。留守宅を荒らして窃盗に及んでも、捕捉されなければ金品が手に入り、捕捉されたら冷暖房完備の留置所や刑務所で、栄養バランスの取れた三度の温かい食事と、同じ境遇の仲間たちと過ごせる生活にありつける。どちらに転んでもいいことずくめなので、改心もしなければ更生の意思もない。捕まっても『好きなようにしてくれ』と開き直るだけで、甚だ徒労感しかありません」(警察関係者)

年の数だけ人生経験を積んでいる分、嘘をつく頻度や程度、度胸が他の世代より上回っているのも特徴で、「反省を促して、未来を問える若年層よりも厄介」(同)なのが、もっぱらの共通認識だ。

こうした実態に、「高齢者犯罪なんて、ごく一部の生活困窮者やステータスを持たない連中が引き起こすのだろう。蓄えもあり、家族もいる自分には無縁」と切って捨てるのは早計だ。

実際、検挙された高齢者全体の約6割、女性に至っては8割超を占める「万引き」は、その半数以上に「暮らし向きに不自由はない」あるいは「裕福」との調査結果も散見され、「他に楽しみがないから」など、刺激を求めて常習化する類いも後を絶たず、必ずしも下位層に限った犯行でない点に高齢者犯罪の奥深さがある。

現役警察官が吐露する。

「高齢者においては、ほとんどが『これを言ったら許してもらえるのでは』といった、誰もが分かりやすく、同情を誘う理由を口にします。『お金がない』と『寂しかった』はその最たるもので、1000万円超の貯金があっても『生活の不安』を動機に挙げた90代女性の万引き犯もいました」

このため、高齢者犯罪では「貧困」と「孤独」が犯行の二大理由として報じられることが多いが、必ずしも鵜呑みにはできない内実があるのだ。

ストーカーは元上司恵まれた高齢者でも陥る異性トラブル

そして、金銭に困らず、対外的には孤独でない「恵まれた高齢者」において、身近な“落とし穴”となりがちなのが、対人関係──とりわけ異性にまつわるトラブルだ。

多くの高齢者事案に携わってきた弁護士の星千絵氏が指摘する。

「高齢世代の不倫トラブルや婚姻による遺産相続のもめ事も増えており、お金やステータスがあるからこそ老年になって問題を引き起こす事例は少なくないのです」

触法行為としては、顕著な例に「ストーカー」行為がある。警察庁の統計では、60代の行為者の増加は他世代より伸び率が著しく、14年度の認知件数(2199件)は10年前の4倍超となった。70歳以上も03年は90人だったのが昨年は654人と7倍以上に激増しており、数字の上では加害者総数の約10人に1人が60歳以上となる格好だ。

「バカバカしい。ストーカー行為など対岸の火事」と一笑に付すなかれ。15年前に施行(13年に改正)された「ストーカー規制法」は、ほとんどの求愛行動が相手の受け取り方次第で「ストーカー」行為として扱われる側面を持つ。

「面会、交際を要求し、拒まれたにもかかわらず、電話やメールを繰り返すことは、場合によってはストーカー行為と捉えられます。極端な話、一度断られているのに諦めず、道路に立ちふさがるかたちで相手の目前に現れただけで該当となるケースすらあるのです」(星氏)

かつての大ヒットドラマ「101回目のプロポーズ」のように、何度も相手へ交際を迫るアプローチは、今や「ストーカー行為者」として通報される時代なのだ。

「いい年をして色ボケに走るなど」と冷笑される向きは、考えてみてほしい。現役を退けば通勤もなくなって、日々の生活の行動範囲が極端に狭まる。と同時に、日常的に異性と接する機会が激減する。会社員であれば、社内のどこかで必ず目にしていた“年下の異性”の姿もなくなり、挨拶や他愛ない会話を交わす相手すら、ともすれば医療関係者やショップ店員だけとなるケースも珍しくない。

心を通わせる相手が身近にいない、あるいはすでに冷え切った関係のパートナーしかそばにいないとなれば、あり余る時間と自由になる小金があるだけに、時に思いがけない暴走を招くこともある。

「物腰の柔らかな人徳者の部長でした」と、退職した元上司の男(当時69歳)からストーカー被害に遭ったN子さん(41歳)は、3年を経ても動揺を隠せずにいる。

元上司宅が子供を預ける保育園に近いのを偶然出くわして知った彼女は、その後“なぜか”男と顔を合わせる頻度が増えていく。N子さんにとっては新入社員時代からの恩人であり、信頼できる元上司として、時に仕事や子育ての相談を持ち掛けたりもした。

ところが、保育園からの道すがら、不意に抱きすくめられた。

「ビックリして払いのけましたが、『どうしようもなく好きになってしまった』と」(N子さん)

男は妻帯者で、孫もいる身だったが、「妻とは長く家庭内別居状態で会話もない。君の家庭を壊す気はないが、気持ちを止められない」と、携帯電話を着信拒否にしても、さまざまなアドレスから毎日10通以上のメールが送り付けられた。

「夫に相談したら疑われると思い、一人で悩んだ末に奥さまへ手紙を書いたんです」(同)

その後、紆余曲折を経て事態は収拾に向かったが、N子さんは「親子ほど年が違うため、異性とは全く意識していなかった」と、今も苦々しい思いを引きずる。

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