管理職になると市場価値が下がり転職に不利だとして、「管理職になりたくない」とこぼす若手が増えているという。実際、その多忙さに忙殺されてスキルアップもままならないという管理職経験者の声も多い。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う筆者は、日本型組織とそこで働く管理職の「役割」の特殊さにこそ元凶があると語る。※本稿は、小林祐児『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)の一部を抜粋・編集したものです。
若手社員が昇進を恐れる理由は「管理職になると転職できなくなる」
管理職になるのを嫌がっている若手と話していて、しばしば聞くのが「管理職になってしまうと、転職できなくなる」という言葉です。現場で使えるスキルが下がり、時代の変化に取り残され、市場価値が下がる──。このように言われることが多くあります。
転職の面接で、「あなたは何ができますか?」と質問され、「部長ならできます」と答えるしかないという定番のジョークもまだまだ聞かれます。管理職になることで負荷が上がり、責任が重くなる上に、転職できなくなるのでは、「罰ゲーム」と言われても仕方ありません。
ここで理解するべきは、ニッポンの組織構造と、そこで働く管理職の「役割」の特殊さです。
日本に限らず、世界のほとんどの会社組織の構造は、分業を重ねたピラミッド型で複数組織をつなぐ形になっています。「営業」「管理」「企画」など主たる機能ごとに部署を分け、組織の指示命令系統の下位の階層にいくに従い枝分かれしていく、いわゆる「官僚制」の組織構造です。おそらく読者の皆さんの会社の組織図も、このようになっているはずです。
日本の組織も外形的には、諸外国と同じようなピラミッド構造をしています。ですが、日本企業の指揮・指示のコミュニケーションの実態は、だいぶ様子が異なります。「管理職」というポイントに着目して、欧米的な組織コミュニケーションと比較してみましょう。
欧米的な発想で言えば、管理職とは、組織同士を個人単位でつなぐ「連結ピン」となるポジションです。
上司が持っている指示の宛先は、その下にいる「直属の部下」であって、さらにその下の階層のメンバーに対して直接指示する関係にはありません。「部長の部下」は課長であって、課長の部下である主任やメンバーに対して、部長は指示を出さない、できないということです(図表31)。これを「タテの分業」と呼びましょう。もちろん、欧米にも色々なタイプの組織が存在しますが、理念的にはこのような階層別の分業意識が強く働いています。
同書より転載© ダイヤモンド・オンライン
一方で、日本の組織を観察すると、外形的には同じ形であっても、組織と組織をつないでいる指揮・指示のコミュニケーションが「入れ子」構造になっているという特徴が見られます。
「入れ子」構造とは大きな枠の中に小さな枠が何重にも重なって入っている構造です(図表32)。サイズ違いの人形が次々に出てくるマトリョーシカのようになっています。
同書より転載© ダイヤモンド・オンライン
様々な“無駄”を作り出す日本企業の「入れ子構造」
よく指摘されるように、日本の組織の特徴は、チームで仕事を受け、作業をシェアしながら進めることにあります。フレキシブルにその都度仕事が割り振られ、メンバー同士の「ヨコの分業」意識も薄いです。
「人の仕事を手伝ったらその人のジョブを奪うことになりかねない」「私の仕事はここまでだから、他の人の仕事は関係ない」といった意識は、海外では当たり前のようにありますが、日本で働く人には希薄です。長期雇用の中で柔軟にジョブを割り振り、部署横断的にPDCAを回すことで、製品やサービスの高いクオリティを可能にしてきた歴史があります。
日本企業は、こうしたメンバー間の水平的(横方向)な分業意識が低いだけでなく、管理職同士の垂直的(縦方向)な分業意識も低いのが特徴です。
部長は、「部全体」を代表し、課長はもちろん、その下のリーダー、さらにその下にいるメンバーたちをも「部下」として内包している感覚が強いのです。上位役職者が「チーム全体の代表者」として振る舞い、指示コミュニケーションを行いがちです。本来の組織構造、レポートラインとしては課長に一任すべき内容も、部長や上位の役職者が様々に口を挟み、指示していく。それによって意思決定が重層的になり、煩雑になります。
部長は課長以下全体に対して代表者のように振る舞い、部長の下の課長もまた、主任やリーダーに任せるべき仕事まで自ら行ってしまいます。役員レベルから主任レベルまで、このような「入れ子」構造が折り重なり、意思決定プロセスが重複することが、日本の組織の実態です。職場で無駄に回される稟議書も、新規事業の承認プロセスの多さも、課レベルの決定事項を後からひっくり返してくる部長も、こうした「入れ子」状のコミュニケーション構造から生まれています。
日本の管理職に期待されているのはチームの「こぼれ仕事の拾い役」
日本企業のこうした特徴はデータ上にも表れます。図表33の国際比較では、日本の管理職は、アメリカ・中国と比べて「仕事が不明確」で「突発的な業務」が多い。チームの「こぼれ仕事の拾い役」としての役割が透けて見えます。管理職自身の意識についても日本の管理職は自分を「経営の一員である」とみるよりも、「従業員の1人である」と認識する傾向が強いこともわかっています。
同書より転載© ダイヤモンド・オンライン
また、上司の行動として多いものを順に並べたパーソル総合研究所の調査データ(図表34)でも、世界の上司の行動で全体1位に入るのは、部下の「スムーズな業務進捗への支援」です。まさに部下の仕事がうまくいくような支援的役割がマネジャーの仕事ということでしょう。
同書より転載© ダイヤモンド・オンライン
それに対して、この項目は日本では7番目と下位に沈みます。日本で上位に挙がってくるのは、「メンバーに対する平等な接し方」と「ミス発生時の十分なフォロー」です。管理職がチームの「代表」として平等に振る舞い、部下の仕事になんらか支障が生じたときのトラブル対応を担う役割であることがここにも端的に表れています。見る範囲が広い分、そのトラブル対応の範囲も広くなるわけです。
また、先程見た日本のキャリア構造も、ここに大きく関わってきます。日本の管理職は、長くて遅い選抜のため、管理職になったあとも長い間ジョブ・ローテーションの対象になり続けます。総務部長が急に人事部長になったり、部や課をまたいだ管理職の兼務も当たり前に行われます。欧米企業でも上級幹部層の候補者は部門横断的なジョブ・ローテーションの対象になりますが、それは選ばれた少数のエリートのみです。日本は40代を過ぎても、多くの管理職が会社都合でコロコロと部門をまたいで異動していきます。
管理職はジョブではなく多忙すぎる雑用係にすぎない
こうした組織構造とキャリア構造によって、日本企業において管理職というのは、広報や経理、営業といった具体的な「ジョブ(職務)」に紐づいたポストではなく、「社内階層の高さ」を示すものになりました。だからこそ、「経理のマネジャー」や「営業のマネジャー」ではなく、「管理職」という同一の階層として日常的にも使われる言葉になっているのです。
さて、ここまでくれば、「管理職がなぜ市場価値につながらないのか」という問いへの答えが見えてきました。
「ジョブ(職務)」という概念が、「役割」や「ミッション」と異なるのは、企業を横断して「職業」としてのマーケットを形成できることです。「ジョブ型雇用」がいくら話題になってもこのことがなかなか理解されないのは、そもそもこの「ジョブ」の意識が、この国に希薄だからでしょう。
「ジョブ型雇用」の要点は、ポストごとに職務が明確化され、ポスト数が限定化されていることだけでなく、それが企業横断的な意味を持った「ジョブ」という一般的単位で扱えることです。
つまり、転職や賃金、配属において「ジョブ」が市場と照らした参照単位として機能します。
日本の管理職ポジションは、このような意味での「ジョブ」として成立しません。課や部の「代表者」として、組織内の閉じた役割を担い、近年ではそれが「多忙すぎる雑用係」に堕ちていっています。成長実感を得られにくい他所からこぼれてきた仕事や、判子を押すだけの承認仕事が多くなり、それらが管理職の負荷実感を上げています。
さらに、「ジョブ」には関係なく広範囲の異動の対象となり続けるため、領域の専門的スキルや知識が身につきにくく、現場ではますます「代表者としての雑用」しかできなくなっていくということになります。
その職場のメンバーの中で管理職は業務を最も知らない
現場の声をいくつか挙げてみましょう。
「出向してこの職に就いたので、業務上の優位性が部下に対してなかった」(53歳、男性、運輸・郵便業)
「役職に就く直前に部署が替わってしまい、職場も人も知らない状態から再スタートとなった」(52歳、男性、製造業)
「慣れない部署のトップになったので業務の理解に苦しんだ」(50歳、男性、サービス業)
こうしたことの最終的な表れが、まさに「管理職になると、市場価値が低下する」という逆説的な事態なのです。すでに今、ITエンジニアなどは、「専門性を失うから」「現場感を失うから」「転職できなくなるから」と、マネジャーになりたがらない傾向が強まっています。日本の管理職の複合的な特殊さは、キャリアを今の会社で閉じたくない専門職にとっては、非合理的なものに見えるのです。
『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』 (インターナショナル新書) 小林祐児 著© ダイヤモンド・オンライン
本来、管理職とは、メンバー層では得られない様々な経験とスキルを養うことができるポジションです。例えば、組織の向かう方向を示す力や戦略策定の力、部下を育成する力などは、メンバー層や専門職では得られにくいものです。「経理機能の全体のマネジメント」や「営業部門の部下マネジメント」といった本来の役割で外部にアピールできるのであれば、転職マーケットでの価値を高めることができます。
中途採用が増える中で、そうしたマネジメントポジションの求人も、かつてよりも増えてきています。しかし、今述べたような組織構造の中で、ただの「雑用係」になってしまえば話は別。「部長ならできます」と言う管理職の出来上がりです。