米国から覚醒剤密輸の帰国女子大生(22)が乗っかったトレンド

新型コロナウイルスの影響で帰国していた女子大生が故郷に取り寄せたのは、覚醒剤だった。女子大生はなぜ禁断の麻薬に手を出したのか。若者の麻薬嗜好の高まりを目の当たりにしてきた捜査関係者は、これが新たなる麻薬禍の始まりに過ぎないことを懸念する。

 5月13日に麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で警視庁組織犯罪対策5課に逮捕されたのは大学3年の金沢恵美里容疑者(22)。発端は米国のボーイフレンドからの小包だった。

小包のピーナッツバターの瓶から錠剤を発見

 米国から女子大生宛に成田空港に届いた小包を不審に思った東京税関が開封。なかからは、果たしてピーナッツバターの瓶に入った錠剤が見つかった。鑑定の結果、覚醒剤と判明。ミントの菓子にすり替え、元のように梱包した上で発送された。クリーン・コントロールド・デリバリー(CCD)、泳がせ捜査の始まりだ。

 CCDは1992年から認められた捜査の一種で、麻薬や覚醒剤を荷物のなかから発見した後に別の物に詰め替え、何食わぬ顔で宛先に送付し、その過程で群がる密輸業者らを一網打尽に逮捕する捜査手法だ。

 今回、女子大生はこの捜査に見事はまった。女子大生はそのまま覚醒剤のかわりに詰められた錠剤を受け取った。「覚醒剤と認識しながら受け取った疑いがある」のが逮捕事由だ。たとえ実際に受け取った物がお菓子でも、本人が違法薬物だとの認識があれば、罪に問えるのがこのCCDの特徴だ。

「ミントをわざわざ取り寄せますか?」と税関関係者

 本人は「ミントだと思った」と供述しているが、それを額面通り受け取る向きは捜査陣のなかにはいないだろう。ミントの菓子であろうが、ピーナッツバターの瓶であろうが、日本でもありふれた食材を米国から取り寄せる必要性がないからだ。

「わざわざ取り寄せますか? 怪しいからこそ、箱が開けられることになるんです」と税関関係者は言う。

 女子大生の逮捕は偶然ではない。近年、国内では若年層の麻薬がらみの逮捕が増加する兆しがあるのだ。顕著なのは大麻取締法違反だ。

「大麻が合法な国がある」と多くの逮捕者が供述

 警察庁のまとめによれば、女子大生と同世代の20~29歳で、大麻取締法違反容疑で検挙された数は、2015年に890人だったのが、19年には1950人と倍増。20歳未満に至っては、同じ期間に144人から609人に急増している。30歳未満だけで検挙者の過半数を占めているのだ。14年に吸引方法が似通っている危険ドラッグの規制が強化されたことも要因だが、捜査関係者は「諸外国での大麻解禁の流れも影響している」と話す。

 実際、警察庁が19年に聴取した大麻取締法違反容疑による逮捕者631人のうち、過半数に当たる331人が「大麻が合法な国がある」ことから大麻の有害性を軽視したと回答。海外の大麻合法化の流れが罪の意識の低下につながっていることが疑われる。

 海外からのトレンドの波及がみてとれるのは、コカインも同様だ。コカインはリラックス作用がある大麻と違い、興奮系の麻薬で、覚醒剤よりも効き目が短い。ハリウッド映画で、机に白い粉を縦に並べ、紙幣を丸めて鼻で吸う映像をみた向きもあるかもしれない。あれがコカインだ。

 そもそも日本ではコカインの消費量は微々たるものにとどまっていたが、14年ごろから検挙者が増加し始めている。俳優・歌手のピエール瀧がコカインを使用した疑いで逮捕されたのも記憶に新しいが、暴力団関係者も「クラブのVIPルームなどでコカインを囲んでパーティーをすることが国内でも数年前から流行り始めた」と証言する。

 かつて日本の違法薬物市場は覚醒剤が主流で、大麻、コカイン、ヘロイン、MDMAなどが主流の欧米諸国と一線を画してきた。だが、海外旅行客が急増し、海外からのネット情報などが流入するに従い、海外の麻薬事情に通じる人口も増加。徐々に海外の麻薬傾向が国内に輸入されてきたとみられる。

 ここで冒頭の女子大生に戻れば、捜査関係者の危惧するところがみえてくる。女子大生が密輸したのは覚醒剤。覚醒剤は国内では主流の違法薬物だが、実は若年層に限れば、あまり人気はない。毎年の逮捕者のなかでも30歳未満は1割程度を占めるに過ぎないのだ。

覚醒剤がトレンドのアメリカでは性動画も蔓延

 だが、今回の逮捕が特別の意味を持つのは、この女子大生が米国帰りという点だ。実は、これまで覚醒剤にはあまり手を出さなかった米国で近年、覚醒剤は主流の違法薬物として乱用が急増しているのだ。

 17年には米国で覚醒剤の過剰摂取で1万人が死亡。これは07年の1300人の8倍近い。ネットでは覚醒剤を吸引してセックスにふける動画も蔓延している。

 それだけではない。08年には覚醒剤の結晶を密造する高校の化学教師を主人公にしたテレビドラマシリーズまで放映が始まり、13年まで続く人気番組となった。昔から麻薬ネタを映像化する伝統のある米国ではあるが、違法薬物のなかでも依存性が極端に強い覚醒剤をネタにするのは前代未聞。米国でテレビシリーズの制作には市場調査を徹底するとされているだけに、覚醒剤ドラマの放映は覚醒剤がそれだけお茶の間になじみつつあることを物語る。

 その流行の波と今回逮捕された金沢容疑者が無縁だったと考える方が難しいだろう。金沢容疑者は「大麻やコカインは米国で使ったことがある」と供述しているという。

 海外のトレンドが日本でも反映される——。大麻、コカインで繰り返し訪れた違法薬物の黒船。女子大生による覚醒剤密輸事件は、覚醒剤の若年層での流行が海外から押し寄せる前触れなのかもしれない。

(末家 覚三/Webオリジナル(特集班))

タイトルとURLをコピーしました