米国が”中華スマホ”を使用禁止にした事情

中国がIT分野での世界覇権に向けて動き出している。2015年に打ち出した長期戦略「中国製造2025」では、米国、日本、ドイツの製造業を追い越すことが謳われている。これに対し米国は、中国の覇権を阻止するため、スマホ製造大手・中興通訊(ZTE)および華為技術(ファーウェイ)を米政府機関での利用から閉め出した。米中の貿易戦争は激化しており、日本への影響も懸念される。一体どうなるのか――。

■投資の減少と貿易戦争で先行き懸念高まる中国経済

中国経済の減速懸念が高まっている。GDP(国内総生産)成長率の水準や企業の景況感などを示す中国の経済指標が、徐々に、これまでの水準を下回ることが増えそうだ。ただ、今すぐに中国の経済が、景気後退(GDP成長率が2四半期続けてマイナスとなる状況)に陥る可能性は低いだろう。

そう考える理由として、固定資産投資の減少と、環境対策、米国と中国の貿易戦争の影響がある。昨年秋口以降、中国政府は景気支援のために実施してきた公共事業などを縮小してきた。また、中国政府は、大気汚染など環境問題の軽減にも取り組んでいる。そのために鉄鋼や石炭産業でのリストラに加え、石化プラントの操業停止などが進められた。

加えて、米国のトランプ大統領は、中国への貿易戦争を重視している。主な理由は、11月の中間選挙に向けた人気取りにある。中国は米国が発動した制裁関税と同じ規模の報復関税をかけ返すことはできない。中国にとって、米国は最大の輸出国だ。米国が中国からの輸入関税を引き上げるにつれて、中国の景気の勢い(モメンタム)は弱まる可能性がある。

■引き締め気味の経済政策と環境対策で経済成長率は低下

中国の4~6月期の実質GDP成長率は、前年同期比で6.7%だった。1~3月期のGDP成長率は6.8%だった。これは、4~6月期の中国国内での付加価値の創出額が、1~3月期よりも小さかったということだ。主な原因は、固定資産投資の減少にある。

リーマンショック後、中国政府は4兆元(当時の円貨換算額で57兆円程度)の景気対策を実施した。この結果、インフラ開発などが進み、一時的に景気は上向いた。同時に、この景気対策は、地方政府や民間企業の過剰債務問題につながった。そのため、近年、中国政府は過剰な供給能力のリストラを重視しつつ、状況に応じて経済政策を運営してきた。

■党大会終了後に公共事業を停止

2017年以降の固定資産投資の推移を振り返ると、秋口までは公共事業を通した景気支援が重視された。特に年の前半、インフラ開発などに関する固定資産投資が増えた。その理由は、2017年10月の党大会に向けた社会心理のサポートだ。昨年の党大会は、習近平国家主席の長期的な支配体制を整備するために重要だった。この間、中国人民銀行は金融政策を中立的に運営し、民間企業や家計の債務が膨張しないように努めた。

党大会終了後は、財政を中心にやや引き締め気味に経済政策が運営された。中国政府は債務の膨張を抑えるために、一部の公共事業を停止した。

加えて中国政府は、環境対策を重視している。それも、経済成長率を鈍化させた一因だ。政府が大気汚染や水質汚染を放置すると、国民の生命に甚大な影響が及ぶ。昨年、中国政府は、大気汚染問題の軽減などのために、石化プラントの操業停止を命じた。冬場には、一時的に操業がストップしたプラントの数が、数万カ所に達したと見られている。

その結果、4~6月期の成長率は下振れた。この状況は、中国の景気に息切れ感が出始めたことと言い換えられる。中国の不動産市場で発生しているバブルを鎮静化しつつ、景気の軟着陸を目指すために、政府は債務の抑制を重視せざるを得ない。景気対策が発動されたとしても、大規模なものを打ち出すことは難しいだろう。景況感は悪化しやすい。

■先行き懸念を高める米中の貿易戦争

加えて、3月以降、米国のトランプ大統領が、中国からの輸入に制裁関税を課すなど“貿易戦争は良いこと”と考えてきたことも、中国経済の先行き懸念を高めている。

トランプ政権が重視する貿易戦争は、2つに分けて考えるとよい。それは、中間選挙に向けた人気取り政策と、米中の覇権国争いだ。11月の米中間選挙が終われば、前者を理由とする各国と米国間の通商面の摩擦は解消に向かうかもしれない。一方、米中の覇権国争いは長期的な変化である。それは、選挙の後も続く可能性がある。

中国は2015年に「中国製造2025」と呼ぶ産業施策を打ち出している。中国はIT先端分野を中心に、最先端のテクノロジーを自国内で生み出す能力を手に入れ、アメリカ、日本、ドイツのような「世界の製造強国」となることを目指している。「中国製造2025」はその第1段階で、次世代情報技術やロボットなど10の重点分野を設定し、製造業の高度化を目指す。いわば中国による覇権の強化ともいえる長期戦略だ。

それを食い止める手始めとして、米国は中国の知的財産権の侵害を問題視した。その1つが、中国のスマートフォン製造大手・中興通訊(ZTE)への制裁だった。4月に実施したこの制裁は7月13日に解除された。だが、現地時間8月13日、トランプ大統領は国防予算を定める国防権限法に署名している。この法律の中には、米政府機関関係者のZTEおよび華為技術(ファーウェイ)製品の利用を禁じる内容が盛り込まれている。

■貿易戦争では中国が不利

当面、米中間の貿易戦争を考える上で注目されているのが、米国が、どれだけの中国からの輸入品目に制裁関税を課すかだ。米国の中国製品の輸入額は約5000億ドルである。一方、中国の米国製品の輸入額は1300億ドル程度である(ともに年間の取引額)。

月内にも、トランプ政権は第3弾の対中制裁関税を発動する可能性がある。その規模は2000億ドルとみられる。関税率の引き上げ幅は、25%ポイントと考えられている。実際に第3弾の制裁が発動されれば、制裁全体の規模は、中国の米国製品の輸入額を上回る。

つまり、貿易戦争への対応において、中国は不利だ。中国が、米国と同じだけの制裁を発動し、やられた分の報復を行うことができる金額は、米国から輸入する約1300億ドルだ。それ以上の報復関税はできない。実際にそうした状況が発生すると、中国の貿易にはブレーキがかかるだろう。それは、GDP成長率にマイナスの影響を与える可能性がある。

こうした見方を反映して、人民元はドルに対して軟調に推移している。状況によっては、投資家が中国の企業や金融機関の資金繰り悪化を懸念し、人民元の為替レートが一段と軟調に推移することもあるだろう。

■米国と中国の経済的な相互依存度は高い

ロンドンやニューヨークで資金運用を行うヘッジファンドのファンドマネージャーらと話をすると、米国が中国などに対して仕掛ける貿易戦争が、世界経済最大のリスク要因との指摘が多い。彼らが不安視しているのは、どの程度まで米国が中国への制裁措置を強化するかがわからないことだ。

7月上旬、トランプ大統領は米国が中国から輸入する全品目に、制裁関税の範囲を拡大するとの考えを示した。実際にそこまで制裁が強化されると、中国経済には無視できない影響が及ぶ。それは、米国経済にとってもリスクだ。たとえば、米アップルが販売しているiPhoneは、鴻海精密工業(ホンハイ)の子会社であるフォックスコンの中国工場で組み立てられている。それを、アップルは米国をはじめ、世界各地で販売し収益を得ている。米国と中国の経済的な相互依存度は高い。

トランプ大統領は、ロシアゲート疑惑への批判が高まることを回避したい。そのため、対中制裁など通商政策を通して人気を集めようとする発想は強まるだろう。同氏がその考えを実行に移すとの懸念が高まれば、中国経済の先行き懸念は追加的に高まるはずだ。

■日本の景気回復にも「下方リスク」となる恐れ

その場合、日本経済の下方リスクも高まると考えた方がよい。わが国の経済は、中国を中心に海外の需要に支えられ、緩やかに回復してきた。今後もその状況が続くとは言いづらくなっているということだ。

すでに、わが国から中国への建設機械出荷額の伸び率は鈍化している。貿易戦争への懸念から世界の自動車メーカーの生産能力増強への取り組みにも延期の動きが出始めた。そのため、ファナックなどが手掛ける産業用ロボットや、国内企業が手掛ける半導体製造装置の需要動向を慎重に考える経済の専門家もいる。

経済環境が悪化すれば中国政府は景気刺激策を強化するだろう。同時に、中国政府は、債務削減などの構造改革も進めなければならない。長期的な経済安定のためには、構造改革が優先されると考える。その結果、徐々に、中国の景気のモメンタムは弱まる可能性がある。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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