米国が日本の二の舞、新型肺炎大流行の兆し

「グランド・プリンセス」で感染者21人

 日本政府が新型コロナウイルス感染阻止に失敗した(?)シンボルになってしまった豪華クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。船内で感染し、その後死亡した人は7人になった(日本時間3月7日午後現在)。

 世界は「感染の温床」と陰口をたたいている。

 当初、在日米大使館は米国人乗客救出に協力してくれた日本政府の対応に感謝していた。

 だが、連れ帰った米国人の中から感染者が続出すると、米国内では長期間にわたり「船室に閉じ込めたからだ」と手のひらを返したように批判の声が上がった。

 ニューヨーク・タイムズは上智大学の中野晃一教授が「日本政府の新型ウイルス対応は驚くほど無能だ」と書いた寄稿文をわが意を得たりとばかりに掲載した。

 これに対し、外務省の大鷹正人外務報道官は「アンフェアだ」と反論する記事を投稿して米紙上で日本人同士の喧嘩になっている。

 それまで外交上の儀礼もあって、沈黙を守っていた米感染病対策の最高機関、米疾病対策センター(CDC)の最高幹部までが「ダイヤモンド・プリンセス内での検疫体制には問題があった」とまで言い出した。

 米メディアの中には「ダイヤモンド・プリンセスは新型ウイルスの温床」とまでこき下ろするところもある。

 ところが、その米国も日本のウイルス対策を「対岸の火事」などとは言えなくなってきた。

「ダイヤモンド・プリンセス」の姉妹船、「グランド・プリンセス」が「感染の温床」になり出したからだ。

 この豪華クルーズ船はサンフランシスコとメキシコ、ハワイを巡航している。「感染の温床」と嘲笑っていた日本や中国とは全く無関係な米太平洋岸地域だ。

 メキシコ太平洋岸への1週間の旅を終え、サンフランシスコに戻り、そこからハワイに向かおうとしていた矢先、メキシコ巡航に参加していた乗客2人が感染していたことが判明したのだ。

 なお、メキシコ巡航を終え、その後続けてハワイクルーズに参加していた乗客は62人いたという。

 サンフランシスコで下船した71歳の男性は入院直後に死亡した。もう1人も目下入院中。危篤状態だという。

 メキシコに寄港した時にメキシコ人から感染した可能性が大だ。メキシコではすでに5人が感染が確認されている。

 ハワイに向かう途中、感染者が出たことを受けて同船は乗客、乗員の感染の有無をチェックするためサンフランシスコに引き返すことになった。

 ところが寄港に待ったのをかけたのは、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事(52)*1だ。

*1=同知事はサンフランシスコ市長、州副知事を歴任したハンサムでカリスマ性のある民主党のホープ。いずれ大統領候補になるとさえ言われている。

 ニューサム知事は記者会見でこう発言した。

「新型ウイルスから州民を守るために船をサンフランシスコの港に接岸させることはできない」

「乗客(2422人)、乗組員(1111人)のうち、感染の兆しのある乗客、乗員を検査する。結果が出るまで同船は沖合に留まるよう命ずる」

 知事の発表を受けて州保健機関とCDCが検査器具をヘリコプターで運搬し、係官が検査し、データをリッチモンドの専門施設でチェックした。

 その結果が3月7日に出た。

 検査した乗客、乗員46人のうち、21人が感染していることが確認されたのだ。21人の内訳は乗客2人、乗員は19人だった。

「一度に検疫できる能力はない」

 この19人をこれからどうするのか。

 3月6日に開かれた上院国土安全委員会でハッサン議員と国土安全省のケネス・クチネリ副長官との間でこんなやりとりがあった。

ハッサン議員:「陽性反応が出れば、全員を一緒に乗船させておくのは不適切ではないか」

クチネリ副長官:「一度に検疫を行う能力に限界がある。設備対応そのものにも限界がある」

 感染者を直ちに下船させ、隔離するのは緊急の課題だ。だがまだチェックしていない乗員、乗客を直ちに下船させ、解放することには危険性が伴う。

 州行政当局に近い消息筋は筆者にこう指摘している。

「ダイヤモンド・プリンセスを『他山の石』として寄港させなかったところまではよかった。問題は、感染者が21人も出たことでこれからどうするかだ」

「CDCもカリフォルニア州も難しい決断を迫られている。しかも一刻も早く決断せねばならない。船内にすでにクラスターが存在している可能性もある」

「もはや州レベルの問題ではない。ウイルス対策の最高指揮官のマイク・ペンス副大統領がどう判断するか」

「副大統領の右腕ともいうべき医学博士でパンデミック(世界的に流行する感染病)対策の権威、アン・シューチャット厚生副長官がどう判断するか」

「(ドナルド・)トランプ大統領としても盟友・安倍晋三首相の二の舞だけは避けたいはずだ」

 新型ウイルス感染阻止の最高責任者に指名されたペンス副大統領はグランド・プリンセスをサンフランシスコ湾内の商用でない港(おそらく軍港と思われる)に寄港させ、そこで乗客、乗員全員の検査を実施すると発表した。

 CDCなど政府機関の専門家の意見を踏まえたものだ。ところがトランプ大統領は直ちにこれに異議を唱えた。

「一定期間、乗客らを船内にとどまらせろ、船を『基地』として使え。外に出せば、感染者数は増えるだろう。全員船内に隔離すべきだ」

 その後、同船は9日、サンフランシスコ湾内のオークランド港に接岸することが決まった。

 入院を必要とする乗客をまず下船させ、州内の医療施設に搬送。その後、一般の乗客を下船させ、健康診断を済ませた後、カリフォルニア州在住者は州内の連邦政府施設に、州外居住者はテキサス州サンアントニオの米軍基地などに移送し、検査・隔離する。

 また乗員は下船させずに船内で検査・隔離する方針だという。同船には日本人の乗客3人と乗員1人が乗船している。

「別名はトランプ・ウイルス」

 新型ウイルス問題は、11月の大統領選に向けての最大のアジェンダになってきた。

 予備選を続ける民主党はトランプ大統領の後手後手に回る対応を激しく批判している。

 民主党支持派のニューヨーク・タイムズの著名なコラムニストのゲイル・コリンズ氏は、言うに事欠いてここまでトランプ大統領を批判している。

「新型ウイルスは米本土に侵入した時点から『トランプ・ウイルス』となった」

 トランプ大統領に代わってペンス副大統領はテレビインタビューで「許しがたい暴言だ」と怒りをぶつけた。

(https://www.nytimes.com/2020/02/26/opinion/coronavirus-trump.html)

 米国内ですでに感染判明者は512人、死者は19人となった(米西部夏時間3月8日午後3時現在)。

 トランプ大統領は当初、新型ウイルス感染拡大阻止予算として25億ドルを議会に申し出た。

 これに対し、民主党はこれを大きく上乗せして83億ドルを提示、6日上院を可決通過させた。

 現在感染拡大防止で一番必要なのは検査に必要な機器と検査官。感染したのでは、という市民が医療機関に殺到しているが、検査は遅々として進んでいないのが実情だ。

 カリフォルニア州だけとって見ても保健機関が感染検査を必要とすると判断している州民は7400人。現在までに検査をしたのは516人に過ぎない。

(https://www.latimes.com/science/story/2020-03-06/chaos-at-hospitals-due-to-shortage-of-coronavirus-tests)

「豚インフルエンザ対応よりずっとまし」

 トランプ大統領はこのウイルス禍には当初から楽観的。政権内の専門家たちの言うことにあまり耳を貸そうとしない。3月5日こうツイートしている。

「ギャラップ調査は、わが政権のウイルス対策は最高点をつけている。2009年4月から2010年4月に豚インフルエンザに感染した米国人はのうち死亡したのは1万300人もいた」

「その時の大統領が誰だったか。民主党全国委員会幹部やワシントンの軽量級議員たちに聞いてみたらどうか」

 その時の大統領はバラク・オバマ氏。確かに豚インフルエンザに罹った米国市民は2200万人、1万2469人が死んでいる。

 主要紙のベテラン記者はあきれ顔だ。筆者にこう述べている。

「常日頃からオバマ氏を目の敵にし、オバマ大統領がやった政策をすべて破棄しようとしてきたトランプ氏だが、豚インフルエンザと今回の新型ウイルスの被害を比較して今実際に起きていること、これから起こり得ることを矮小化するとはどうしようもない男だ」

「トランプ氏にとってはすべての道は再選にあり。自らの非は絶対に認めない。だが今回ばかりは対応を間違えると(政治的な)命取りになりかねない」

「呆れるほど基本的常識欠如の大統領」

 政界はもとより、各界、特に伝染病を専門とする医療関係者からは厳しい批判が出ている。

 長年、パンデミック問題の専門家、ジェレミー・コニャンダイク氏。

 2014年に西アフリカで発生したエボラウイルス禍では米国際開発局海外災害支援部長として感染拡大防止に奔走した。

 同氏はトランプ大統領の新型ウイルス対策についてこうコメントしている。

「初動から現在に至るトランプ氏のスタンス、政策決定は完全な失敗だ」

「米国内に侵入したウイルスの凄さを過小評価しすぎている。専門家たちがあれほど口を酸っぱくして助言しているのに聞こうとしない」

「新型ウイルスを退治する治療薬が目下のところないことや、予防のためのワクチン開発にはどのくらい費用がかかるのか、といった基礎知識が欠如しているのだ」

「新型ウイルスがいかに命取りのウイルスなのか、全く分かっていない。にもかかわらず、ツイッターでは『すでに抑え込んでいる』とか『まもなく撲滅できる』など誤報を流し続けている」

「この新型ウイルスに立ち向かう米国にとって最も挑戦すべき(敵)はトランプ大統領かもしれない」

(https://www.vox.com/2020/3/5/21166093/coronavirus-covid-trump-response-fox-news)

航空・運輸・観光産業に優遇制度導入

 専門家の言うことを一切聞かないトランプ氏だが、新型ウイルスが米経済にインパクトを与えていることは動物的勘で察知している。

 株価下落、生産力低下、景気鈍化・・・。そしてトランプ一家が繰り広げるグローバル・ビジネスにどのような影響を与えるか。

 ホワイトハウスのラリー・クドロウ国家経済会議(NEC)委員長は3月6日、フォックス・ビジネス・チャンネルで新型ウイルス感染拡大で甚大な被害を受けそうな航空、旅行、クルーズなどの運輸・輸送・観光産業への特別救済措置を検討していると発言した。

 同委員長はトランプ大統領の経済政策決定を左右する懐刀だ。トランプ氏の意向を忖度した発言以外の何物でもなさそうだ。

「甚大な損害を受けるこれらの産業に対する優遇措置(優遇税制などの)を狙いを定めたタイムリーな形で実施することを検討している」

 この発言を専門家たちは呆れ返っている。

「もっともらしい救済政策だが、その心はトランプ一家の経営するホテルチェーンを救済するということだろう」

「感染拡大を止め、米国民の命を救うことが先決な現時点で自分のホテルが受けるダメージを補填することしか考えていないトランプという男がよく分かる」

(https://www.washingtonpost.com/business/2020/03/06/white-house-could-seek-timely-targeted-aid-us-industries-hurt-by-coronavirus-outbreak-top-adviser-says/)

韓国のカルト集団「新天地」も温床?

 専門家たちが指摘する感染拡大の「温床」は「グランド・プリンセス」だけではない。

 ワシントン州ではすでに2人目の死者が出ている。感染経路はいまだに特定できないでいる。

 非常事態宣言を州より先に出した5つの郡(カウンティ)で感染者が今後どのくらい出てくるのか。

 前述のように検査器具が圧倒的に不足している。検査を受けようにも受け入れ態勢が整っていない。

 さらに今のところ「盲点」となっているのが、韓国との往来が頻繁な在米韓国系の宗教団体だ。

 韓国内での感染拡大の震源地となっているカルト集団、「新天地イエス教・証しの幕屋聖殿」(教祖、李万煕氏)。

 米国では「Shincheonji:Church of Jesus」とか、「Zion Mission Center」という名前で宣教活動を続けている。

 すでに非常事態宣言下にあるカリフォルニア州オレンジ郡のサンタアナに拠点を置いている。

 徹底した秘密組織でその活動内容や信者数も明らかになっていない。

 同郡行政関係者の一人は筆者に「同団体は現在厳重監視体制下にある」とこっそりと漏らしている。

(https://www.latimes.com/world-nation/story/2020-03-02/secrecy-was-paramount-for-south-korean-sect-behind-surging-coronavirus-infections-including-in-socal)

 何やらここ1~2週間で米国内には新型ウイルス感染者が増殖されそうな予感がしてならない。

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