米国で学生に最も人気のある職業「データサイエンティスト」 文系でも大学院で学べる

データサイエンティストは、IT推進国の米国では学生に最も人気のある職業で、世界的にも注目されている。理系のイメージが強いデータサイエンスだが、実は文系の思考も必要だ。大学では「データサイエンス」を学ぶ学部・学科が続々誕生し、大学院でも文系学部出身の学生が学びやすいカリキュラムを展開している。好評発売中のアエラムック『大学院・通信制大学2023』では、武蔵野大学大学院、同志社大学大学院、大阪経済大学大学院の「データサイエンス」を用いた研究を取材した。

 2019年度に私立大学で初めてデータサイエンス学部を開設したのが武蔵野大学だ。数学なしの文系科目での受験も可能で、1年次の後期から実施される「未来創造プロジェクト(PJ)」では、学生が研究グループや企業との共同研究や委託研究に携わる。

 21年度には大学院データサイエンス研究科修士課程を、22年度には博士後期課程を設置した。

「データサイエンスにはいろいろなアプローチがあるが、社会で使うための実学であるべき」(石橋直樹教授)という方針で、学部と同様に実践的な学びを主体とする。研究科は8つの研究プロジェクトに分かれており、学生はいずれかのプロジェクトに所属する。中西崇文准教授がプロジェクトリーダーを務める「マシンラーニング・データアナリティクス」はデータに基づく機械学習を用いて、社会の課題解決を行う。手話や顔の表情を認識するシステムにより、多様な人々がコミュニケーションをスムーズにとれるプラットフォームを実現する研究が進行中だ。

「よく使われる機能をまとめたプログラムのライブラリが世界中で開発されており、それらを使うことで最新のデータサイエンス技術を実装するハードルは低くなってきました。経験がなくても意欲があれば修得できます」(中西准教授)

 同大学はアジアAI研究所を付帯しており、4つのプロジェクトが進行中で、希望すれば大学院生も参加できる。

 修士2年の福田つかささんは、石橋教授が率いるAI美術館のプロジェクトに参加。バーチャル美術館を構築し、ユーザーの行動をもとに好みの絵を抽出する研究を行っている。福田さんは学部ではマーケティングを専攻、データサイエンスを用いて研究をさらに深めたいと大学院へ進学した。

「初心者なので心配だったのですが、初歩から指導してもらいました。VRを使ったゲームや混雑度を測るシステムなど、毎回いろいろなプログラミングをして、達成感を感じていました」(福田さん)

 この6月に得意な英語を生かして、研究成果を国際学会で発表した。

 大学院の入学者は学部卒業後すぐに進学する学生が多いが、会社の課題を解決するために派遣され進学する社会人大学院生もいるという。授業は16時20分から始まり、ウェブ展開もしているため、社会人でも受講しやすい。

「データサイエンスには文系が向いている分野があります。新しいビジネスやサービスを考えるときに、コンピューターとだけ向き合ってきた学生と、社会学や経済学、経営学を学んだ学生を比較すると、後者に優位性が認められることが多々あります」(石橋教授)

■データサイエンスで文化現象を読み解く

 データサイエンスの手法を使い、文化現象の新たな姿を見つけ出す、文化情報学研究科を設置しているのが同志社大学だ。4コースに分かれており、文化資源学コースで指導する河瀬彰宏准教授はデータサイエンスを用いてさまざまな文化現象の法則を見出す計量文化解析を指導している。

「計量文化解析は、科学的に人の行動様式・生活様式に内在する法則を探究する方法論です」(河瀬准教授)

 河瀬准教授の研究テーマのひとつが、統計科学を用いた日本民俗音楽のメロディーの分析だ。昔から音楽への関心が深く、理系的なアプローチで音楽を追究する。研究テーマは音楽に留まらず、俳優の共演関係、民話の物語構造、政治家の演説、婚姻と趣向の因果関係など社会科学の領域にも広がる。

 学生たちは関心の幅が広く、文系、理系の学生が交じって学んでいるという。文系出身者にとって数学はハンディにならないのだろうか。

「最低限押さえてほしい理論は、時間をかけて丁寧に説明します。高校までの反復演習中心の学習と、大学以降の学習は別物です。数学は演習からではなく、理論の歴史的背景も含めて学ぶため、学生は文理の垣根を越える体験により目からウロコが落ちるようです」(同)

 異なるコースの学生同士や、企業などから専門家を招いてディスカッションをする授業も多く、コミュニケーション能力が重要だという。

 河瀬准教授の研究室に所属する修士2年の三木大輔さんは、ベートーヴェンの様式区分の妥当性を、機械学習法を使って検証している。

「19世紀以降の音楽学者はベートーヴェンの音楽を作曲された時期によって前期、中期、後期に分けているのですが、実は時代区分の根拠が不明瞭です。 そこでデータ化した大量の作品から楽曲特徴量を抽出し、機械学習法を使って音楽学者の論証の基準を明確にすることを試みています」(三木さん)

 同大学文化情報学部の3年次に少人数の学生が研究活動を行う「ジョイント・リサーチ」を履修した際に音楽文化に対するデータサイエンスの応用可能性を感じ、大学院への進学を決めた。英語も堪能で学部4年次から国際会議で発表し、異分野の研究者との議論も経験した。河瀬准教授の言うとおり、学問の垣根を越えた知の実践の重要性を実感したという。

「研究者が皆、自分の専門外に明るいわけではありません。文化現象を読み解くには、異分野の人と協同するための知見と方法論が求められます」(同)

■経営と情報をテーマに様々なアプローチ法を学ぶ

 経営と情報をテーマに、幅広く学ぶのが大阪経済大学の経営情報研究科だ。データサイエンス専門家、社会調査専門家など5コースを展開。他の研究科の授業を履修することも可能だ。

「大学院へは明確な目的を持って進学する人が多いのですが、本研究科は多岐にわたる分野の教員がそろっているので、進学してから専門を決めることもできます」(中村健二教授)。

 少人数制教育が特徴で、情報ネットワーク特論を担当する中村教授の研究室には毎年数人が所属し、文系の学生も在籍している。

「文系出身でも問題ありません。たとえばプログラミングは理系のイメージかもしれませんが、あくまでも言語なので英語や日本語と変わらないのです」(同)

 中村教授の専門はビッグデータ解析と、大量のデータから統計学などの分析手法で知見を見出すデータマイニングだ。研究テーマは人工知能、自然言語処理、土木情報学など幅広い。

 研究では実践と結びついた学びが多く、 産官学連携のプロジェクトも進めている。そのひとつが静岡県からの依頼で実施しているインフラDXのためのデジタルツイン環境の整備だ。道路に面した部分(のり面)をレーザースキャナで計測し、点群データに加工して解析する。データを集めることで、ブロック擁壁などの構造物がいつ建てられたか、木などの自然物か、補修が必要かどうかの判断材料になる。

「できるだけ社会の課題に即した研究を行います。こうした訓練を重ねれば、社会に出たとき課題に気づき、改善案を提案できるようになります」(同)

 修士1年の井川孔貴さんは同大学の学部入試では数学なしの文系科目で受験した。学部時代も中村教授のゼミに所属し、課題であるビジネスプランコンテストに応募した。

「ビジネスとして成り立つように案をまとめていくのですが、プログラムで解決できないかを考えるのが楽しかったですね」(井川さん)

 それがきっかけで、より専門的なIT知識を身につけたいと大学院に進学。

「数学がネックになるのではと思っていたのですが、それほどハンディにはなりませんでした。高度なプログラムはすでに先人たちが作ったものを利用できるので、自由な発想でプログラミングしていくイメージです」(同)

 井川さんは音声情報などを用いて、動画内の盛り上がり箇所を抽出する研究を行っている。1年次から活躍の場を作るのが中村教授の方針で、近々学会で発表する予定だ。

 大学院では文系学部出身者も、また、文系分野のテーマでもデータサイエンスを用いた研究を行っている。大学では今、文理融合プログラムでの人材育成を進めている。あらゆる分野で、また、世界で活躍できる「データサイエンティスト」の輩出を期待したい。

(取材・文 柿崎明子)

※アエラムック『大学院・通信制大学2023』より

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