糸井式文章術5か条

1、表現に懲りすぎないこと。
2、一生懸命、伝え方を考える。
3、身の丈に合った、原寸大の文章でよし。
4、見出しのつけられない文章はダメ。
5、何度も推敲を重ねること。
原寸より大きな表現は人の心に響かない。
 近年こそマルチクリエイター的なイメージの強い糸井重里さんだが、その活動のベースはあくまでコピーライティング。だからして、自身の事務所内では、さぞハイクオリティなビジネス文書が飛び交っているのではないかと想像するが――。
「ウチの会社には、ビジネス文書なんて存在しないんですよ。ノット、ビジネス。バット、コミュニケーション。言いたいことが通じればそれでOKですから。取引先など外部に出すもの以外、社内に流通する文書はほとんどありません」
 『ほぼ日刊イトイ新聞』のコンテンツ、あるいはビジネスパーソンにも人気が高い「ほぼ日手帳」など、様々な人気商品を生む現場にありながら、プレゼンの際にも重視するのは書式や体裁ではなく、「一生懸命伝えること」だと糸井さんは明言する。
 他人に見せる文章を綴る際には、少しでも印象の良い気取った言葉を綴ることでポイントアップを狙おうとするのが人情。巧みな文章が、デキる人材を演出する側面は確かにあるだろう。しかし、言葉のプロである糸井さんが重視するのは、あくまでメンタリティの部分だ。
「気の利いた言葉というのは、自然に出てきたものでなければ効果がないんです。無理やり気取った表現を捻り出そうと頑張ってしまうと、味つけの濃過ぎる邪魔な表現になってしまいがち。文章とは何よりも内容を“伝えること”が最優先なわけですから、文章力を磨くことなんかよりも、まず相手の目をしっかり見て話せるように練習するのが先決でしょう」
 文章力という本稿のテーマを煙に巻くような糸井さんの言葉。しかしこれこそが20代へ向けた、糸井さん一流のアドバイスでもある。
「何事も原寸より大きく見えるようなことはしない方がいいです。たとえば100枚もつづられた企画書をドサっと渡されると、反射的に『君、ふかしてんじゃねえか?』と思ってしまいますよね(笑)。社会情勢がどうで政治背景がどうで……などと新聞を見れば載ってる情報でだらだら前置きされても、『そんなこと知ってるよ!』と言いたくなる。企画書なんて本来、もっと単純に、いかにそのものが素敵なモノなのかを伝える手段のはずなんですよ」
 “伝えたい”という想いが本当に強ければ、それを情報で幾重にも覆うようなことはできないはずだ、と糸井さんは指摘する。たとえば日々やり取りするメールにしても、嬉しくてしかたないことが綴られたメールからは、たとえ文章が下手でも喜びは伝わってくるもの。核となる純粋な想いを霞ませてしまうようなら、それはテクニックとは言えないということだ。
 そんな糸井さんが、若かりし頃に積んだ文章修行といえば、「納得するまで考え抜くこと」であったという。
「とにかく、“できた!”と思えるレベルに達するまで書き続けました。とくに広告コピーは短い文章が多いですから、いくつかの文章はわりと手早く書けちゃうわけです。そこで大切なのは、それがどの程度の完成度なのかを、自分自身が理解できているかどうか。僕の場合、自分に課す最低ラインは85点に設定していました。だから、仕上がったコピーが82点くらいのクオリティにしか感じられない時には、徹夜してでも考え続けるしかなかったんです」
 とはいえ、自身の綴った文章を、客観視して自己採点するのはなかなか難しい。そこでセルフチェックの手段として糸井さんが推奨するのが、キャッチをつけてみることだ。メールであれば表題、文書であれば小見出しがそれに相当するが、つまりはごく短いセンテンスで内容を表現できない場合、それは「よほど素晴らしい文章か、あるいは何も言ってない文章」なのだと糸井さんは言う。詩のようなエントロピーの高い文章に見出しをつけることは困難であるし、逆に中身が何もなければそもそも見出しはつけられない。
「それから、文章を頭の中で音読してみて気持ち良く読み進められなければ、それはどこかに欠点がある証拠。あるいは、途中でどうしても次の句が繋げなくなったりするのは、文章の中にウソがある時なんですよ」
 そうした局面を乗り越えるのに必要なのは、小手先のテクニックではない。
「必要なのはセンスでも才能でもなく、真面目に考えること。スラスラとデタラメを書く技術がどれほど上がったところで、人の心には響きません。どんなに不器用でも、真剣な眼差しで目を見ながら『頑張ります』って言われたら、言葉は拙くても期待しちゃうじゃないですか? 文章もそれと同じでしょう」
 この不世出のコピーライターをもってしても、ひたすら考え抜く作業は文章を書くことと切り離せない。
「Twitterのつぶやきひとつにしても、僕は一生懸命考えているんですよ」

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