関税率の引き下げに伴い、米国産牛肉の輸入が増加している。消費者にとっては価格が安くなって有難いかもしれないが、その一方で米国産牛肉の多くは「肥育ホルモン剤」としてエストロゲンなどの女性ホルモンを投与されて育てられているという現実がある。
家畜における合成肥育ホルモンの継続的な使用が安全であるかどうかについて、因果関係の立証は難しいが、EU諸国では肥育ホルモンを使用して育てた牛肉の輸入を一切認めていない。ボストン在住の内科医・大西睦子さんはこう語る。
「1970年代半ばから1980年代初めにかけて、プエルトリコなどで幼い女の子の乳房がふくらんだり、月経が起きるなど、性的に異常な発育が続出しました。その原因がアメリカ産の牛肉に残留した合成肥育ホルモン剤『ジエチルスチルペストロール』だとされたのです。そこで、アメリカでは1979年に、EC(現在のEUの前身)では1981年に使用が禁止されました。
ただし、同種の合成女性ホルモンは使用され続けてきました。そこでヨーロッパでは家畜へのホルモン投与反対運動が起こった。1988年に使用の全面禁止、1989年には合成女性ホルモン剤を使用したアメリカ産の牛肉などが輸入禁止になりました。最近では、女性ホルモンを多く利用・服用すると乳がんが増えるという研究データもあり、ホルモン剤の使用はさらに疑問視されています」
一方で、「アメリカ人も食べているわけだから大丈夫でしょう?」という素朴な疑問も浮かぶ。米国メディア日本特派員が話す。
「実は、アメリカ人も肥育ホルモン剤を使った牛肉を食べることを嫌って、どんどん“牛肉離れ”が進んでいるんです」
アメリカの食事といえば、ワイルドなステーキなど牛肉なくして成り立たないイメージがあるが、それは古い感覚のようだ。
「たしかに、かつては牛肉はアメリカで最も多く消費されていた肉類でしたが、それは過去の話。1976年に牛肉が肉全体の年間消費量のおよそ半分を占め、1人あたり年間40kgほど食べていた。しかし、2018年になるとそれが肉全体に占める割合は2割を切り、1人あたり20kgほどしか食べなくなっているんです」(前出・特派員)
たとえ牛肉を食べるにしても、選別が進んでいるようだ。
「アメリカでは牛肉に『オーガニック』とか『ホルモンフリー』と表示したものが売られていて、経済的に余裕のある人たちはそれを選んで買うのがもはや常識になっています。自分や家族が病気になっては大変ですからね。健康志向の人の中には、大豆など植物由来の『ダミービーフ』を使う人もいます」(ニューヨークで暮らす日本人商社マン)
ホルモンフリーの商品は通常の牛肉より4割ほど高価になるのだが、これを扱う高級スーパーや飲食店が5年前くらいから急増しているそうだ。健康志向を持つ人や富裕層といわれるハイクラスのアメリカ人は、とっくに肥育ホルモンの使われた牛肉など口にしないのだ。
ホルモンフリーの牛肉は高いが、体にいい肉を食べたいのは中産階級も同じ。昨年夏、日本にもある人気ファストフード店のバーガーキングが「インポッシブル・ワッパー」というメニューを発売し、全米で話題になったという。
「100%大豆由来の“ダミー肉”を使ったハンバーガーですが、値段は通常の牛肉のハンバーガーより1ドル高いだけ。味もよくて、知らずに食べたら気づかないレベルです。しかも、かじるとまるで血がしたたるようにジューシー。それでいて脂肪15%減、コレステロール90%減、というのがアメリカ人の胸に響いたようで、人気を集めています」(在米留学生)
このような「植物由来のダミー肉」はアメリカ国内の3万店舗以上のスーパーマーケットで売られている。バーガーキングのように通常の肉と比べて値段は少ししか変わらないとあって、若者や中産階級にも充分手が届く価格なのが魅力だ。市場規模は急速に拡大を続け、今年中に52億ドルに達するといわれている。
「大学のクラスメートと話していても、オーガニックミートの話はよく出ます。私はベジタリアンではないし、乳製品も摂らないヴィーガンとも違うけれど、やっぱりこちらの生活では意識しないと肉食が多くなる。がんも怖いし、積極的に取り入れています。“安い牛肉を食べるのはダサい”みたいな風潮すらあります」(別の在米留学生)
では、アメリカで大量に育てられているはずの肥育ホルモン入り牛肉はどこへ行くのだろうか――そう、ホルモン剤入り牛肉を食べさせられているのは日本人だ。耳を澄ませば、トランプ大統領の高笑いが聞こえてこないだろうか。まさに何も知らないのは、日本人だけなのだ。
「安くなった」と小躍りして子供たちにアメリカ産牛肉のステーキを食べさせている場合ではない。