結婚式のトラブルを巡って、ホテルや宴会場などを運営するメルパルク(東京都港区)が炎上騒ぎとなっている。同じトラブルでも、炎上が激しくなるケースとそうならないケースがあるが、企業が出す声明がカギを握っていることが多い。この手の話は単なるコミュニケーションのテクニックとして理解されがちだが、そうではない。日本人の価値観そのものに関わる重要なテーマといってよい。
●火を注いだメルパルク側の声明
顧客とのトラブルが起こっているのは、同社が運営するメルパルク仙台(仙台市)である。ここで挙式した夫婦がネットの口コミサイトに投稿した内容によると、「1日1組という条件で契約したにもかかわらず2組になっていた」「旧姓で呼ばないよう念押ししていたにもかかわらず司会者に旧姓でアナウンスされた」「祝電の読み上げはしない予定だったのに祝電を読まれた」「ケーキが全員に行き渡らなかった」「ドリンクのコースが変更されていた」「引き出物の中に原価が記載された発注書が入っていた」など、多岐にわたっている。
新婦は着付けを30分早めるよう要請され、待機中に突然カーテンを閉められ、その間、別の組の着替えが行われたとのことなので、現場はかなり混乱していた様子がうかがえる。
一連の主張はあくまで顧客側によるものではあるが、口コミサイト上では、メルパルク側が返信しているので、(程度の問題はともかくとして)顧客が強い不満を持っていたことは、メルパルク側も認識していたとみてよいだろう。
ところがこの話がネット上で拡散する事態となり、メルパルクに批判が殺到。同社はWebサイト上に声明を発表したが、これが火に油を注いでしまった。
声明の内容は以下の通りである。
「このたびは、一部のインターネットの書き込みにより、弊社の婚礼サービスをご利用された皆様やご親族の皆様、また、今後ご利用される予定の皆様を含め多くの方々に、ご心配・ご心労をおかけしておりますことをお詫び申し上げます(一部略)」
この内容はどう読んでも、夫婦に対して向けられたものではなく、夫婦が口コミサイトに書き込んだことで、他の利用者が心配していることをおわびするというロジックになっている。これに加えてメルパルク側が、「弁護士を通して連絡してほしい」と通告していたことなどもテレビ報道で明らかとなり、一気に炎上が激しくなってしまった。
現時点において、メルパルク側は詳しい説明をしていないので、このトラブルについてどちらが正しいと断定することはできない。だが夫婦の訴えに対するネット上の対応という点においては、メルパルクに改善すべき点があるのは間違いないだろう。
●メルパルク側にも「メリットなき」声明
そもそも、この声明は誰に向けて、何の目的で発信したのか、まったくもって不明である。メルパルクに予約を入れている他の顧客がこの声明を見て、安心感を覚えるとはとても思えないし、夫婦に対しては、事実上、クレーマーであると宣言しているようなものなので、むしろ宣戦布告に近い内容といってよいだろう。
実際、同社は「弁護士を通じてでしかコミュニケーションをしない」と通告しているわけだが、弁護士を通じたやりとりというのは、ビジネスの世界ではもはや最終手段であり、そう簡単には口にはできないレベルの話である。
こうした威圧的・攻撃的な声明を発表する理由として考えられるのは、威圧的に出れば顧客が萎縮すると判断しているのか、そうでなければ、自社に非はないという感情が先走っているのかのどちらかである。
恐らくは後者だと思われるが、いずれの場合にしろ、メルパルク側にメリットはない。同社の対応に問題があったのが事実であれば、力でそれを押しつぶす会社であるというイメージが出来上がってしまうし、逆に、原因が顧客の過剰な要求だったとしても、こうした対応を世間一般に知らしめることが顧客獲得にはつながらない。
●カネカ炎上でも「自分たちは悪くない」が先に
先日、化学大手のカネカが、育休明けの社員を強制転勤させようとしたことで炎上騒ぎとなったが、ここでも同じような対応が見られた。元社員のツイートがネットで拡散したことから、同社は声明を発表したものの、これが全くの逆効果になってしまったのである。
声明は「育休をとった社員だけを特別扱いすることはできません」「当社の対応に問題は無いことを確認致しました」「今後とも、従前と変わらず、会社の要請と社員の事情を考慮して社員のワークライフバランスを実現して参ります」など、自社の対応は完璧で正しいという内容のオンパレードだったが、これは誰に向けたものなのか、全く分からない。
恐らくカネカのケースも「自分たちは悪くない」という強い思いが先にあり、それが全面に出てしまったものと考えられる。
●「スケープゴート探し」優先する日本の企業風土
一連の話は、単なるコミュニケーション・テクニックに関する議論と見なされがちだが、筆者はそうではないと考える。これはテクニカルな話ではなく、意思決定における論理性という経営に直結する問題である。
日本社会は、基本的に陰湿であり、かつ目的意識が希薄という特徴がある。このため、何かトラブルが発生しても、解決が最優先されず、スケープゴート探しに血道を上げてしまう。このため、問題の当事者となった人は、状況のいかんに関わらず「自分は悪くない」と声高に主張するケースが多いのだ。非を認めて謝れば済むところを問題がこじれてしまうのは、こうした土壌が存在しているからである。
諸外国のビジネスパーソンは絶対に謝らないというイメージが流布しているが、実態は少々異なる。日本のように卑屈な態度で謝罪することも、それを要求されることも無いが、非があったり、改善すべき点があったりすればストレートに認める人は多く、それ以上のトラブルには発展しにくい。
組織内部で責任を押しつけ合う日本の社会風土は、企業全体の意思決定にも大きな影響を及ぼしており、対外的な声明にも、自身の正当性に関する主張が全面に出てしまう。
これは日本人の思考回路そのものの問題なので、コミュニケーション論について教科書的に学んだところで対応できるものではない。企業が本当に炎上を回避したいと思っているのであれば、小手先のテクニックを学ぶのではなく、価値観そのものを転換させる必要がある。
加谷珪一(かや けいいち/経済評論家)