緊急事態宣言「全く不要だった可能性」の指摘も

日本と世界はそろりそろりと経済活動を再開させているが、実は自粛やロックダウンは不要だったのでは?」という声が相次いでいる。

緊急事態宣言より前に、感染はピークアウト?

5月25日、政府対策本部から、東京・神奈川・埼玉・千葉を除く全都道府県の緊急事態宣言解除が宣言された。約2カ月に及ぶ自粛生活はひとまず区切りを迎えた。世界中の大多数の国々が、強制力のあるロックダウンとは対照的な“自粛”にとどめたにも関わらず、死亡者数を格段に低く抑えたことで、その対応を賞賛する声が相次いでいる。

同時に方々で出始めているのは、この緊急事態宣言が果たして本当に必要だったのか? と疑問を呈する声である。その根拠の1つは、「実効再生産数」、つまり“1人の感染者が何人の感染者を増やすか”を試算したデータ。1を上回ると感染者は増え続けることを意味するこの指標が、実は緊急事態宣言入りした4月7日より前にピークアウトしている、というのが「懐疑派」の指摘するポイントである。宣言を出さなくても、感染者は自然と減っていたのではないか、というわけである。

ひと安心してから「もし宣言を発令しなかったら……」という“if”を問い、検証するのは、当事者の足を引っ張る“後出しジャンケン”に似た嫌悪感もあるが、これは先々のために、必ずやっておかねばならないことである。

米英では「ロックダウンは無意味」の分析も

実は、世界各国で行われた強制力のあるロックダウンについても、「不要だった」とする主張がいくつか見られた。3月16日にトランプ大統領が国民に移動制限を指示、それ以降にニューヨークを始め各都市でロックダウンが始まった米国では、日本を始めとした東アジア地域より格段に多い死亡者を出しているが、4月27日付米ウォール・ストリート・ジャーナルが米国の州別の人口100万人当たりの死者数と都市封鎖までの日数の相関を調査。シンプルながら患者の死亡者数に注目し、「相関関数が5.5%ときわめて低かった」とした。

また、3月23日からロックダウンを開始した英国のイースト・アングリア大学が5月20日付で発表した研究は、欧州30カ国における店舗に対する休業命令等々の対策の効果について、スポーツイベントや学校においては感染者が減るなどの効果があった半面、日を追うごとに感染者数が増加。外出禁止に効果がない可能性を示唆しているという。

ロックダウンとは真逆の自粛のみで乗り切ろうとしていた日本では、皆が新規感染者数の増減に一喜一憂していたが、SNS界隈の一部などでは、そもそも発症率・重症化率も低く、死亡者数が他国と比べて格段に少ないうえに年配層や基礎疾患を持っていた者に偏っていることに注目。高齢者と“病気持ち”のみ行動を制限し、無意味な緊急事態宣言を直ちに解除し経済活動を再開させよ、と主張していた者も賛同者を集めていた。要は感染者が増えようが、「死ななければいい」という割り切りである。

裁判所が開いてないから「破産」できない

自粛とその延長による経済生活の“ヤバい面”は、やはり自粛の期間から始まっている。「命か、経済か」の二択がいわれ、「命」を選ぶのが当然視されていたが、経済を二の次にしても命を落とす者は出る。5月2日、緊急事態宣言を5月末まで延長することが決まった際、ある飲食店関係の経営コンサルタントが激怒してこうぶちまけた。

「『死にたい』と考えている経営者は少なくないと思う。マジメな人ほどそうなりますね。小規模の飲食店舗の経営者か、若くして事業を急拡大した末に、膨大な借金を背負った経営者がそう。自粛さえなくなれば何とか息を吹き返すかもしれない経営者も、延長されたらまずい」

「流行っている飲食店は、1店舗が軌道に乗ったら、その利益をしばらく2店舗目の立ち上げに注ぎ込んで、それがまた軌道に乗ったら3店舗目には1店舗目と2店舗目の利益をつぎ込んで……という具合に大きくしていきますが、そうやって増やした店舗の社員人件費と家賃が、こういう時に一気に“来る”。10店舗、20店舗を持つ経営者が一番辛いと思います」

「ヤバいのは、裁判所が自粛で開いていないこと。破産の手続きができないから、取り立てる側の権利がずっと生きています。それで身ぐるみ剥がされて、更にずっと追い込みかけられる。弁護士にも守れませんし、民事不介入の警察は論外」

「ずっと堅気でやりたかった」元ヤクザの心の糸がプッツリ

また、アングラ経済事情に詳しいある経営者は匿名を条件に、グレーゾーンで今、起きている動きを話してくれた。

「元不良が続々と犯罪に戻っているようです。ただ元ヤクザや元半グレが“前職”にもどるわけじゃなくて、純粋に儲かる犯罪に戻るという意味。もう家族もいるんだし、ゴールデンウィーク明けまで何とか堅気でやりたい気持ちもあった彼らの心の糸が、延長でプッツリ切れた感じ。もう無理、お手上げってところです」

「また“現役”の犯罪者はここぞとばかりにカネを貸して、焦げ付かせた奴を犯罪の先兵にしようとしています。こうして、利益だけで繋がった犯罪集団が膨大に形成されるでしょう。それぞれ仕事単位で離合集散するので、今後はおそらく警察も捕捉できないですね。政治家や官僚は、こういうことすらわからない」

経済活動を止めるということは、こうして社会の底辺の根腐れを進め、ひいては国家の土台を揺るがすことにもつながる。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に経済畑のメンバーが加わったのは、自粛延長後の5月12日になってからだ。ただ、先の国の二次補正予算はそれなりに評価できる規模となった。経営者の方々には給付金などを活用して、何とか命脈をつないでほしいものだが。

宣言せずとも、「グラフ」が必ず下降し続ける保証

5月29日、専門家会議は、この緊急事態宣言についての“中間評価”を披露。「欧米の先進諸国と比較して、新規感染者数の増加を抑制し、死亡者数や重症者数を減らすという観点から一定の成果」とし、同時に、すでによく知られている東アジアにおける死亡者の少なさにも言及している。

さらに、早い段階で中国からの流行を「適確に補足」して急激な感染防止を防止したことや、「感染者の5人中4人は他の人に感染させず、残りの1人のうち稀に多くの人に感染させる感染者がいる」という伝搬の特徴を早い段階で把握、特に感染初期において、接触者をさかのぼってクラスターを制御し、感染拡大を一定程度制御したことが奏功したと分析している。

目にする機会が最も多かった指標「新規感染者数」のピークは、宣言から3日後の4月10日(報告日ベース)だったが、冒頭で述べた通り、専門家会議は「実効再生産数」をもとにした感染時期のピークがそれより9日も前の4月1日だったと推定している。3月末から市民の行動変容などによって新規感染者は減少傾向に転じており、7日の宣言以降は「実効再生産数」が再度反転することなく、ずっと「1」を下回っていたことをグラフで示している。

緊急事態宣言入り「遅かった」が81%だった

では、4月7日以前にこの「減少傾向」を察知し、緊急事態宣言をせずとも「実効再生産数」のグラフが必ず下降し続けることを保証できたのだろうか。

当時の国内の空気がどうだったかを、少し振り返ってみよう。発令3日後の10日に安倍首相はジャーナリストの田原総一朗氏と面会、「実は、閣僚のほとんどが(宣言発令に)反対だった」と述べたという。ただ、その理由は「自粛不要論」ではなく財政危機論。緊急事態下では100兆円規模の経済対策が必要とされるため、そんなことは無理だというとらえ方が大半だったことによるという。

しかし、世間の空気は、それとは正反対だった。3月2日に安倍首相が小中学校の一斉休校を発表した頃は拒否反応が目立ったが、同25日に小池百合子東京都知事が都内で感染者が多数発生したことを受けて「感染爆発の重大局面」と表現、自粛を強く求めたことと、同29日にタレントの志村けんさんが死去したことが大きく影響した。

宣言発令直後の4月11日~12日に読売新聞が行った世論調査によれば、緊急事態宣言を発令したタイミングが「遅かった」と答えた人が81%と圧倒的。同14日の衆院本会議でも、野党議員が「遅すぎた」と安倍首相を批判する場面があった。

トランプ米大統領が経済活動を再開した理由

もちろん、これは多数決で決める類の事柄ではない。しかし、相手は現在よりまだ正体がはっきりしなかった新型ウイルス。確かな特効薬も不明で、ワクチン開発はまだ遠い先だ。そのさなか、これだけの空気に囲まれ、しかも刻々と状況が変わる“ライヴ”のさなかで「自粛は効果がない」と見切って緊急事態宣言を見送る、もしくは途中で解除するという決断は、どんな豪胆なリーダーでも難しかったのではないか。情報も限られ、周囲のプレッシャーに晒され、旧態依然の制度や仕組みに足を取られつつその場、その場で最善の判断を下す難しさは、はた目からは分かりづらい。

感染すると死に至る危険のある高齢者と基礎疾患を持つ患者のみを自粛させ、「感染しても死ななければいい」として経済活動を通常に戻せ、との主張は一定の説得力がある。ただ、仮に4月にその決断を下すのなら、新規感染者がもっと増え、医療関係者の負担も増えるという危惧は消えていなかったはず。目の前で苦しむ感染者について、医療関係者が「この人は若いから死なない」「この人は年配だから危ない」と区別して治療に当たれるものなのだろうか。それに死者が少ない理由がはっきりしない以上、何かを契機にまったく違う様相となる可能性も考えなければならない。

しかし、やはり感染予防一辺倒ではそれこそ本当に国や企業、国民の息の根が止まる。トランプ米大統領は5月、「死者は増えるだろう」「これまで私自身が下さねばならなかった決断で最大のものだ」としつつ、それでも経済活動を再開させた。選挙対策云々と紋切り型の批判も多いが、そうしないと、目下のライバルである中国と先々張り合うことができなくなる。安倍政権も遅まきながら、その路線を後追いしているようにも思える。結局は当事者にその場、その場で命と経済の最善のバランスを取ってもらう、としか言いようがないのだ。

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