フィギュアスケート男子で五輪2連覇を果たした仙台市出身のプロスケーター羽生結弦さん(28)が4日、自身の公式交流サイト(SNS)で結婚することを報告しました。「これからも、最高のスケートができるよう、一つ一つ、一瞬一瞬を積み重ね続けます」と決意を新たにしました。祝福の声が相次ぐ仙台を拠点とする河北新報が地元を中心に撮影してきた羽生さんの歩みをたどります。
中学時代
仙台市七北田中1年だった2008年2月、全国中学校スケート大会のフィギュア男子Aクラスで優勝しました。宮城県庁を訪れ、村井嘉浩知事に喜びを語りました。
4歳でフィギュアを始めたという羽生君は「それほど調子は良くなかったが、ほぼきれいに決まって優勝できた」と、大会を振り返りました。
中学2年の2009年2月、仙台市内のホテルであった全日本ジュニア選手権優勝の祝賀会に出席しました。日本代表として出場する世界ジュニア選手権に向け、「順位は気にせず持てる力を出し切りたい」と抱負を話しました。
中学3年の2010年3月、世界ジュニア選手権男子シングルで初優勝し、仙台空港で記者会見に臨みました。「仙台に帰ってきて、優勝の実感がわいてきた」。4月から進学する東北高(仙台市)の生徒ら約40人が横断幕を掲げて出迎え、花束を渡しました。
高校時代
東北高1年の2010年7月、仙台市のKスタ宮城(当時)で行われた東北楽天―オリックス戦の始球式を行いました。
「父のおさがり」というグラブを手に、東北楽天のユニホーム姿でマウンドへ。ボールはノーバウンドで嶋基宏捕手のミットに収まりましたが、「もうちょっと真ん中に投げたかった。70点」と口にしました。
鉄平外野手のファン。「当てることがうまいから」という。参戦するシニアの大会に向け、4回転ジャンプに挑戦中。「鉄平選手の打撃のように、(成功の)確率を高めたい」と誓っていました。
2010年11月には、仙台市のユアスタ仙台で行われたJ1仙台―磐田戦の始球式に登場しました。仙台のユニホームを着てサイドラインに立ち、「初めての経験なので緊張した」ものの、右足のインサイドキックで正確に主審へボールをパス。観客の歓声を浴びました。
好きな選手は梁勇基、関口訓充両選手で、「華麗なプレーやドリブルのうまさは演技の参考になる」とも語っていました。
2012年3月には、東日本大震災の影響で一時閉鎖されたアイスリンク仙台(仙台市)での被災地復興を願う演技会に出演しました。12月には、札幌市で開催された全日本選手権の男子で初優勝し、地元の仙台空港で東北高の生徒ら約90人の出迎えを受けました。
高校卒業後
ソチ冬季五輪フィギュアスケート男子の金メダルを獲得して地元に凱旋(がいせん)した2014年2月、表彰などで仙台市役所や宮城県庁を訪問しました。県の観光PRキャラクター「むすび丸」とハイタッチする姿もありました。4月には仙台市青葉区の東二番丁通でパレードも催されました。
2017年4月には、日本のフィギュアスケートが始まったとされる五色沼(仙台市青葉区)に近い市地下鉄東西線国際センター駅前に、仙台で育った冬季五輪フィギュアスケート金メダリストの荒川静香さんと共に偉業をたたえられるモニュメントが設置されました。
除幕式で「いつかは引退の時が来るが、記録はいつまでも後世に語り継がれるものだと改めて感じた」と話しました。
2018年の平昌冬季五輪で金メダルを獲得し、男子で66年ぶりの2連覇を達成しました。2022年の北京五輪後、7月にプロ転向を表明し、アイスショーに活躍の舞台を移しています。