老後は「2000万円どころか、800万円くらいあればいい」と言える納得の理由

人生100年時代。NPO法人「老いの工学研究所」理事長の川口雅裕氏は、書籍『年寄りは集まって住め』のなかで、「老後2000万円」について解説しています。

「老後2000万円」は本当か?

[図表1]

2019年、「老後2000万円問題」が話題になりました。 総務省の「家計調査」(2017年)によると、無職の「高齢夫婦のみ」の世帯では、毎月約5万5千円を取り崩して生活している。赤字は年間66万円になります。 仮にあと30年生きるとすれば、66万円×30年で約2000万円が必要になるという非常に単純な計算です。 同じ調査では、高齢者世帯で貯蓄がある人の中央値は1639万円となっていますから、半数の人は約25年(1639万円÷66万円)で、老後資金が尽きてしまうことになります。 ただ、ことはそう単純ではありません。これとはまったく異なる結果を導いている興味深い論文があるからです。 京都大学経済研究所の中澤正彦氏、財務総合政策研究所の菊田和晃氏、米田泰隆氏の研究「高齢者の貯蓄と資産の実態:『全国消費実態調査』の個票による分析」(2015年)です。 この論文によれば、無職の高齢夫婦世帯の取り崩し額は約1万円に過ぎません。老後2000万円問題の根拠となっている毎月の取り崩し額(約5万5千円)とは、5倍以上の大きな差があります。 なぜ、こんなに大きな差が生まれるのでしょうか。 この論文が指摘しているのは、総務省の「家計調査」において、かなりの割合で「年金収入の記入漏れ、記入忘れ」があるという点です。 実際には、95%を超える高齢者が年金を受給しているのに、「家計調査」で年金の受給額を記入しているのは約75%しかいなかった。つまり、約20%の人が年金収入があるのにもかかわらず「無収入世帯」とカウントされているのです。 したがって、収入が実態よりも過少に算出されてしまうというわけです。 この研究ではこの点を踏まえて、「家計調査」ではなく「全国消費実態調査」のデータを用い、消費支出などに様々な調整を加え、また、就業の有無や夫婦・単身の別も明確にして調査を行っています。その結果は[図表1]の通りです。 これを見れば、就業していない世帯全体で、毎月の取り崩し額は1万3700円です。年間では約16万5000円、余命が30年間とすれば約500万円が必要となります。

「老後800万円」のほうが的を射ている?

[図表2]

もっとも厳しいのは、働いていない単身女性ですが、毎月の取り崩し額が2万1400円なので、年間約25万7000円。これが30年続くと770万円となります。 「老後2000万円」どころか、「老後は800万円」くらいあればいいということになります。 さらに言えば、働いて収入を得ている世帯を見れば、夫婦世帯で毎月1万7600円、単身男性では3万5700円の黒字となっていますから、月数万円くらい働いて稼げば貯蓄を取り崩さずに暮らしていけるのです。 「老後2000万円」とは余りに大きな違いがあるので、どちらを信じたらいいのか……と思われるかもしれませんが、収入の把握の仕方にほころびがある(年金収入の記入漏れが2割も含まれている)という点で、私には「老後に2000万円が必要」はかなり眉唾のように感じられます。 2018年度版「高齢社会白書」に、高齢者の「経済的な暮らし向き」に関するデータが掲載されています([図表2])。 それによると、「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮している」が15.0%、「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」は49.6%で、合計は64.6%となります。「多少心配である」と答えた26.8%も合わせれば9割を超えます。 高齢者が、平均的に毎月5万円以上の貯蓄の取り崩しがあるとしたら、このような家計のゆとりを感じるでしょうか。 こう考えれば、やはり「老後800万円」のほうが的を射ているのではないかと私は思います。 *********************************************** 川口 雅裕 NPO法人「老いの工学研究所」理事長。 1964年生。京都大学教育学部卒。 株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)で、組織人事および広報を担当。 退社後、組織人事コンサルタントを経て、2010年より高齢社会に関する研究活動を開始。約1万6千人に上る会員を持つ「老いの工学研究所」でアンケート調査や、インタビューなどのフィールドワークを実施。高齢期の暮らしに関する講演やセミナー講師のほか、様々なメディアで連載・寄稿を行っている。 著書に、「だから社員が育たない」(労働調査会)、「速習!看護管理者のためのフレームワーク思考53」(メディカ出版)、「実践!看護フレームワーク思考 BASIC20」(メディカ出版)、「顧客満足はなぜ実現しないのか」(JDC出版)、「なりたい老人になろう~65歳からの楽しい年のとり方」(Kindle版)がある。

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